「いかなる生命の存在も許さない死の世界,南極.いや,地獄と呼ぶべきかな?」

 “南極海”を行く大型巡洋艦の観測室で外の光景を見ながら,冬月は皮肉混じりに呟いていた.ガラス張りの部屋の外には,赤と黒の世界.かつては氷の大陸が広がっていたこの地は,セカンドインパクトによって全くの別世界に作り変えられていた.海水は血を連想させるような赤紫色に染まり,無数の岩塩の柱が海上にそそり立っていて,そこに棲む生物の気配は全く無かった.

 「だが,我々人類はこうしてここに立っている.生物として,生きたままだ」

 冬月の呟きに,同室で彼の前方に立っていたゲンドウが同じく外の光景を見ながらその表情を変えること無く応える.ネルフの司令と副司令,No.1とNo.2が同時に本部のある日本を離れることは非常に異例のことだった.

 「科学の力で守られているからな」

 「科学は人の力だよ」

 今彼らは,空母一隻と護衛艦数隻の艦隊を率いて南極海を航行していた.空母の甲板上にはシートで厳重に包まれた長さ数十メートルの棒状の物体が固定されている.中身はここ南極で発掘されたもので,これを確保するためにゲンドウ達は自らここまで足を運んでいた.

 「その傲慢が15年前の悲劇,セカンドインパクトを引き起こしたのだ.
 結果,このあり様だ.与えられた罰にしては,あまりにも大きすぎる」

 「だが,原罪の汚れ無き,浄化された世界だ」

 「俺は罪にまみれていても,人が生きる世界を望むよ」

 目の前の光景,人の業を嘆く冬月の言葉を意に介すること無くゲンドウは語る.ゲンドウと意を異にする言葉を吐いた冬月だったが,言葉とは裏腹にゲンドウの推し進めている計画を止めようというつもりは無かった.

 「報告します.ネルフ本部より入電.インド洋上空衛星軌道上に使徒,発見」

 新たなる使徒の襲来が彼らに知らされたのは,そんなやり取りの中でのことだった.

 
異聞 「奇跡の価値は」 C Part
Written by VISI.



 「日本政府,各省庁に通達.ネルフ権限における特別宣言D−17.
 半径50キロ以内の全市民は直ちに待避.松代には,MAGIのバックアップを頼んで」

 衛星軌道上に出現した使徒に対して本部の留守を預かるミサトが取った方策は,本部めがけて落下してくることが予想される使徒をEVA三機で受け止めるというものだった.使徒のATフィールドによるジャミングで南極のゲンドウ達との連絡は取れず,作戦部長で現場責任者であるミサトにその判断は委ねられていた.

 「ここを放棄するんですか?」

 「いいえ.ただ,みんなで危ない橋を渡ること無いわ」

 失敗すれば,第3新東京市ごと本部は消滅.そしてスーパーコンピュータMAGIの計算予測によれば,成功確率は0.00001パーセント.かつて皮肉られた“オーナインシステム”よりは遥かに高い値だが,ヤシマ作戦の時ですら8.7パーセントあったことを考えれば,今回のそれは無謀という言葉さえ生温かった.

 

− * −



 「えーっ!?使徒を手で受け止めるぅ!?」

 「そう.落下予測地点にEVAを配置.ATフィールド最大であなた達が直接使徒を受け止めるのよ」

 驚きで,アスカは素っ頓狂な声を上げる.民間人の市外への避難が完了して地上に人の営みの気配が無くなった頃,地下ではミサトが壱中の制服姿のシンジ達パイロット三人に作戦の概要を告げていた.

 「使徒がコースを外れたら?」

 不安げにシンジが問い掛ける.

 「その時はアウト」

 あっさりとミサトは答える.

 「機体が衝撃に耐えられなかったら?」

 当然の疑問としてアスカが問い掛ける.

 「その時もアウトね」

 これもあっさりとミサトは答えた.

