「服が乾くまで,これを羽織って.変なモノ見せたら速攻でコロスからね!?」

 ずぶ濡れのシンジにアスカは,どこからか借りてきたのだろうか,白地に赤でイチジクの葉に“NERV”とロゴされた,あまり趣味の良くなさそうな大きめのバスタオルを2枚,ばさっと投げた.

 「わかってるよ・・・」

 プールの更衣室でシンジは,濡れそぼった服を脱ぎ始める.シャツ,下着,ズボン・・・素足だったので靴下と靴は被害を免れたが,それ以外はすすぎに脱水,乾燥をさせる必要があるだろう.服を全て脱いだ後,貰ったバスタオルで髪の毛と全身を拭いて水気を取る.それから1枚をしっかり腰に巻き,もう1枚を肩から羽織った.アスカの言う“変なモノ”が何を指しているかは・・・言わずもがなである.

 「準備できた?・・・じゃあ,こっちに来て」

 バスタオルを羽織る頃合いを見て,アスカが声を掛ける.不幸中の幸い・・・と言うべきか,トレーニングプールとランドリー設備は近接していた.ついでに言うと,そこには浴場や宿泊施設も併設されている.シンジは心許なげに体をすぼめて,両手に服を抱えながらアスカの後をついて行った.

 (ガタン)

 アスカに連れられてランドリーに辿り着いたシンジは,全自動式の洗濯槽に濡れた衣服を放り込む.シャツや下着は取り扱い特に心配無いが,ズボンはデリケート衣類扱いなのでそれらとは別にする.それから,ズボンから取り出した自分のIDカードを洗濯機に備え付けられたカードリーダに通そうとした時,その動作をアスカに阻まれた.

 「アタシが払うわ」

 (Pi!)

 アスカはそう言うと,シンジの返事を待たずにカードリーダに持ち歩いてきた自分のカードを通した.直情径行で,無茶苦茶なことを言ったりするアスカであったが,流石に今回のことは自分でもやりすぎたと思ったらしい.

 「・・・・・・・」

 「早くスタートさせなさいよ?」

 「あ・・・ごめん・・・」

 アスカの意外(?)な振る舞いにシンジが驚きで突っ立ったままでいると,アスカはジロッとシンジを睨みながら先を促す.それを受けてシンジは慌ててメニュー入力し,洗濯機を起動させる.ズボンの方は,ドライ用洗剤を入れて“デリケート用”のオプション付きだ.その直後,洗濯機の運転音が周囲に響き始めた.

 
異聞 「マグマダイバー」 B Part
Written by VISI.



 「座りなさいよ・・・」

 「う,うん・・・」

 アスカに促されて,シンジは備え付けの長椅子に座る.傍らのラックには暇潰し用なのか,マンガや雑誌の類が置かれている.

 「・・・さっきは,悪かったわよ」

 シンジがアスカの隣に座ると,意外な言葉が・・・というのは彼女に失礼だろうか・・・アスカの口から出てきた.その視線はシンジの方を向いていなくて俯いた形になっていたが,曲がりなりにもアスカから詫びが入るのはシンジの記憶では初めてのことだった.

 「え?・・・い,いや,アスカの言ってたことって,その通りだし・・・ごめん」

 それはシンジにとっても意外だったようで,シンジは戸惑いの声を上げる.それから,人がいいのか,あるいはとにかく謝って火の粉を避けようとする彼の生き方なのか,シンジは謝ってしまう.

 「・・・・・シンジ」

 「なに?」

 「アンタ,何に謝ってるの?」

 「え・・・何って,その・・・僕がウジウジしていてすぐに諦めたりするから・・・

 そんなシンジに対して,アスカは振り返りジト目で問い掛ける.アスカに尋ねられて,シンジは水に突き落とされた直後に言われたことを自信無さげに呟く.それから先は,もがくのに必死だったため覚えていない.

 「じゃ,シンジはそれだけでアタシからプールに突き落とされてもいいってわけ?」

 「それは・・・」

 いいわけがない.どうやらシンジが謝ったことが,アスカの意に沿わなかったようである.

