「・・・どうして,分かるの?」

 問い掛けるシンジの声に,歩き出そうとしたレイの歩が止まった.心許なさげな表情で,シンジはレイの背中に向かって再び訊ねる.

 「ひいきされていないって・・・綾波には,父さんのことが分かるの?」

 「・・・・・・」

 寂れ果てた所に一人で住んでいて,EVAに乗ることが存在理由の全てと語る彼女が,俗に言うところの「温もり」の類を受けているという風には見えなかったが,そのことを知っていても彼は問い掛けていた・・・どうしてそんなことを訊くのか,彼自身も良く分からないままに.

 「・・・分からない」

 「!?」

 一呼吸を置いた後,背を向けたままレイはシンジの問いに答えた.先程とは正反対の言葉で.矛盾したレイの答えに,シンジは当惑した顔になり,アスカなどは「はぁっ!?」と声を上げていた.

 「・・・私は,司令では無いもの」

 二人の反応に構わず,レイは続ける.

 「・・・でも,ひいきされてないことは分かる・・・私が必要とされているのは,あの人の目的のため」

 それからレイは振り向き,シンジ達と向かい合う形になる.顔色を変えることなく淡々とした口調で話し続ける彼女は,その紅い双眸をシンジに向けた.

 「目的って,使徒を倒すこと?」

 「・・・・・・・」

 「それが,父さんの仕事だから?」

 「・・・ええ」

 「綾波は,それでいいの?それで,父さんのことが信じられるの?」

 「・・・構わない.司令は絶対だもの」

 淡々としたレイとは対照的に落ち着かない様子で,また何かに憑かれたかのように,立て続けにシンジはレイに訊ねる.

 「・・・父さんのこと,分からないのに? EVAに乗れれば誰でもいいという父さんなのに?」

 「・・・・・・・」

 そのシンジの問いに,レイは静々と彼の前に歩み寄った.目の前に寄って来たレイに,シンジははっと我に返る.そして彼女を怒らせてしまったと思ったのか,シンジはその身を強ばらせた.

 「・・・司令のことが気になるの?」

 「えっ?」

 「・・・昨日も訊いてた.同じこと」

 いつぞやの時のような平手は飛んでこなかった.その代わりに,シンジに対する逆質問が彼女の口から出てくる.虚を衝かれたシンジの顔を,レイはじっと見ていた.

 
異聞 「静止した闇の中で」 E Part
Written by VISI.



 『気にしている?父さんのこと?』

  薄暗い通路を歩きながら,シンジは考える.あれから結局,アスカから剣呑な眼差しで「・・・急いでるんじゃなかったの?」の一言が入って二人の問答は中断・・・三人は再び先を進んでいた.

 『・・・そうかもしれない.いや,その通りなんだ・・・それを認めるのが嫌だっただけで』

 心の中で,シンジは呟く.全ての事情を知る者から見れば,そうでなくても察しの良い者から見れば,何を今さら・・・と突っ込みが入りそうなことであったが,そのことをシンジが自分で認めるにはいささか複雑な心の葛藤があった.

 『嫌なことばかりなのに.あんな父さんなのに・・・』

 ここへ来てからの父とのこと.いきなりEVAに乗れと言われたあの日.偶然エレベータで顔を合わせても,何の言葉も無かったあの時.ごく最近では,多忙の父に電話を掛けて要らぬ不興を買ったということもあった.

 『・・・父さんにとって,僕は要らない子供だったんだ.僕をここに呼んだことだって,
 EVAを動かすためだけで,他には何も無い.そんなこと,分かっていたことなのに』

 11年前に母親を事故で亡くして以来,知人に預けられたシンジは父とは数える程しか会っていない.EVA初号機のパイロットになる以前で最後に会ったのは3年前.亡くなった母親の墓の前でだった.

 『それなのに,父さんのことを考えてる.綾波やミサトさん,みんなに聞いている.
 こうして,EVAに乗り続けている・・・顔を合わせても何を話せばいいのか,分からないのに.
 何も話せないのに.今さら,何を期待しているんだろう・・・・・』

 ずっと離れて暮らしていたこともあって,シンジは父とはまともに話をすることも無かったし,たまに顔を合わせても居心地の悪い思いをすることばかりだった.

 『・・・・・・・』

 期待など,できるわけがない.ここに来る前は,僅かばかり持っていたかもしれないが・・・今の父はネルフの司令で,自分はEVA初号機の専属パイロット.それ以上でも,それ以下でもない関係.だのに,気が付くと父を意識している.

 『・・・僕は,父さんのことを知らない』

 ネルフの司令で,息子である自分を顧みようとしなかったこと.EVAに乗せるまで,自分を必要としてなかったこと.それ以外は.

 『・・・どうして,綾波は父さんのことをあんなに信じられるんだろう?
 父さんのこと,分からないのに.ひいきされてないって,言うのに』

 シンジの思考が,前を歩いているレイに向けられる.自分よりも父に近い少女.その少女は,あの父のことを信じられるという.

 『・・・他に,何も無いからなのかな・・・』

 あの言葉を思い出す度に,何故だかシンジは胸が痛む.あの時のレイの言葉には,シンジにとって何とも言い難い重みがあった.そう思ったのは,荒れ果てた彼女の住まいを見た後だったからなのか,彼女の持つ独特の・・・端的に言えば,儚げな・・・雰囲気からだろうか.

