抜けるような青空の下,僕は通学鞄を肩から提げ学校へ続く歩道橋を歩いていた.

 「ハロー! シンジ!」

 突然,後方から僕は声を掛けられた.声の主が誰なのか,すぐに理解した僕は反射的にびくっとしてしまう.

 「グーテンモルゲン!」

 確か,ドイツ語での“おはよう”.僕はゆっくりと声・・・惣流・・・の方に振り返る.一体,今日は何だろう.転入してきてからここ数日,何かにつけて僕は惣流に難癖を付けられている・・・ような気がする.

 「ぐ,ぐーてんもる げん」

 「まーたっ,朝から辛気臭い顔して,このアタシが声掛けてんのよ.ちったあ嬉しそうな顔しなさいよっ」

 半ば恐る恐る惣流に挨拶を返したらデコピンが一発,飛んで来た.ちょっと痛い.嬉しそうな顔をしろっと言われたって,そんな簡単にできるわけないよ.・・・それに,どうして嬉しそうな顔をしなければならないのだろう.

 「で,ここにいるんでしょ.もう一人」

 「誰が?」

 「アンタ,バカァ?ファーストチルドレンに決まってるじゃない?」

 歩道橋の上で立ち止まった状態で,僕は惣流に尋ねられる.最初,誰の事か分からなくて尋ね返したら呆れ顔で綾波のことだと言われた.それならそうだと言ってくれればいいのに.立ち止まっていたら,周りに人がいつの間にか集まっている.

 「ああ,綾波なら・・・」

 今日は・・・学校に来てるのかな? そう考えながら下の方に視線を向けたら,歩道橋を降りた先の植え込み越しに背を向けた空色の髪が見えた.

 『今日は来たんだ・・・』

 ベンチに座って,綾波は本を読んでいた.僕があまり本を読まないからかもしれないけど,綾波って本をよく読んでいると思う.朝,学校に行くと・・・休んでいなければ・・・教室の自分の席か今みたいに外のベンチで本を手にしていることが多い.

 「・・・・・・・」

 「・・・・・・・」

 下では,先に歩道橋を降りていった惣流が植え込みのブロックの上に立って綾波に何やら話し掛けていた.綾波はちょっと目線を送るだけ.時折何か応えてるみたいだけど,殆ど惣流が喋っている感じ.それにしても,何でわざわざブロックの上に乗って話し掛けたりしてるんだろう?

 「ホンマ,EVAのパイロットって変わり者が選ばれるんとちゃうか?」

 「まったくだね・・・」

 惣流とみんなが下に行ってしまっている間にここに来たトウジとケンスケが何だか気の抜けた感じで呟く.

 「変わり者って・・・何だよ」

 二人の言葉に対して,僕は少し反発気味に言い返していた.

 

− * −



 「・・・ちょっと,ちゃんと聞いてるのっ!?」

 「き,聞いてるよ・・・」

 「・・・・・・・」

 目の前に立っている惣流の顔を上目遣いに見る形で僕は応えていた.左隣には綾波が本を開いて座っている.ネルフ本部へのリニアレールの車中,惣流は吊り革に手を掛けて座席に座っている僕達と向かい合う形で立っている.で,EVA弐号機と零号機・初号機との違いについて先生が講義するかのようにさっきから話していた.

 「どーだか?」

 「そ,そんなこと・・・」

 疑わしげな惣流に対し,僕はちょっと口篭もった感じになる.惣流の疑いは図星.というのも,話の半分は太平洋上で初めて会った時“積み荷”だった弐号機を前に聞かされて既に知っていることだったから.あまり集中して聞いてなかった.

 「・・・大声出さなくても聞こえてるわ」

 「な・・・」

 いつもの棒読みな口調で綾波が呟いたのはその時だった.ストレートなその物言いに惣流の顔が強張る.綾波は開いた本に視線を落としたまま.ここ数日間で目の当たりにしてきた惣流の言動から,予想されうる次の事態が僕の頭の中をよぎって緊張が走った.

