けたたましくサイレンを鳴らしながら、街を駆け抜けてゆく何台もの消防車……。


そして、僕の携帯にかかってきた一本の無言電話……。



これが、僕と「あの子」との同居の始まりだった。



★☆★☆



『緊急の時のために持っていろ』と、両親から与えられた携帯電話。

でも、普段これが鳴ることはほとんどない。

友人と話するときは未だに家の電話を使ってるし、緊急事態なんてそうそうあるものじゃない。

そもそも、僕は5本の指でも余るくらいの数の人にしか番号を教えていないし……。


そんな僕の携帯電話が、今日突然鳴り出したんだ。

その音が自分の携帯電話の着信音だと気が付くまでに、僕は数瞬を要した。


携帯電話の液晶画面には『公衆電話』からかけられた電話と言うことが示されている。
僕はぎこちない手つきで通話ボタンを押し、自分の耳に持っていった。


「もしもし?」


最初はイタズラ電話なのかなって思った。


「………………。」


電話から相手の声は聞こえてこない。


「あの、もしもし?」


繰り返し『もしもし』と相手に呼びかけるのだが、電話をかけた主は一向に返事をする気配がない。

僕は一度耳から携帯電話を離して、いぶかしげに手の中のそれを眺めた。

別に携帯電話を眺めたからと言ってその相手が分かるわけでもないのだが、とりあえず不思議に思って眺めた。


「………………。」


しばらく待つのだけど、相手は何も言わない。

律儀に相手が話し始めるのを待つこともないだろうと、僕は携帯電話のボタンに手を持っていく。
と、そのとたん、携帯電話から『ブチッ』という音がかすかに聞こえた。

どうやら、僕が電話を切るよりも相手が切る方が僅かに早かったらしい。


(なんなんだ? 一体)


携帯電話に無言電話がかかってきたのはこれが初めてのこと。

いや、初めてどころか携帯電話が鳴ったことすら非常に珍しいことだ。

そもそも普通に考えたら、携帯の電話番号はごく親しい人にしか教えていないから、そんな無言電話がかかってくるのはおかしい。

まさか、中学生の僕にストーカーなんているわけもないし。
トウジやケンスケがこんなことするとは考えられない。

もしかして、誰かに恨みでも買ってしまったのだろうか。


これまでの14年間で恨みを買うほど人と関わったことはないのだけれど、そんな可能性まで考えてみる。


とりあえず、着信履歴を表示し確認する。


着:9日16:33
公衆電話


(公衆電話か、……一体だれだろう?)


カチッ

時計の針がひとつ大きく動き、午後4時45分を差す。

それを契機に、僕は無言電話の犯人を探るという、ある意味無意味とも言える思考を中断し、現代っ子の宿命『学習塾』に行くために鞄を持って玄関を出ていった。







Telephone Booth     written by大丸







僕は中学2年生。14歳。

勉強はそこそこ、運動もそこそこ、友達の数もそこそこ。


顔はどうなんだろう。こればっかりは人に聞いてみないと分からないな。
まぁ人に聞いたからって『男前』と答える人は誰もいないと思うけど。


つまり、僕はそこそこの男。

そこそこに、好きな女の子もいる。

2学期の始め頃に転校してきた女の子がそうなんだけど。


「そこそこ」の僕が好きになった女の子は、いろんな意味で「そこそことは程遠い」女の子だった。


髪の毛が水色でね、瞳の色が赤なんだ。肌は真っ白。

どんな美人だって、絶対にこの雰囲気は出せないだろうなって思うくらい綺麗な子だった。


転校当初は『なんでそんな変わった髪の色してるの?』とかってみんなに質問責めにあってたっけ。
でも、誰の質問にも答えなかったんだよね。

誰ともうち解けようとしないし、表情も全くないから、転校してきたその日の午後にはもう誰も彼女に近寄らなくなったよ。

だから、その子はいつも一人だった。


正義感の強い先生などは、彼女をなんとかクラスに溶け込ませようと努力していたんだけど、彼女は端から溶け込みたいと思ってない、他人に対して興味がない。僕の目にはそんな風に映った。


