「・・・どうして私に聞くの?」
シンジの問いに対して,レイは問い返していた.
「そ,それは・・・綾波,僕よりも,父さんのことを知ってると思ったから・・・
それに,父さんと楽しそうに話していたのを見たこともあったし・・・・・」
レイからの反問に,シンジはやや下向き加減になりながら,レイの顔色を伺うように答える.確かに,レイはシンジよりもゲンドウに近い存在であった.・・・それは,シンジ自身にとってはもちろんのこと,端から見てもそのように思えた.
「綾波にとって・・・父さんはどんな人なの?」
「・・・・・・・」
息苦しさを感じながら,シンジはもう一度レイに問い掛ける.普段のシンジならば,このように尋ねることは無かったかもしれない.ただ,今彼が尋ねていることは彼の心の中のどこかでずっと前から引っ掛かっていたことではあった.それは,漠然と苦手としている父への関心の裏返しと考えるのが最も妥当だろうか.
「・・・碇司令は・・・あの人は・・・」
少しの間の後,レイはゲンドウの呼び方を言い直してシンジに話し始める.次の瞬間,レイは一つの重大な事実をシンジに告げた.
「私を創り出した人」
「えっ?」
レイの口から淡々と語られたその言葉に,シンジは当惑する.「創り出す」という一般的に人間には用いられない言葉に,シンジの頭の中は混乱した.
「あ,綾波は・・・と,父さんの子供なの?」
とちりながら,シンジはレイに問い掛ける.シンジが混乱する頭の中でレイの言葉の意味をどうにか咀嚼して発したその問いは,ある意味でごく妥当なものであった.
「・・・違うわ.あの人と私に,血の繋がりは無いもの」
「じゃあ・・・どういう意味なの?」
「・・・言った通りの意味よ」
「?????」
レイの言ってることが分からなくて,シンジは「?」マークな顔になる.ずっと後になってから,非常に残酷な形で彼に突きつけられたレイの出生の秘密・・・この時のシンジには,そのようなことはかけらも想像できなかった.
「・・・あの人から,私は存在する理由を与えられた・・・EVAに乗って使徒を倒すこと・・・
だから,私は今ここに存在している・・・・・」
「綾波・・・」
真相に思い至らないシンジにとってレイの物言いは妙な不可解さを感じられるものだったが,ゲンドウとの強い繋がりだけは改めて(漠然とだが)理解できた.シンジがもう少し突っ込んでいれば,あるいはレイがもう少し言葉多く具体的に語っていれば,シンジは真相をもっと早く知ることになったのかもしれないが.・・・そのことはさておき,シンジはレイに尋ねる.
「・・・どうして,そんなに父さんのことを信じられるの?」
以前にも,似たような状況があった.その時は,シンジはゲンドウへの不信を表わしてレイに頬を叩かれたのだが.今,シンジがレイに問い掛けているのは,ゲンドウへの関心からなのだろうか.それとも,レイへの関心からなのだろうか.
「・・・それが,私の使命だもの.他には無い,ただ一つの」
「・・・・・・・」
レイの言葉に,二子山での戦闘・・・ヤシマ作戦・・・に赴く直前に告げられた言葉を再び思い起こさせられたシンジは顔を曇らせる.
「・・・なぜ気にするの?あなたが,気にする必要は無いのに」
「・・・・・・・」
「・・・なぜ悲しいことだと思うの?」
「・・・・・・・」
シンジの表情の変化を見て取ったレイが,彼に問い掛ける.・・・なぜシンジはあの時,戦いの終わった後に涙したのだろうか・・・・・レイの言う通り,このことは本来シンジにとっては他人事であるはずなのに.
異聞 「静止した闇の中で」 B Part
Written by VISI.
『何でなのかな・・・』
レイの部屋からの帰り道,シンジは歩きながら先程のレイとのやり取りを思い返していた.
・
・
・
『似ている,と思ったんだ・・・』
『・・・似ている?』
『EVAに乗ることしかない・・・ことが』
『・・・それがなぜ悲しいの?』
レイの疑問.レイにとってみればシンジがなぜそう思うのか理解できなかった.
『・・・どう言えばいいんだろう・・・とにかく,嫌なんだ』
『・・・EVAに乗るのが嫌なの?』
表情を変えずに,淡々とレイは尋ねる.今まであった事実として,シンジは,EVAへの搭乗拒否,作戦命令の無視,ネルフから逃亡等を犯している.また,EVAに乗ることによって緒戦の時からさんざん怖い思いを味わっているし,嫌な思いもしている.
『・・・好きじゃない・・・と思う.でも・・・』
『・・・でも?』
『逃げちゃ,駄目なんだ・・・と思う』
言葉を区切る中で最も適切な答えを探し求めながら,シンジは答える.ここでEVAに乗ることと,乗るのを辞めて以前預けられていた家に戻ること・・・二つの選択肢のうち前者を選んでいるのはなぜだろうか.
『もしここで逃げたら,二度と・・・・・』
そう言いかけて,シンジは首を横に振る.今言いかけたことを認めたくない,といった風に.
『それに・・・嫌なことばかりじゃないし・・・』
EVAに乗ることで,変わったこと.ここ第3新東京市に来る前に暮らしていた家では,無かったこと.
ここに居てもいいかもしれない,ということ.
それが好ましくないことかと言えば,嘘になる.
『・・・でも,怖いんだ.落ち着かないんだ』
『・・・何が怖いの?』
『もし・・・EVAに乗るのを辞めてしまったら,また何も無くなってしまうんじゃないかって.そう・・・思うんだ』
呟くように,シンジの話は続く.レイの「何も無い」の言葉の背後にあるものをこの時の彼はまだ知らない.