 (ピピピピピッ!)

 「わっ!」

 「なに,驚いてんの? 早く出なさいよっ」

 「あ,うん,ごめん・・・」

 つれない態度の綾波に惣流がまさに噛みつこうとした時,無機質な電子音が僕の鞄から鳴り響いた.神経が綾波と惣流の方に行っていた僕は携帯の呼び出し音に思わず驚きの声を上げる.惣流は苛立った様子で僕に早く電話に出るよう急っついた.僕は惣流に謝りながら鞄から携帯を取り出し,それを耳元に密着させ身体をすぼめてから応答のボタンを押した.

 「(ピッ)・・・碇です.ミサトさん?・・・リニアの中です・・・はい,綾波も惣流も一緒で
 ・・・えっ!?・・・・・駅に着いたら,本部の・・・・・はい・・・わかりました.(ピッ)」

 携帯に掛けてきたのはミサトさんだった.続いてミサトさんから伝えられた話の内容に先程とは別種の緊張が僕の中を走る.

 「誰からよ?」

 「ミサトさんから.使徒が攻めてきたって」

 アスカの問いに僕は答える.その後,僕達はEVAに乗って使徒との戦いに出たのだけど・・・・・

 
異聞 「瞬間、心、重ねて」 B Part
Written by VISI.



 「・・・神経外科の最上先生,至急第3分室まで移動願います」

 呼び出しの業務アナウンスが響く中,シンジはプラグスーツ・・・EVAに搭乗する際に着用するピッタリとした全身服・・・シンジのは青色を基調としている・・・姿で病院内の通路を一人歩いていた.施設内を移動する彼の表情はあまり冴えない.

 『・・・まだ,頭がフラフラする・・・きっと,怒られるんだろうなあ・・・はあ』

 ため息まじりのシンジ.彼の乗機であるEVA初号機で出撃したシンジは,弐号機のアスカと共に襲来した使徒・・・後に第七使徒イスラフェルと命名される・・・と交戦したのだが,惨たんたる敗北を喫していた.・・・不幸中の幸いなことは,海岸線で使徒と戦端を開いたEVA両機が敗北した後に投下されたN2爆雷が効を奏して使徒の動きを一時的に停止させることに成功したこと.もし失敗していたら,ため息どころかこの世からいなくなっていた公算が高かっただろう.

 「シンジ君」

 ふと,シンジは自分の名前を呼ばれる.声の方向にシンジが振り返るとその先には30前後くらいの男性・・・あごのあたりに無精髭が目立ち,やや茶色がかった長髪を背で一本にまとめ,襟元を大きく開いたシャツに申し訳程度に締められたネクタイは通常だらしない印象を他の人に与えそうだが彼の場合はそれもまた様になる・・・が立っていた.

 「よっ」

 「加持さん・・・」

 「大変だったな」

 「ええ・・・」

 その長髪の男・・・加持リョウジはシンジに歩み寄るとぽんとシンジの右肩に手を置く.冴えないままの表情でシンジは返事する.加持はドイツ支部からの出向という形で現在本部に在籍しており,シンジとは数日前に太平洋上・・・EVA弐号機が初めて使徒と戦った場所・・・で顔を合わせていた.

 「ま,そんなに気を落としなさんな.まだ負けたわけじゃない.次,頑張ればいい」

 「はあ・・・」

 加持の慰めとも励ましとも言える言葉に曖昧に応えるシンジ.憂いげなシンジとは対照的に加持の表情はどこか涼しげだ.彼がそういった顔でいられるのは,事態に対する直接の当事者ではないからだろうか,それとも彼自身の持つプラス思考な性分からだろうか.

 「それじゃ,ブリーフィングルームに行こうか.済んだことは仕方ないさ」

 「はい・・・」

 加持はシンジの肩に手を回し,彼の背中を後押しする.それを受けて加持と共に歩き出すシンジ.相変わらず冴えない表情の中にも心なしか明るいものが少しだけ見えてきただろうか.だがこの後,シンジにとって長い試練の日々を迎えることになることをこの時の彼はまだ知らなかった.

