一本角な形状の額の突起,鎧武者の兜を思わせるような頭部を持つ紫の巨人.それが初めて“使徒”と呼ばれる巨大な敵を打ち倒した時,その姿はまさしく悪鬼のごとしであった.

 ただ,今は差し迫って来る敵も無く,パイロットも乗っていないそれはケージの中でその頭部を外気に晒し,一時の沈黙を守っている.

 「・・・・・・・」

 他に人の気配が無いその空間で男が一人,眼前にあるそれを見据えるように立っていた.

 人造人間エヴァンゲリオン(EVA)初号機.かつて,その起動確率の低さから0ナイン(オーナイン)システムと皮肉られたこともあったが,今は零号機・弐号機と共に使徒の脅威から人類を守る役割を果たしている.

 「・・・・・・・」

 使徒に対抗できうる唯一の決戦兵器エヴァンゲリオン.人類の生き残りへの可能性.だが,この男にとって目の前にあるそれは一体どのように映っていたのだろうか.

 初号機.零号機でも,弐号機でも無くて,EVA初号機.11年前のあの日以来,男にとってそれは他の何にも代えられない特別なものとなってしまった.そして今,男はEVAを駆使して使徒を殲滅する組織の長にある.

 「・・・・・・・」

 使徒の殲滅.そのこと自体が最終の目的でないことは,彼を含めたごく一部の限られた者達にとっては折り込み済みのことだった.ただ,その最後について彼は独自のシナリオを持っているようだが.

 「・・・・・・・」

 無言のまま,男は踵を変えて初号機の前を去る.これからしばらくの間,彼は南極へ飛んで彼の計画に関わるあるものを確保することになっていた.15年前,セカンドインパクトが起きたその場所で.

 
異聞 「奇跡の価値は」 A Part
Written by VISI.



 数日後,第3新東京市街.

 「先に行くでっ」

 そう言ってトウジは,降りしきる雨の中へと飛び出して行く.彼の後には,コウモリ傘の下にワイシャツに学生ズボンの少年が二人.シンジとケンスケである.先程までは一本の傘に男三人・・・暑苦しいと言うか,それ以前の問題として雨を避けるという傘の機能を殆ど果たしていなかった.

 「おいっ,待てよっ」

 トウジの行動にケンスケが制止の声を上げるが,それに構うことなくトウジは雨の中を走る.見る見る距離を離された二人は互いに顔を見合わせた.

 「「・・・・・・・」」

 数秒の間の後,ケンスケが仕方ないなといった感じで肩をすくめる.シンジは頷くと折り畳み傘に手を掛ける.傘を閉じ,二人は先を行くジャージ服のトウジを追って走り出した.

  ・
  ・
  ・

 「すまんな,センセ.雨宿りさせてもろうてな」

 葛城家の玄関口でトウジが片手で拝むような仕草をする.結局,三人仲良くずぶ濡れになっていた.合理的,という言葉からはかけ離れた行動.付き合いがいいというか,何と言うか・・・ま,あれである.

 「ミサトさんは?」

 「まだ・・・寝てるんじゃないかな?最近,徹夜の仕事が多いみたいだし」

 「ああ.きっつい仕事やからなぁ」

 「ミサトさんを起こさないように静かにしてようぜ.静かに」

 渡されたタオルで濡れた髪を拭きながらトウジは訊ねる.まだ寝ているのでは,とのシンジ.最近のミサトは多忙で,不規則な生活を送っているらしい.

 「ああーっ!!アンタ達,何してんのよ!?」

 徹夜続きのミサトに配慮して静かにしよう,と言い出したケンスケの意思は少女の大声によって潰える.シンジ達より一足先に帰っていたアスカだ.彼女は,部屋を仕切るカーテンから顔だけを出して警戒するような視線でシンジ達三人を見ていた.

 「雨宿り・・・だけど」

 「アタシ目当てじゃないの?着替えるんだから,見たらコロスわよ?」

 「分かってるよ・・・」

 三人を代表してシンジが答える.アスカは警戒を解くこと無く,勢い良くカーテンをきっちりと閉めて三人の視界から消えた.

 「・・・じゃかぁしいわっ.誰がお前の着替えを見たいっちゅうねん」

 「・・・自意識過剰なやつ」

 アスカの姿が見えなくなって,トウジとケンスケは彼女に聞こえないように小声でそれぞれ文句を言っていた.