 『・・・・・・・』

 それとも,自分もまたEVAに乗ること以外必要とされない何も無い人間だからなのだろうか.

 『・・・どうしてなんだろう・・・あんな父さんなのに』

 なぜ,自分はあの父を意識するのだろう?なぜ,彼女はあの父を信じられるのだろう?

 『綾波は分からないって言ってたけど・・・僕の知らない父さんがあるのかな・・・』

 自分への,父への,レイへの関心と疑問の中で,漠然とした思いがシンジの中で浮かび上がっていた.

 

− * −



 『何なのよ・・・まったく・・・』

 前を歩くレイの背中を見ながら,シンジの隣を歩くアスカは不機嫌を顕わにしていた.

 『バカシンジとファーストで勝手に話を進めて』

 (リーダーとして)やること為すことが裏目に出て,その側でいかにも澄ました顔で行動するレイが面白くなくて,ほとんど八つ当たりとも言える挑発をレイにぶつけたアスカだったが,自分の無様さを却って浮き立たせる結果となっていた.

 『何でなの?何も言い返せなかった』

 完全無視のレイの前に立ち塞がってまでそのイライラをぶつける程の勢いだったにも関わらず,レイに口を開かれた途端に沈黙させられてしまった.

 『・・・アタシがファーストに気合い負けしたとでも言うの? 』

 そんな思考が,アスカの脳裏を過ぎる.レイの・・・何者をも寄せ付けない雰囲気を持つような・・・一言二言に圧されたとでも言うのだろうか.

 『違うっ.ファーストがヘンに思わせぶりなコト言い出すから,こっちのペースが狂ってしまったのよ!』

 次の瞬間,アスカはその考えを否定する.レイの掴み所の無い・・・初めて会った時もそうだったが・・・物言いに,ちょっと調子が狂ってしまったのだと.

 『そうよっ.たまたまちょっと勝手が違っただけ.ナンバーワンのこのアタシが,
 ファーストなんかに負けるはずがない』

 それから,アスカの考えが,レイに負けていない,負けるはずがない・・・になる.選ばれたEVAのパイロット,そして一番のシンクロ率とハーモニクスを持っているという強い自負が,彼女にはあった.

 『誰が一番なのか,はっきりと分からせてやるわ・・・ファーストにも,バカシンジにも・・・借りは,返すわよ』

 そしてその自負ゆえに,アスカはEVAに乗ることに人一倍こだわり,そのプライドはEVAに搭乗することそのものだけでなく,彼女自身を評価する物差しにもなっていた.

 

− * −



 『・・・なぜ?』

 シンジとアスカの前・・・先頭を歩くレイは,心の中で呟いていた.

 『・・・自分でも分かるもの』

 『・・・分からない』

 言葉の意味そのものだけで捉えるならば,全く正反対の二つの答え.

 『・・・私は・・・分かっているの?あの人のこと』

 心の中で,レイはさらに呟く.自分に一番近い人間,絶対者・・・彼の目的のために自分は創り出された.それが,自分がここに存在している理由.だから,その命令に従うのは当然なのだと.

 『・・・あの時,司令は私を助けに飛び込んで来てくれた.そして,あの人はあの眼差しで私を見ている』

 起動試験で零号機が暴走した時のこと,訓練・任務を離れて会っている時のこと,ゲンドウがレイに対して向けているものは,他の人間に対するものとは違う特別なものなのではないだろうか.

 『・・・でも,あの人が私に向ける視線.私を見ているはずなのに,何か違う気がする.
 なぜそう思うのかは,分からない.けど,あの人が見ているのは私ではない・・・・・それは,分かる』

 何を根拠に? と問われて,明確に説明できる程はっきりした答えを持っているわけではない.しかし,いつの頃からか漠然とした違和感をレイは感じていた・・・ある時,どこかで,自分はそのことを認識したのだと.

 『・・・当たり前だよ.あんな父親なんて!』

 (パシッ)

 違和感のこととは別に,シンジの頬を叩いた時のことをレイはふと思い出す.あの時の自分は,シンジに対して怒りの感情を抱いたのだ・・・彼女にしては珍しい程に.自分の父親の仕事を信じられないのかと.

 『・・・・・・・』

 あの時も今も,レイ自身にとって司令は絶対の存在であることに変わり無い.司令の命令に従って,与えられた自分の役割を果たすことは少しも変わっていない.

 『・・・なぜ,気になるの?私は・・・何を望んでるの?』

 それなのに,一体自分はどうしたのだと言うのだろう.戸惑いを覚えずにはいられないレイであった.

   ・
   ・
   ・

 「これは・・・手じゃ,開けられないよ」

 『・・・・・人の手では無理ね』

 巨大な扉が行き止まりとして立ちはだかり,レイの意識は目の前の障害物のことへと切り換わる.

 「・・・仕方ないわ.ダクトを破壊してそこから進みましょう」

 そう言って,彼女は側に落ちていた鉄パイプを拾い上げる.

 『・・・いいえ,私は今私がやるべきことを果たせばいい・・・それで,問題無い』

 自らへの戸惑いを断ち切るかのように,レイは手にした鉄パイプでダクトの入口を壊し始めた.

 
To F Part

2001.04.19 Ver.1.00

TOP INDEXに戻る管理者作品 INDEXに戻る