 「はぁ・・・いい?アタシ達は,EVAのパイロットなのよ?人類を守るために,選ばれたエリートの!?」

 アスカはため息をつき,シンジに言い聞かせる.自分より前に出られたりチヤホヤされたりするのも面白くなかったが,ここまで情けないというのもまたアスカにとって不愉快であった.

 「エリートって・・・そんなの良く分からないよ」

 EVAに乗ることについて,贔屓目に見てもポジティブに考えてないシンジにとって,アスカの言うことはどうにも実感し難いものがあった.

 「と・に・か・く!そのウジウジして内罰的なところ,どうにかしなさいよ!アンタ,男でしょ!?」

 煮え切らないシンジの態度に,アスカは人差し指を彼の眼前に突きつけ言い放つ.シンジに対してアスカは,「男なら云々」を言い出すことが度々あった.

 「できないと思う前に,シミズの舞台から飛び降りるくらいの気持ちでやってみたらどうなの!?」

 「?」

 それから間髪を入れずにアスカは言葉を続けたが,その彼女の口から聞き覚えの無い意味不明の言い回しが出て,シンジは一瞬きょとんとなる.

 「・・・アスカ,それって,清水(きよみず)じゃ・・・」

 「・・・・・・・」

 「・・・・・・・」

 その時,沈黙が二人の間を流れた.時間が経つにつれ,アスカの顔が朱に染まって行く.シンジの指摘が正しいものであろうことを,彼女の中で認識したようだ.

 「この際,そんな細かいことはどーでもいいの!・・・まったく,本っ当に日本の漢字ってややこしいんだから!」

 「はあ」

 「・・・じゃ,アタシは着替えて先に上がるけど,ぼさっとしてて風邪なんか引くんじゃないわよ?」

 「う,うん」

 シンジの指摘に,アスカは日本語の漢字にいちゃもんを付ける.言い回しを間違えて勢いを削がれたのだろうか,それから間もなく彼女はランドリーを去って行った.

 「・・・はぁ」

 アスカが去ってからしばらく後,一つため息をつくシンジであった.

 

− * −



 「・・・・・・・」

 ランドリーにレイが入ってきたのは,シンジの服が脱水の段階に入った頃だった.プールでのワンピースの水着からいつもの制服に着替えていた彼女は,空いている洗濯機の前に立つと無造作に洗濯物を放り込んだ.洗濯物は,その水着に,髪と身体を拭いたバスタオルである.

 (Pi!)

 カードリーダに自分のカードを通して洗濯機を起動させると,レイはシンジの座る席に歩み寄った.レイの接近にシンジは肩から掛かるバスタオルを自分の方に引き寄せ,身体をすぼめる形になる・・・・・何となく少し,妙な構図かもしれない.

 「さ,さっきは,ありがとう.いいよね・・・泳げるのって」

 「・・・そう」

 長椅子の端の方に身体を気持ち寄せながらシンジは,改めてレイに感謝の言葉を口にする.シンジが空けたスペースに・・・空けなくても元から十分にあったのだが・・・レイはシンジと横に肩を並べる形で座った.

 「僕なんか,水が苦手で・・・格好悪いよね・・・綾波にも迷惑かけちゃったし」

 「・・・別に迷惑では無かったわ・・・溺れたら,ここで待機の意味が無いもの」

 隣に座るレイに視線を向けず,正面を見ながら言葉を続けるシンジに彼女は素っ気無く応える.確かに本部内で“つまらない事故”に遭っては,何のための待機だか分からない.

 「・・・そうだね・・・ごめん」

 「・・・なぜ謝るの?水に落ちたのは,碇君の責任では無いのに」

 視線を合わせずに謝るシンジに,レイも正面を見たまま問い掛けた.彼女の言う通り,シンジが水に落ちたのはアスカが突き落としたからである.

 「そうなんだけど・・・もし僕が泳げれば・・・こんなことにはならなかったんだし・・・」

 「・・・・・・・」

 それでも,自分が悪い・・・ように考えてしまうのは,内罰的と言われているシンジの性格なのだろうか.彼のそんなところが時折アスカを苛立たせていることにもなっているのだが,シンジはそのことをあまり自覚していなかった.