 「あら?二人ともいらっしゃーい」

 「お,お,おお・・・」

 「お邪魔してます」

 文句を呟く二人に軽やかな女性の声が掛かる.家の主のミサトである.これから出掛けるのか,部屋着のラフな格好ではなく,ジャケットを羽織ったキチンとした身なりだ.不意を打たれた驚きなのか,それともその姿に見とれたのか,トウジはしどももどろになる.そんなトウジとは対照的に,ケンスケはそつの無い挨拶をした.

 「ただいま」

 「お帰りぃ.今夜はハーモニクスのテストがあるから,遅れないようにね?」

 「はい」

 「アスカも分かってるわよね?」

 「はーい」

 ミサトは挨拶を返すと,シンジとアスカの二人に連絡事項を伝える.それからそのまま玄関に向かおうとした彼女だが,突然の大声に阻まれる.

 「ああっ!!」

 まるで世紀の一大発見をしたかのような大声を上げたのは,ケンスケだった.直後,彼はミサトに向かって深く頭を下げる.突然の行動に戸惑いながらも,トウジも彼の後に続く.

 「この度は,ご昇進おめでとうございます!」

 「おめでとうございます!」

 「あ,ありがと.じゃ,行ってくるわね」

 「「行ってらっしゃーい」」

 唐突なお祝いの言葉にやや戸惑いながらも,ミサトは笑顔を返す.それから改めてミサトは玄関へ向かった.そんな彼女を二人が声を揃えて送り出す.

 「・・・どうしたの?ミサトさんに何かあったの?」

 「ミサトさんの襟章だよ.線が二本になってる.一尉から三佐に昇進したんだ」

 「へぇー,知らなかった」

 「いつの間に・・・」

 ミサトが去った後,シンジは分からないといった顔でケンスケに訊ねる.ケンスケの実にマニアックな指摘を,シンジと部屋着に着替えて出てきたアスカの二人がそうだったのかという顔で聞いていた.

 「マジで言うとるんか?一緒に住んどるのにどないなっとんねん?」

 「ああっ,君達には人を思いやる気持ちは無いのかね?
 あの若さで中学生二人を預かることなんて大変なことなんだぞ?」

 「ワシらだけな.人の心を持っとるのは・・・」

 そんな二人の反応にトウジは呆れ顔でため息をつき,ケンスケはいかにも芝居がかった仕草で二人の態度を仰々しく嘆いた.

 

− * −



 「・・・と言うわけだ.ミサトさんの昇進祝いをやろうぜ」

 ずいっとシンジに迫りながら,ケンスケは祝賀パーティーを提案する.彼の後ろでは,トウジが腕組みをしながらうんうんとうなずいている.

 「ミサトさんの都合のええ日を聞いといてくれ?な?センセ」

 「え?お祝いって・・・大げさ,じゃないかな?」

 ケンスケに続いて,トウジが畳み掛ける.お祝いをしようという二人に対して,シンジはあまり気乗りしなさそうな様子だった.この手のことには不慣れなのだ.

 「んなことないって」

 「一緒に住んどるんやろ?ええことがあったら,お祝いの一つぐらいせなぁな?」

 「う,うん・・・」

 押しまくる二人を前に,シンジはそのまま押し流されそうな感じで曖昧に返事する.

 「なーに,アンタ達で勝手に盛り上がってんのよ?」

 「何や,聞いとったんか?」

 「あ,アスカはどう思う?」

 「あん?何で一々アタシに訊くのよ?」

 「何や,惣流は反対なんか?」

 「反対だなんて言ってないわよっ.バカシンジが一々分かりきったことをアタシに訊くからよっ」

 「・・・訊かなくても怒るくせに」

 「何か言った?」

 「いや,何も?」

 「と,とにかく,ミサトさんに訊いてみるよ・・・」

 話を進めて行く二人をアスカがちょっと面白く無さげに口を挟み,険悪な空気が漂い出す.ケンスケの呟きにこめかみをひくつかせるアスカを目の当たりにしたシンジは慌てて場を取り繕った.

 「くわっくわ〜くっくっ」

 一方で,そんなシンジ達とは無関係に,温泉ペンギンのペンペンは毛繕いをしていた.

 
To B Part

2001.09.06 Ver.1.00

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