「ミサトの財布の中身ぐらい,分かってるわ.無理しなくていいのよ?」
「・・・・・・・」
「優等生もラーメンなら,付き合うって言うしさ」
高級店のページを開いていたアスカだったけど,夜になって復旧した電車に乗って行き着いた先は屋台のラーメン屋さん.給料日前のミサトさんの財布を考えてのことなんだけど.綾波も,肉じゃなければ構わないって言ってたし・・・肉,嫌いなんだ.
「・・・ニンニクラーメン,チャーシュー抜き」
「アタシ,フカヒレチャーシューの大盛りっ」
「あいよ」
綾波とアスカが,店の親父さんに注文する.二人が先に屋台の端と端に座ってしまったので,僕とミサトさんは間を埋める形で席に腰掛ける.左端の綾波から,ミサトさん,僕,アスカの並び順になる.
「じゃ,私はキムチラーメン.シンジ君は?」
「えっと,僕は・・・」
ミサトさんがオーダーして,最後に僕が残る.僕はメニューの中から適当に一品を選んで注文した.
異聞 「奇跡の価値は」 E Part
Written by VISI.
「ミサトさん」
「ん?何?」
ラーメンを食べながら,僕はミサトさんに話を切り出していた.ここんとこずっと考えてたことをミサトさんに聞いてもらいたくて.
「父さんのことなんですけど・・・さっき褒められたこと,正直意外だと思ったんです」
「・・・・・・・」
「あの父さんがそんなことを僕に言うとは思ってなかったから・・・僕の知らない父さんを見たような気がして」
人類を守る大事な仕事だって,前に居た家の先生が言ってたこと.その仕事を父さんは大事にしていて・・・そのためだったら,父さんは何でもやってる.この前,本部が停電した時のように.
「それに・・・少しだけど,褒められて嬉しかった・・・父さんに期待することなんて,何も無かったはずなのに」
「・・・・・・・」
「・・・ここに居れば,父さんのことが分かるのかもしれない.だから,EVAに乗り続けている」
ミサトさんが言っていてたように,父さんから逃げてはいけないのかもしれない.だから,ここに居る.EVAに乗っている.僕の話を,ミサトさんは黙って聞いていた.
「アンタ,そんな理由でEVAに乗ってるの?」
「うん・・・多分.理由の一つだと,思う」
アスカに訊ねられて,僕は答える.父さんとのこと.それに,ここでEVAに乗るのを止めたら,先生の所に戻ったら,また何も無くなってしまうから・・・ここに居た方が,心地良いから.
「バカね,アンタって」
「・・・そうかもしれない」
アスカの言う通りかもしれない.それで,あのEVAに乗って使徒と戦うなんて.バカと言われて軽くそう思った僕だったけど,EVAに乗ることがどういうことなのか,この時の僕はそれを思い起こして考えるのを忘れていた.
「(・・・アタシには,分からなかった・・・)」
「え?何か言った?」
「何も言ってないわよ.バーカッ」
「何だよ,それ・・・」
この後アスカが何か言ったような気がしたんだけど,気のせいだったみたいで,余計なことを言った僕はアスカの不興を買ってしまった.
− * −
「あの・・・今週か来週で,ミサトさんが家に居る日って分かります?」
「?・・・また,何でそんなこと訊くの?」
「その・・・トウジとケンスケがミサトさんの昇進祝いをしたいと言っていて,都合を聞いてくれって」
「ああ,相田達が言ってたアレね.ミサト,空いてる日ってある?」
それから,僕はケンスケ達から頼まれていた昇進祝いのことを切り出す.前に言い出そうとした時は,ミサトさんから「(昇進したことを)あまり嬉しくない」と聞かされて,言いそびれてしまったけど.父さんに褒められたことが,僕の背中を後押ししたのかもしれない・・・というか,この時の僕はやっぱり少し調子に乗っていたんだと思う.
「・・・認められるって,やっぱり嬉しいことだと思うし・・・・何かいいことがあったら,
一緒に喜んだりすることって,いいかな・・・と思って・・・その・・・」
「・・・・・・・」
「・・・ミサトさんが良ければ,なんですけど?」
話しているうちにのぼせていた自分に気がついて,最後の方は声が小さくなる.調子に乗って,余計なことを言ってしまったのではないかと思い始めて.
「いいわよ.空いてる日が分かったら教えるわね?楽しみにしてるわ」
だから,ミサトさんからいい返事をもらえたのはちょっと予想外だった.
「あの・・・いいんですか?」
「ん?・・・どうしたの?」
「いえ・・・その・・・」
「・・・あ.もしかして,“エビチュ”代は自腹なの?」
「そ,そういう・・・」
「意地汚いこと,言ってんじゃないわよっ」
「だぁってぇ〜」
「子供みたいに駄々こねないの!ミサトに本気で飲まれたら,中学生のアタシ達じゃ破産するわよっ.
