(カラン)
「・・・ここを使って行きましょう」
進路を切り開くため,ダクトに嵌め込まれていた金網を壊したレイは,鉄パイプを投げ捨てて屈み込んだ姿勢を取る.元々人が通るために作られたものではないので,その中を立って歩くのは不可能だからだ.
「ここに・・・入るの?」
「ちょっと,こんなトコに入るわけ?」
ただ,今回レイが指し示した進路は,シンジとアスカにとって,いささか・・・というか,かなり・・・二の足を踏みそうなものだった.
「・・・大丈夫.通れるわ」
レイはそう言うと,両腕を先に中に入れて,頭から突っ込む体勢になる.この後,彼女は腕を使って前に進んで腹ばいになってダクト内に身体を入れていくだろう・・・それ位の間口であった.
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
その狭さに躊躇するシンジ達を尻目に,レイは無造作に中へ入って行こうとする.彼女の後ろ姿を見ていた二人だったが,間もなくある重大な事に気が付いた.
「何,ぼーっと見てんのよっ!アンタ,パンツ覗き魔!?」
「あっ!ご,ごめんっ」
次の瞬間,どこぞの物語のトースト食み食みお元気少女の台詞を奪い取ったような怒号が通路内に響く.アスカに怒鳴られて,シンジは慌てて回れ右する.今,レイが身に着けているのは学校の制服・・・スカートの間から下着が見えてしまうことが無きにしもあらず・・・そういうことであった.
「(じろっ)・・・絶対に,見ないでよ!見たら,コロスからね!」
「わ,分かってるよ・・・」
レイに続いて入口に手を掛けたアスカは,120%警戒の眼差しで背を向けているシンジに釘刺す.当然ながら,アスカもまた学校の制服だったからである.もっとも,シンジを先に行かせればその警戒は無用となるのではあるが・・・とは言え,もし仮に万が一シンジが,
『(そんなに嫌だったら)僕が先に行こうか?』
などと切り出したならば,これはこれで血を見そうな問題になったことは間違い無かっただろう.
異聞 「静止した闇の中で」 F Part
Written by VISI.
「バカ!バカ!バカ!見るなって言ったでしょ!」
(ゲシゲシッ ゲシッ)
狭いダクトの中でアスカの蹴りがシンジの顔面に向けて炸裂する.結局,ダクトの中でも「見るな!」と言ったアスカの声に思わず顔を上げてしまったのだ.灯りの無い中でシンジが見たものは彼女の蹴り足だけだったのだが,そんなことは(当然)関係無い.
「し,仕方ないだろっ.前見なきゃ進めないんだからっ」
売り言葉に買い言葉,繰り出される蹴りに抗議するシンジだったが,アスカの蹴りは止まらない.そしてその直後,アクシデントが不意に二人を襲った.
(バキッ バリッ)
「「!!」」
破壊音.狭い中での大暴れは,シンジだけでなくダクト本体にもダメージを与えていた.剥がれる金属板.破壊によって出来上がった穴から,二人は次々と落下する.
(ドサドサッ)
「「(ぐえっ)」」
(タンッ)
瞬時のことで受け身も取れず,落下したシンジとアスカは下の床で折り重なる.この時もしアスカに何かものを言う余裕があったなら,「カッコ悪いーっ」と言い出しそうな状況・・・そんな二人とは対照的に,レイは後から綺麗に無難な着地を決めた.
「・・・あなた達!」
落ちた先で,シンジ達は聞き覚えのある声を耳にする.そこには,白衣姿のリツコが驚きと感嘆の表情で立っていた.彼女の周りでは,多数の作業員が慌ただしく動き回っている.三人が落ちた先は,EVAが格納されているケージだった.
「EVAは?」
シンジ,そしてアスカにも,幸い大した怪我は無く,シンジはリツコに訊ねる.これまでの地下通路での経緯から,何らかの原因で停電になって本部の設備が動かないことは凡そ認識していた.こんな状況で,EVAを動かすことなどできるのだろうか?
「スタンバイ,出来ているわ」
「何も動かないのに?」
「人の手でね.司令のアイデアよ」
「・・・父さんの?」
「碇司令は,あなた達が来るのを信じて準備していたのよ」
疑問のシンジに,リツコは涼やかに微笑んで答える.リツコが指差した先には,多くの作業員と一緒になってワイヤーを引いてEVAの発進準備を進めるゲンドウの姿があった.