 

− * −



 (ブーッ)

 “Error”を知らせる電光掲示と共にブザー音が鳴る.今日一日,この音が鳴ったのは果たして今回で何十度目になるのだろうか.

 「まったくトロいわねっ.ちゃんと真面目にやってるの!?」

 「そ,そんな言い方はないだろ・・・僕だって一生懸命やってるんだ」

 耳から外したヘッドフォンを手に口論する少女と少年.二人共,黒のレオタードに肩口の広いだぶだぶとしたTシャツの格好でお揃いのデザイン・・・すなわちペアルック姿である.二人の足元には,幾つもの赤い直径30cmぐらいの円がプリントされた畳一畳強ぐらいの大きさの白いシートが二枚並んで敷かれている.

 「ハン!じゃあ,アンタのレベルが低いのよっ」

 「そ,そりゃ,僕は惣流みたいな動きはできないけど少しは加減してくれても・・・」

 「あん!?」

 「二人共,いい加減にしなさいっ!」

 口論を続ける二人・・・アスカとシンジ・・・に割って入る美人の女性.年の頃は20代後半で青みがかったやや長めの髪を後ろに流し,ランニングにホットパンツの涼しげな格好でこめかみをひくつかせながらその女性は怒鳴っていた.彼女の名は葛城ミサト.使徒との戦闘での実戦指揮を執るネルフの作戦部長であり,シンジの保護者でもある.

 「「だってコイツ(惣流)がっ!!」」

 「・・・まったくもう・・・どうしてこーゆー時だけ息が合うんだか・・・」

 いがみ合う二人にミサトは半ば途方に暮れた様相になる.ちなみに,ここはミサトの家.そして,シンジとアスカの二人は泊まりこみである訓練にここ数日従事していた.その訓練とは,二人して一挙手一投足全く同じ動作を行うユニゾン.部屋にある器具はそのための訓練用として葛城家のリビングに設置されていた.

 『・・・分離・合体能力を持つ今回の使徒.それを殲滅する唯一の手段は,
 分離中のコアに対してのEVA2体による二点同時の荷重攻撃.
 そのための訓練(ユニゾン)だっていうのに・・・これじゃ絵に描いた餅だわ』

 “ユニゾン”からはまったく程遠い二人に,ミサトは独りごちる.緒戦における敗北後,再戦を控えて旧知の友人・・・正確には元恋人・・・の加持のアイデアを採用した・・・正確には八方塞がりなところから飛びついた・・・ミサトだったが,肝心のパイロット二人がこれでは殲滅はおろか作戦の実現すら覚束ない状況であった.

 『運動能力からいって,アスカの方からシンジ君に合わせてもらわないと・・・
 でも,ストレートに言っても聞かないし・・・どうやって自分からそれを考えさせるかよね・・・』

 二人の“不協和音”振りに頭を抱えながらも事態の打開策を思案するミサトであった.

 

− * −



 「零号機の作戦参加?それは無理ね.前にも言わなかった?」

 「ええ,言ってたわ.一応,もう一度聞いてみただけ・・・」

 「うまくいってないようね」

 「まあね・・・」

 翌日,二人を自宅に残してミサトは本部内のリツコの許に来ていた.リツコは白衣姿で端末に顔を向けたままで,ミサトはぴちっとしたボディコン服に赤のジャケットを羽織って首からは銀十字のペンダントを下げたいでたちでリツコに入れてもらったコーヒーのマグを手にしながら壁に寄っ掛かっている.