“エビチュ”は2缶まで.後は自腹よっ.じ・ば・ら!」
「それじゃ飲み足りな〜い〜っ」
そういうことじゃ無くて・・・と言うつもりだったんだけど,僕が言う前にアスカが割って入ってきて話が変な方向にずれて行く.立ち上がったアスカとミサトさんが僕の頭の上で言い合いを始め出す.“エビチュ”って,他のビールより少し高いんだよね・・・じゃなくて,ミサトさんに訊ねる雰囲気じゃ無くなってしまった.
「はぁ・・・」
何だかな,と僕はため息をつく.それから,ミサトさんに訊くのを諦めた僕は左端の席で麺を啜っていた綾波に声を掛けた.
「綾波」
「・・・何?」
綾波は麺を啜るのを止めて手にしていた割り箸を置く.僕は頭を前に乗り出し,正面を向いたままの綾波の横顔をミサトさん越しに見る形になっていた.
「あの・・・綾波はどうする?」
昇進祝いのことについて,僕は訊ねる.関係無い,とか言われてあっさり断られそうな気もしたけど,だからと言って最初から何にも言わないのは綾波を除け者にしてる感じがして嫌だったから.とにかく,訊くだけ訊いてみる,というくらいのつもりだったんだけど.
「なぁーに,やってんのかなぁ?シンジ君?」
にやにやと何やらとても嬉しそうな顔で,ミサトさんが割って入って来たのはそんな時だった.
− * −
「・・・ごめん」
歩道を歩きながら,僕は隣を歩く綾波に謝っていた.
「何が?」
「さっきのこと」
あれからミサトさんに掻き回されて,僕はさんざんからかわれるし,アスカはさらにムキになって怒り出すし,散々だった.普段のあのミサトさんのペースに乗せられたような,誤魔化されてしまったような,という感じで.
「・・・別に.問題無いわ」
「そ,そう・・・」
言葉通り,気にしてなさそうに見える綾波に,僕はほっとすると同時になぜだかちょっと寂しい感じもしたり.
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
今,僕達は二人で歩いていた.怒ったアスカはそのまま一人でさっさと家に帰ってしまったし,ミサトさんは残ってる仕事があるとかでネルフに戻って行ってしまった.僕はミサトさんに言われたこともあって綾波を最寄りの駅まで送っていた.その際に,家まで送っていいけどそのまま泊まってっちゃだめよん,とか何とか言われて,またからかわれたけど.
「・・・碇君」
「な,何?」
「・・・あの人のことを知るためにEVAに乗っているの?」
お互いに黙ったまましばらく歩いていたら,綾波が僕に声を掛けてきた.不意の声に,僕はちょっと驚く.綾波の突然の問い掛けだった.戸惑いながらも,僕は立ち止まり,綾波に答える.
「・・・うん・・・そうかもしれない」
「・・・・・・・」
綾波も立ち止まって,僕達は向き合う形になる.
「父さんのこと,分からないから」
「・・・・・・・」
「ずっと別々に暮らしてて,まともに話したことも無くて,初号機に乗せられるためだけに呼び出されて,
父さんにとって僕はそんなもんなんだ,なんて思ってたけど・・・」
「・・・・・・・」
「本当は,父さんのことをそんな風に嫌いたくないのかもしれない・・・」
父さんに対する今の気持ちを,僕は綾波に話していた.多分,今までの中で一番素直に話していたと思う.
「・・・・・・・」
「それに・・・前に居た所には,何も無かったから」
それから,僕はさらに付け加える.先生の所に居た時の僕.父さんに放っておかれ,形ばかりでどうでもいい存在だった自分.そして,ここに来てからの生活.新しく出会った人達.
「ここに居ることで,それが変わるんじゃないかって.だから,EVAに乗ってるのかもしれない」
「・・・碇君は,変わりたいと思ってるの?」
「うん・・・多分」
「そう・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
どうしたんだろう,綾波.僕の方から訊いたことはこれまでに何度かあったけど,綾波の方から先に訊いてきたのは初めてのような気がする.
「・・・行きましょ」
「う,うん・・・」
お互いにしばらく黙っていた後,綾波は何事も無かったのように再び道を歩き始める.
「あ,あのっ・・・」
「何?」
「・・・あ,いや・・・ごめん.何でもない」
「そう・・・」
何となく気になって僕は綾波に訊こうとしたけど,でも何となく訊けなくなって,結局,何も訊かないまま僕は綾波をそのまま送って行く.心の隅に少しだけ,引っ掛かりを覚えていながら.
この時の僕は,何も知らなかった.父さんのこと・・・そして,綾波のことを.
2001.09.08 Ver.1.00
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