でもね、その女の子があることがきっかけで何故か僕になつくようになっちゃったんだ。


生まれたての雛鳥が親鳥の後ろを付いていくみたいに、この子も僕の後ろを付いて歩く。
理科の授業でチラッと習った大型鳥類特有の刷り込み現象のようなことが、人間に起こってるんだ。

突然の変化だったよ。


なにがあったかと言うと、それはその女の子が転校してきて一週間ほどたったある日の、まったく偶然の、ともすればすぐ記憶から消えてしまうような、そんな些細な出来事だった。

誰かがその子の机にぶつかっちゃって、机の上に置いてあった筆箱がバラバラって中身をぶちまけながら床に落ちてしまったんだ。

ぶつかった男子は遊びに夢中でそのことに気が付いてなかったみたいで、見ていた他のクラスメートもその子の近寄りがたい空気に気圧されてしまって、拾うのを手伝わなかった。


だけど、その時たまたま僕が立っていた場所にペンが何本が転がってきたから、それを拾って、ついでにその辺に散らばってたのを全部拾って彼女に渡したんだよね。


『はい、これ』って笑顔で。


たったこれだけのことなんだ。

そしたら、その直後から僕になつくようになった。


本当に突然の出来事だよ。

戸惑ったな、あのときは。


その日の休み時間なんて、僕が男子トイレに入ったら、一緒に入ってこようとしたし。
体育の授業の時なんか、僕と一緒に教室で着替えようとしたし。


僕だけじゃなくて全員が唖然呆然絶句だよ。

僕が慌てて止めなかったら、絶対あれは脱いでたね。


最初は『変な子にまとわりつかれて困ったなぁ』って意識だったよ。


彼女がいると、友達と話してるときの空気もぎこちなくなるし、その表情には何もないし最初はどうしたらいいか分かんなかった。

しかも、その女の子は僕の後ろに付いて歩くだけで何も喋ってくれないから。

一時期は本当にイライラして、『付いてこないで』って強めに言っちゃったこともあったっけ。



でもね、いつからか変わってきてる僕がいたんだ。

はっきりといつだったかは自分でも分からなくて、本当に少しずつ変わっていったのだと思う。

僕の後ろを歩いてなかったら急に不安になっちゃって、『どこ行ってたの?』って自分から聞くようになった。

もちろんその答えは返ってこないんだけどさ。


意識し始めてからは早かったな。
ついついチラチラと後ろを振り返ってしまうんだけど、その間隔が日を重ねるごとに狭まってきて。

僕が止まると彼女も僕の2歩ぐらい後ろで同時に止まって。

僕が前を向いて歩き出すと、一緒に歩き出して。

きっと、周囲の目には僕らは奇妙な光景にうつってるんじゃないかと思う。


よくよく見てみるとね、その一つ一つの仕草が無性にかわいいんだよ。


例えば、理由は分からないんだけど彼女は昼食がいつも食パン一枚と固形食物なんだ。

でもね、その食べ方一つをとっても毎日違うことに気が付いたんだよね。

食パンのミミを白い部分から綺麗に剥いでたり、真ん中の白い部分だけ食べてミミを輪っか状にしたりして。
角だけ食べて、形を丸くしようとしてたこともあったかな。


『楽しい?』


って聞いたら、チラッと僕の方を向いて、また視線を食パンに戻す。
それで、はむはむと食パンのミミをくわえて口を動かしてるんだ。

たぶん、遊んでるんだと思うんだけど。

かわいいんだよね。それがとっても。


まだあるよ。


掃除の時なんか、僕がほうきで掃いた後を彼女も掃くんだ。

僕の真似をしてるみたいなんだよね。

全然意味がないし、その姿は周囲から見たらとてもマヌケなんだろうけどさ、僕はかわいいんだ。

でも不思議に、雑巾の絞り方だけは僕よりさまになってたっけ。


そんなんだから、ちょっと、その、「遅れた子」なのかなって偏見めいた人間として情けないことを思ってたんだけど、そんな僕の想像を裏切るように、彼女が転校してきてすぐの中間テストでは今まで学年一位だった委員長を抜いてぶっちぎりのトップだし。
国語さえなければ満点での一番だったらしいし。