『あの父さん・・・が?』
ゲンドウのその姿に,シンジは意外なものを見た,という顔になる.威圧的で自分に冷淡な父,人のことを省みるなどとは思えない父,その父が今は大汗かいて一緒に作業している・・・シンジの知らない,父の姿だった.
・
・
・
「目標は直上にて,停止の模様」
「作業,急いで!」
「非常用バッテリ,搭載完了!」
「よし,行けるわっ.発進!」
停電でここまで辿り着けなかったのだろうか,本来指揮を執るべきミサトが不在のため,リツコがその代役を務める.彼女の指示の下,零号機・初号機・弐号機の三体のEVAが重量感溢れる動きで発進を始めた.
− * −
「・・・先行する機体がディフェンス.ATフィールドで中和しつつ,敵の溶解液からオフェンスを守る.
バックアップは,下降.落としたライフルを回収して,オフェンスに渡す.
そして,オフェンスはライフルの一斉射にて,目標を破壊・・・これで,いいわね?」
横穴の中で三体のEVAが雁首を揃えた状態で,アスカはこれから行う作戦を説明していた.地上の使徒を撃破するために発進したEVAだったが,地上への縦穴に入ったところで使徒の攻撃に阻まれていた.使徒は,縦穴入口から強力な溶解液を流し込んでいたのである.強力な装甲を持つEVAと言えども,何の手立ても無しにそこに飛び込むのは自殺行為に等しかった.
「・・・いいわ.ディフェンスの役は私が」
「お生憎さま.アタシがやるわ」
「そんな,危ないよ」
「だからなのよ.アンタにこの前の借りを返しておかないと,気持ち悪いからね」
一番危険なディフェンス役を買って出ようとしたレイを,アスカが遮る.懸念するシンジに,アスカは前回助けられたことを引き合いに出す.温泉の時に半ば強引に頷かされたとは言え,元々から「貸し」のつもりなどなかったシンジは,少しだけ複雑な顔をしていた.
「シンジがオフェンス.優等生がバックアップ.いいわね?」
「・・・わかったわ」
「うん」
適度な気合と落ち着きのある口調で,アスカが役割分担を決定する.アスカの決定に,レイとシンジは従う.リーダー宣言後,最もそれらしい姿であった瞬間の彼女だった.
「じゃ,行くわよ」
「Gehen!」
ドイツ語での号令の下,それぞれの役割を果たすために三体のEVAは縦穴内に散らばって行った.
「くっ」
背中が焼けるような熱い感触に,アスカは顔をしかめる.弐号機に降り注がれる使徒からの溶解液.パイロット自身の神経接続とリンクするEVAの動作システム上,痛覚がEVA本体からアスカに伝わってくる.
(タンッ)
縦穴の底に,レイの操る零号機が軟着陸する.落としたライフルを拾い上げ,上を見上げると,シンジの初号機が縦穴に張り付いて体勢を整えていた.
「綾波っ」
シンジからの呼び声に,レイの零号機は間髪を入れずに手にしたライフルを直上に投げ上げる.唸りを上げて手元まで飛んできたライフルを初号機は受け取ると整然とした動作で銃口を真上に構える.
「アスカっ.避けて!」
(ガガガガガンッ)
真上のアスカに向かって,シンジが叫ぶ.突っ張らせた両腕両脚を引っ込めて落下する弐号機.その瞬間,初号機の構えるライフルの銃口が火を吹いた.銃弾は使徒の攻撃をかいくぐり,その本体を貫いた.
(ガンッ)
(ガシャン)
上から落ちてきた弐号機を初号機が受け止める.それから,縦穴の遥か上から使徒の崩れ落ちる音が伝わってくる.アスカの立てた作戦は見事なまでに完璧な成果を上げ,地上の使徒はその活動を停止した.
「・・・これで,借りは返したわよっ」
「・・・・・(うん)」
やり遂げたという表情で,アスカは下の初号機のシンジに向かって声を掛ける.これですっきりサバサバしたという様相のアスカに,シンジはホッとして頷くように笑みを返した.
− * −
「・・・電気,人工の光が無いと,星が綺麗だなんて皮肉なものだね」
「でも,明かりが無いと人が住んでる感じがしないわ」
戦いの後,三人は地下通路を抜けて再び地上に・・・今度は第3新東京市を見下ろせる丘陵地に・・・出ていた.日が沈み,地上に殆ど灯りが無い星が良く見える夜空の下,プラグスーツ姿で草の上を寝転がりながら,あるいは体育座りしながら,シンジ達は外の風景をぼんやり眺めていた.