 「・・・零号機が使えないのは痛いわね.修理が済んでいれば
 シンジ君とレイ,あるいはアスカとレイを組ませる手もあったんだけど」

 「仮にそうだとしても,シンクロ率から言えば初号機と弐号機の組み合わせがベストね」

 「それじゃ,弐号機にレイを乗せるというのも・・・」

 「論外.テストしてみなければ分からないけど,恐らくは起動して動けば
 上出来といったところね.そのレベルでは,今度の使徒との戦闘にはとても耐えられないわ」

 「やっぱりアスカに歩み寄ってもらうしかないかぁ・・・それをどうやってそうさせるかよねえ・・・」

 コーヒーの入ったマグに口をつけながら半ば嘆き節で話すミサトに,端末に向かって作業をしながら淡々と答えるリツコ.リツコの答えにミサトは,アスカとシンジの二人で今回の作戦のユニゾンを実現させなければならないことを認識させられていた.

 「・・・・・・・」

 「・・・・・・・」

 「・・・そうね.レイに交代させる,というのも面白いかもしれないわね」

 「え?どういうこと?リツコ」

 「分からない?」

 「・・・分からないわよ.勿体つけないで」

 それから少しの間の後,リツコが何かを思いついたかのようにポツリと呟いた.彼女が先程言っていたこととは裏腹の呟きの内容に,ミサトは不可解な面持ちで発言の真意を訊ねた.

 「振りだけそうする,という意味よ.本当に交代させることはしないわ.アスカの負けん気を引き出すのが目的」

 「あ,そういうこと・・・でも,今からぶっつけでレイにやらせてすぐにシンジ君の
 動きに合わせられる?アスカが対抗心を燃やすレベルでなければ意味が無いのよ?」

 「それは大丈夫.的確な指示を与えれば,レイはその通りに動くから.少なくとも,
 まったく合わせようとしないアスカよりはましなものになるはずよ.そうは思わなくて?」

 淀み無いリツコの回答にミサトは得心する.だが,今度は別の疑問がミサトの中で湧き上がってさらに訊ねる.その疑問に対しても,リツコは事も無げに答えていた.

 「・・・それは,そう・・・かもしれないわね・・・わかったわ.じゃ,レイを連れてくわよ?いいわね?」

 「ええ,健闘を祈るわ」

 ミサトは,リツコの物言いに多少引っ掛かりを覚えながらも彼女の提案を受け入れることにした.

 

− * −



 「・・・という訳で〜これから,シンジ君とアスカの所に移動するけど,何か質問ある?」

 ミサトは,学校を終えて本部に来ていたレイと本部施設の駐車場で合流していた.軽やかな口調でミサトはこれから先の行動予定についてレイに話す.ちなみにレイには使徒迎撃のための特殊訓練の一環であるということ以外,詳しい事情は説明していない.

 「・・・ありません」

 「そう? じゃ,車に乗って.着いたら資料を渡すわね」

 「はい」

 レイからの質問は無かった.ミサトに指示され,レイは車の助手席に着く.席に座ってシートベルトを締めるレイの顔は淡々としたものでいつもと変わり無い.レイに続いて,ミサトが運転席に座った.

 「・・・嬉しい?」

 「・・・・・・・」

 「あ,いや・・・何でも無いわ」

 運転席に座ったミサトがふと何を思ったのか,にへっとした笑みでレイに訊ねる.しかし,レイは瞬きを一つしただけで彼女からの返答は無かった.それを受けてかミサトはちょっと気まずげに前言を打ち消すと,引き締まった顔に変わる.

 『・・・吉と出るか凶と出るか・・・吉じゃないと困るんだけど・・・何にしても茶々入れてる場合じゃ無いわね・・・』

 ハンドルを手にして,ミサトは少し思索する.ネルフ本部のスーパーコンピュータ MAGI の計算予測によれば,使徒が再び動き出すのは3日後.彼女達に残されている時間はあまり無かった.

 そしてそれから,ミサトは車のキーを捻って駐車場を後にした.

 
To C Part

1999.04.17 Ver.1.00
1999.06.06 Ver.1.01

2000.01.15 Ver.1.10

TOP INDEXに戻る管理者作品 INDEXに戻る