ある日の夕方.
 

「あれー?おとーさん?」

水色の園児服に身を包んだ息子がきょとんとした顔で僕を見上げる.
どうして,お父さんが来たんだろう?と言わんばかりに.
勤め先からの帰り,僕は妻に代わって息子を迎えに来ていた.


 その手は何のために・・・
Written by VISI. 


「おとーさん」
「ん?」
「だっこして」
「よっ」
甘えるように息子は迎えに来た僕にだっこをせがむ.
僕は,右手一本で息子を持ち上げようとする.
 
「うわっ」
「おっと」
持ち上げた時の体勢が悪くてバランスが崩れ,頭から落ちそうになる.
僕は慌てて空いてる左腕を添えて息子の体をぐいっと自分の方に引き戻す.
 
「ふぅ」
危ない,危ない.気を付けないと.腕に抱く息子はまだ幼い.
ともすれば,壊してしまいそうなくらい小さな存在.
 
「怖かった?」
「ちょっと」
「ごめん」
「・・・・・・・」
僕は息子に謝る.息子は,自分を抱えている僕の手を下向きにじーっと見ていた.
 
「どうしたの?」
「おとーさんのてってすごいね」
「え?どうして?」
急に何を言い出すのだろう?僕は息子に訊ねる.
この子は時折こういった唐突な物の言い方をする.父親である僕と母親である妻,どちらに似たのだろうか.
それとも子供というのはみんなそういう存在なのだろうか・・・
 
「だってこうやってぼくをもちあげてるでしょ」
「・・・・・・・」
「それに,おりょうりもできるし,おんがくをきかせてくれたり.
 あと,ぼくのかみをきってくれたり・・・いっぱい,いろんなことができるんだもん」

「・・・そうかもしれないね」
「おとーさん?」
体に添えていた左手を離して,僕は息子の髪を軽く撫でた.
僕のその仕草に息子は不思議そうな顔をする.
この様子だと,明日には今言ったことを忘れてしまっているかもしれない.
 
「・・・よっと」
僕は腕に抱えた息子をゆっくりと下に降ろした.
幼いとは言っても,赤ん坊の頃に比べればその体はだいぶ重く感じる.
 
「うちまでしてくれないの?」
「歩けるんだろ?それなら,自分の足で歩きなさい」
「・・・ちぇ」
思ったよりも早く下に降ろされて,息子がちょっと不満気な顔をする.
恐らくちょっと頑張れば家まで抱きかかえたままでも歩けるだろう.
だけど,ずっといつまでもそういう風にはしてあげられない・・・
 
「さ,家に帰ろう.お母さん達が待ってる」
代わりに,僕は息子に右手を差し出す.
これもずっといつまでもはできないけれど,それはまだ先のことだから・・・
 
「・・・うん」
息子はその小さな左手を上げて僕の手を取る.
それから,僕達は家に向かってゆっくりと歩き始めた.


(おわり)

1999.06.18 Ver.1.00

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