 「勝算は?」

 「神のみぞ知る,と言ったところかしら」

 「これで上手く行ったら,正に奇跡ね」

 「奇跡ってのは,起こしてこそ初めて価値が出るものよ」

 「つまり,何とかしてみせろってこと?」

 「済まないけど,他に方法が無いの」

 「作戦と言えるの?」

 さすがに0.00001パーセントとは答えなかったが,作戦の困難さは隠しようも無かった.作戦と言うのもおこがましい,と言わんばかりのアスカの言い分ももっともだった.

 「ホント,言えないわね.だから,嫌なら辞退もできるわ」

 アスカの言い分に,ミサトは三人に作戦参加への意志確認をする.彼女が本気で辞退されても構わないと思ったのかどうかは定かでは無いが,この状況でパイロットが一人でも抜ければ成功の目が完全に無くなることだけは間違い無かった.

 「「「・・・・・・・」」」

 「みんないいのね」

 「「「・・・・・・・」」」

 ミサトの問いに,無言をもって三人は承諾する.選択権が与えられた形にはなっていたが,作戦上の命令に従うレイが辞退することは考えられなかったし,アスカは他に方法があれば別だったろうがそれが無い以上降りるつもりなど全く無かった.シンジにしても,場の空気を押し破ってまでどうこうするタイプの人間では無かった.

 「一応,規則だと遺書を書くことになってるけど,どうする?」

 「別にいいわ.そんなつもりないもの」

 「・・・私もいい.必要無いもの」

 「僕も,いいです」

 「・・・すまないわね.無理言って.成功したら,みんなにステーキを奢るわね?」

 「え?ホントぉ?」

 「約束する」

 「わぁーいっ」

 「忘れないでよ」

 「期待してて.じゃ,先に行くわね」

 無理を言ってることは,ミサトも自覚していた.ステーキ一つでどうとなるものでも無いことではあるが,作戦の重圧感をミサトは少しでも軽くしようする.ステーキと聞いて,妙に好反応を示すアスカとシンジにミサトは笑みを返すと,その場を後にした.

 

− * −



 「・・・ご馳走と言えば,ステーキで決まりか」

 「今時の子供がステーキで喜ぶと思ってんのかしら?これだから,セカンドインパクト世代って貧乏臭いのよ」

 「仕方無いよ,そんなの」

 「ふんっ!何が『わぁーいっ』よっ.大げさに喜んだりしちゃってさ?ワザとらしい」

 「アスカだって似たようなもんじゃないか・・・それで,ミサトさんが気持ち良く指揮できるんならいいじゃないか」

 ミサトが去った後,いささか醒めた口調でシンジが呟く.アスカも先程までの振る舞いとは様相を一変させていた.二人共,ミサトの向けた水に合わせたリアクションだったようだ.

 「さぁーてとっ,折角ご馳走してくれると言うんだから,ど・こ・に・し・よ・う・か・な?」

 切り換わり早く,アスカは鞄から雑誌を取り出してミサトに奢らせる店を物色し始める.失敗して負けるつもりなど,彼女にはカケラも無いようだった.

 「ここなんかどう?」

 「え?・・・うん,いいよ・・・綾波もここでいい?」

 ややあって,いい所を見つけたのか,アスカが雑誌を差し出しその中の記事をシンジに指し示す.奢ってもらう内容について特に執着の無かったシンジは軽く頷くと,少し離れた所に立っていたレイに歩み寄って,渡されて手にした雑誌を差し出しながら意見を求める.

 「・・・行かない」

 「どうして?」

 「何でよ?」

 だが,レイから返ってきた言葉はつれないものだった.ほぼ同じタイミングで,シンジとアスカはその理由を訊ねる.一方は単純な疑問,もう一方は少し詰問が入った感じで.

 「・・・肉,嫌いだもの」

 「「・・・・・・・」」

 二人の問いに,レイは関心無さげに答える.その答えに,二人は一呼吸の間,何も言葉を発しなかった.

 「・・・何よ,それ?」

 それから,拍子抜けした感じで先に呟いたのは,アスカだった.

 
To D Part

2001.09.08 Ver.1.00

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