 「・・・なら,練習すればいいのに」

 それから少し間を置いて,レイは呟くように語った.その言葉に,シンジの顔が少し曇る.

 「・・・同じこと,アスカにも言われた.綾波も練習したんだ・・・」

 「・・・EVAに乗る訓練メニューの中にあったから」

 「そ,そう・・・色々と大変だったんだ」

 「・・・別に.それが私の任務だもの」

 「・・・・・・・」

 レイの答えに,シンジは今初めて知ったような顔をする.同じEVAパイロットではあるが,レイやアスカと異なって急造パイロットのシンジは正規の訓練メニューを受けていなかった.もっとも正規の訓練過程を経ていなくてもシンジの場合,EVAの操縦が可能であるのだが.

 「・・・それに,水の中は心地良いわ」

 「え?」

 続けて淡々と呟かれた言葉に,シンジはレイの方に顔を向ける.横顔の彼女,その視線は正面の空間を見たまま変わらない.

 「・・・自分の境界が無くなって行く感じがして」

 「・・・・・・・」

 「・・・何?」

 自分を見る視線に気がついたレイはシンジの方を向き,何事かと問い掛ける.不意にレイと目が合ってしまったシンジは,ちょっと当惑気味の表情になる.

 「あ・・・いや・・・綾波がそういうこと言うなんて,珍しいな・・・と思って」

 「・・・そう・・・そうかもしれない」

 「うん・・・」

 それからレイは,視線を再び正面に向けた.視線を外されて,シンジもまた顔の向きを正面に戻す.そこで会話は途切れ,その後しばらく二人の間に言葉が交わされることは無かった.

  ・
  ・
  ・

 「そ,それじゃ,お先に」

 数十分後,乾燥機で服を乾かし終えたシンジはそくさくとまだ途中の綾波と別れる.ずっとバスタオル2枚の心許ない格好でいたシンジは,身体の冷え込みと気恥ずかしさから早く制服に着替えたかった.

 

− * −



 「あのっ,僕が・・・」

 「・・・私が,弐号機で出るわ」

 僕が手を挙げようとした時,タッチの差で隣に居た綾波が先に右手を挙げていた.あれから間もなく,僕は綾波やアスカと一緒にリツコさんから呼び出されていた.浅間山火口中で発見された使徒の捕獲,マグマ内の作業にアスカが当たることになったんだけど,ケージに来てからアスカがそれを拒否したんだ.それで,どうしよう・・・と思ってたんだけど・・・・・

 『こんな格好は,シンジの初号機の方がお似合いよっ』

 土壇場で急にアスカが嫌がった理由は,マグマに入るD型装備を装着した弐号機の格好・・・旧時代の潜水服のようなデザインで・・・アスカにとっては,マグマの中に入る危険よりもそっちの方が重大な問題だった・・・みたいなんだ.

 (パシッ)

 「アンタには,アタシの弐号機に触って欲しくないのっ.悪いけど」

 だけど,綾波が弐号機に乗ることを言い出した途端,アスカはツカツカとこっちに歩いてきて綾波の手を払ったんだ.最初に出会った時からそうだったけど,僕や綾波と違ってアスカは自分の乗る弐号機に凄くこだわっている.太平洋上での使徒との戦いの時も,プラグ内で一緒にいた僕が手を出したことを怒っていたし.

 「ファーストが出るくらいなら,アタシが行くわ」

 仕方なく,と言った感じでD型装備で出ることをアスカは受け入れたんだ.自分が出なくて済んだことを,僕はちょっとだけほっとしてもいた.灼熱のマグマの中に入って行くのは・・・あまり気持ちの良いものではないから.もっとも,アスカや綾波にそれをやらせて平気なのか,と言われると・・・それはまた別・・・なんだけど.

 「・・・格好悪いけど,我慢してね」

 弐号機を前に,アスカが呟く.結局,メインの作業はアスカ,バックアップは僕,綾波は本部で待機の組み合わせで,今回の作戦は進められることになった.

 
To C Part

2000.04.29 Ver.1.00

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