「ほらっ,こっちの方が落ち着くもの」
ちょっと感傷めいたことを呟いたシンジに,アスカは人の灯りがある方がいいと語る.地下通路の時と違って,アスカは上機嫌でトゲトゲしさが全く無かった.電気が復旧した所から,次々と街に灯りが点いて行く.
「・・・人は闇を恐れ,火を使い,闇を削って生きて来たわ」
「てっつがくぅ」
アスカに続いて,レイが呟く.普段は必要以上のことを殆ど話すことの無い彼女にしては珍しく.
「・・・そして,言葉が生まれ,言葉は知識を作り出し,次の世代に伝えて来た・・・・・」
人の営みの歴史・・・多くの書物を読み,そこから得た多数の知識の中の一つ.それがレイの口から,何気なく呟かれていた・・・何となく,何かを呟きたかったと思ったら,言葉が出ていた.
「だから,人間は特別なのかな・・・言葉や,知識があるから・・・」
「なーに,アンタまで哲学しちゃってんのよ?そんなの,分っかるわけないじゃん」
「あ・・・うん・・・・・」
レイの言葉を受けたシンジの呟きに,アスカが茶化すように言葉を返す.その口調は,至って軽やか・・・そんなアスカに,シンジは苦笑い混じりで曖昧な返事をする.
『・・・でも,分からないから・・・考えたりするのかな・・・気になったりするのかな・・・
僕は,どうしたいんだろう・・・・・』
人の灯りで満たされた街を見ながら,シンジはここ最近の自分のことに考えを廻らせる.これから先に待ち受けていることは,迷える子供である彼にその答えを与えるのだろうか.
− * −
(パン)
蛍光灯の点灯音と共に,薄暗かった部屋が明るく照らされたものに変わる.日中に突然第3新東京市を襲った停電は,夜に入って各所で次々と復旧していた.
「・・・一体,何やったんやろ?」
明るくなった部屋の中で,彼は首を傾げる.昼間,信号待ちで目の前のランプの灯りが消えてしまった事態に遭遇した彼は,ここに戻った時にこれが停電によるものであることを確認していた.なぜ,停電になったのかまでは分からないままだったが.
「さあ?」
ベッドの上で上半身を起こした姿勢で,彼女は分かんないといった顔をしていた.ここに居る彼は中学生で,彼女は小学生.二人の間柄は兄妹で,ここは彼女が入院している病室だった.ベッドの側には,彼女の着替えなのか昼間彼が提げていた紙袋が置かれている.
「・・・見えなくなっちゃったね」
「そやな」
病室の窓の外の方を見ながら,彼女は呟く.ほんの少し前まではっきりと見ることのできた星空も,今は照明の反射に阻まれていた.
「(んーっ)」
それから,彼女は自分の身体を寝かそうと両腕と上半身に力を込める.健康な身体なら何てことの無いこの動作も,数ヶ月前の事件・・・使徒の襲来とEVA初号機の初戦闘・・・に巻き込まれて大怪我を負っている今の彼女にとっては一仕事であった.
「ふぅ」
それからややあって,彼女は枕に頭を乗せ毛布を肩まで引っ張り込んで一息つく.病室の外では,人の行き交う足音が聞こえる.恐らく今日の事件の後始末だろう.各施設で持つ非常時用の発電機で最低限の機能を維持してきたとはいえ,復旧後にやることは沢山あった.
(スタスタ スタ)
突然の停電,電話を始めとする外部との各種通信の全面不通.大規模災害か何者かが意図的に引き起こさない限りあり得ない今日の事件は,原因について然るべき筋で調査が行われることになるだろう・・・調査結果が一般に正しく公開されるかどうかは別にして.
「ありがと」
「おぅ」
毛布の乱れを直した兄に,妹が声を掛ける.こういったことは男のすることやないなどといかにも言い出しそうな気質の彼だったが,妹は別といったところだろうか.
「・・・ほな,またな」
「うん.お休み」
妹が床に着いたの機に,兄は席を立って病室の扉に向かう.停電という非常事態で戻った先の病院にそのまま居残っていた彼だったが,時計の針はだいぶ遅い時間を差していた.
「・・・・・・・」
兄が去った後,妹は病室の天井に視線を向ける.見慣れた天井.急患としてここに運ばれてこの病室に移って以来,彼女はずっとこの天井を見てきた・・・晴れの日も,曇りの日も,雨の日も.
『また,明日』
心の中で呟き,幼い彼女は目を閉じる.様々な意味で,彼女の先々は長かった.
2001.04.19 Ver.1.00
TOP INDEXに戻る/管理者作品 INDEXに戻る