『だから,気になったのかもしれない・・・・・』
『そう・・・』
『うん・・・』
『・・・・・・・』
『・・・・・・・』
シンジの話を,レイは賛成する訳でもなく反発する訳でもなく淡々とした様子で聞いていた.話が終わってから,シンジもレイも言葉を発すること無く沈黙する.
『・・・ごめん』
『・・・なぜ謝るの?』
妙な間ができた気まずさ,だけでシンジは謝る.そんなシンジにレイから疑問が飛ぶ.
『ごめん・・・』
意味も無く,シンジは謝っていた.
・
・
・
『何でなんだろう・・・』
シンジの思考は,ループ状態に陥っていた.自分よりも父に近い少女,自分と似た境遇の少女.なぜ,彼女のことが気になるのだろうか・・・・・
(ゴゴゴゴ)
ふと,空から低音が響く.上を見上げると,雲行き怪しく空が暗くなり,今にも雨が降りそうな気配だった.シンジは提げていた鞄から傘を取り出そうとするが,急に青くなる.
『無い・・・』
いつも念のためにと 入れているはずの折り畳み傘が,今そこには無かった.
− * −
「・・・・・・・」
着ていた制服のまま,レイはベッドの上でうつ伏せになっていた.日の傾く時間になり,また天候の悪化と共に,部屋の中は暗くなりつつある.
『・・・なぜそう思うの?』
ベッドに伏せりながら,レイは思考する.シンジの話すことは,レイにとって理解の範囲を超えるものだった.
『・・・何も無くなることが怖いの?』
『・・・そうかもしれない』
『そう・・・』
なぜ,彼はそのように考えるのだろうか.この時のレイには,その実感が無くて良く分からなかった.EVAに乗ることに関してこのようなことを聞かされるのは,レイにとってある意味驚きであり,当惑するものであった.
『綾波』
『・・・何?』
『明日・・・学校に来るよね?』
『・・・ええ』
別れ際,レイはシンジから学校に来ることをもう一度訊ねられた.一度訊いたことをなぜもう一度繰り返すのだろうと思いながらも,レイは答えた.
『うん.それじゃ,また明日』
レイからの返答に,シンジは安心したような顔になる.自分が学校に来るか来ないかというのは,そんなに重要なことなのだろうか?レイにとって,シンジの挙動は 時折良く分からないところがあった.
「・・・なぜ?」
ベッドの上で寝そべりながら,レイはぼんやりと思索の渦に沈み込んでいった.
・
・
・
・
・
「綾波?」
「・・・・・・・」
帰ったはずのシンジが,ベッドの上のレイに声を掛けていた.シンジの右手には折り畳み傘.レイからの返事は無い.外では,すっかり覆われた暗雲から雨粒が落ちている.
『傘は見つかったけど・・・』
「(すぅーっ)」
シンジの傘は,レイの部屋にあった.どうやらプリントを取り出したりしている内に落としてしまったらしい.シンジは呼び掛けるが,レイからは呼吸をする静かな息が返ってくるばかりだった.
「綾波っ」
「・・・・・・・」
繰り返し声を掛けるが,レイからの反応は無い.連日の再起動試験の疲労からか,レイの眠りは深く,ちょっと声を掛けたくらいでは目覚めそうにも無かった.
『一言,断っておきたかったんだけど・・・仕方ないよね』
手にある傘とレイの顔を見比べながら,シンジは思う.良く眠っている,という感じのレイにシンジは無理に起こすことを諦める.大きな声や物音で手荒く起こすことはできないし,身体を揺すって起こすのも論外だった.
『・・・また,変な風に思われたくないし』
眠っている女の子を前にしたことをきっかけに散々な目に遭った経験が,シンジのごく近い過去にあった.
「(すーっ)」
いつもの近寄り難い雰囲気が取り払われた,年齢相応のレイの寝顔.片方の頬を枕に預け,反対側の頬には彼女の短めの蒼銀髪が掛かっている.華奢な身体の所だけベッドのクッションを僅かに沈め,少し裾の乱れたスカートからは彼女のほっそりとした脚が膝のあたりから姿を現わしていた.
「(ドクン)」
シンジの顔が少し赤らむ.が,直ぐに首を横に振って気持ちを正気に戻す.
『変なことを考えちゃ駄目だ』
レイの寝姿から視線を外し,心の中でシンジは念じる.良からぬことをしようとしたがために払った代償の大きさは,完膚なきまでにシンジの骨身にしみていた.
「(ぶるっ)」
ふと,寒気を感じてシンジは身震いする.本格的に降り出した雨のせいか,急に気温が下がりつつあった.
「・・・・・・・」
シンジは外した視線を元に戻す.そこには,制服のまま上に何も掛けないで眠ってしまっているレイ.どうして,彼女はこのような寂れ果てた所に住んでいるのだろうか・・・寂しい,とは思わないのだろうか・・・・・.
「(くしゅんっ)」
「・・・・・・・」
ここに戻ってくるまで少し雨に濡れたせいか,不意にくしゃみがシンジの口から出る.しばらく雨の止みそうにない外の天気に,シンジは眉をひそめた.それからまた,シンジはレイの寝姿を見た.
・
・
・
・
・
「はぁぁ・・・・・」
レイの部屋を出た直後,ため息と共に何とも言い難い疲労感がシンジの身体にのしかかる.
二度目の帰り道,空から降り注ぐ雨の勢いは強くなっていた.
2000.09.10 Ver.1.00
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