彼女に対しては、驚きの連続だよ。

だけど、音楽や美術みたいな教科は全然ダメなんだよ?
美術の時間に書いた僕のスケッチなんて凄かったよ、幼稚園児並だった。

良くあるじゃない、絵は描いてるんだろうけど、顔かどうかも判断できないようなグチャグチャの子供の絵って。


変な子なんだ。アンバランスと言うのか、極端と言うのか………。


で、少しどころではなくめちゃくちゃ変わったその女の子を、僕は好きになっちゃったってわけなんだ。


『ああ、僕はこの子が好きなんだ』と自覚したのは、彼女の部屋を見たとき。

学校帰りに僕の家まで付いてきたことが一度あって、送るために彼女の家に行ったことがあるんだ。


☆★☆


「あのさ、僕の後ろを歩いてたんじゃ、君の家がどこか分からないでしょ?」


彼女の家がどこかなんて分かる訳がない。
それなのに、僕と彼女の位置関係はいつも通り。

尋ねて答えが返ってくれば良いのだが、それは期待するだけ無駄なことだった。

でも僕に教えようする意思はあるみたいで、僕が間違った方向に行くとその場で立ち止まるんだ。

チラチラと後ろを振り返りながら歩いてるから、彼女が一定の距離以上遠くにいるのを確認すると慌てて引き返す。

そんな馬鹿馬鹿しいことを繰り返しながら、僕は彼女を送っていった。


前を僕が歩きながら、でも彼女に誘導されながら歩いていると、どんどん人気がない方向へと近づく。

たどり着いた場所は、俗に『幽霊マンション』と呼ばれている無人のマンション群。
ただ、無人とは言ってもホームレスとか不良達のたまり場になってしまっているから、人がいないわけではない。

つまりは、とても治安が悪い場所なのだ。

ここに遷都されることが決まって、マンションが次々に建てられてた時期に、このマンションも同じく建てられたんだけど、手抜き工事がひどくて、建てたのは良いけれど今では誰も住まなくなってしまった。

立ち止まって、そのマンション群を見上げる。
見れば見るほど気味の悪いマンションだ。
隣で彼女も僕に倣ってマンションを見上げている。


「行こう?」


そう声をかけて、僕はまた歩き出した。
こんな所に長居はできない。
こんな物騒なところは早く通り過ぎてしまいたいと思ったから。

でも彼女は僕に付いて来なかった。
チラッと振り返ると、その幽霊マンションの中に入って行ってるんだよ。
そりゃあもう、慌てて止めたよ。


「危ないから、入ったらダメだよ」


まさか、こんな所に住んでるなんて考えてもみなかったし。
……ましてや、一人暮らしなんて。
普通では考えられないことだった。

だけど、(まさか、本当に)とどこか納得させるところもあった。
彼女に関しては、『なんでもアリ』、僕らが「普通」と思ってることは、彼女の前で全然通用しないのだ。



その部屋には鍵もかけられていなかった。
部屋の中には、ベッドしかものがない。

ショッキングな光景だ。


「こ、こんなところに住んでるの? どうして……」


思わず口から飛び出したその言葉は、僕の率直な思いだった。
僕じゃなくても、こう思うはずだ。

非現実的な空間。
でもこれは現実に女の子が住んでる部屋。

憤りを感じた。
保護者は何をしてるんだ、どうして14歳の女の子がこんな所に住まなきゃいけないんだって。


思わず、強い力で抱きしめてしまった。


その、小さくて

細くて

儚げで

頼りなげな僕の腕の中の少女は、


僕をしても、なんとかしなきゃと強く思わせるような、

胸の締め付けられるような、そんな感触だった。



こうして、僕は自分の気持ちを自覚した。



僕の腕に抱かれてるとき、彼女は苦しかったのか『うぅぅぅ』ってくぐもった声でうめいてたっけ。

こういうことは、何も分かってないんだろうな。


結局、その日の僕には何もできなくて。

なにか行動を起こす勇気もなくて………。

その日は、彼女をその寂しい部屋に残して帰ってしまった。



自分でも情けないと思ったけれど、僕にはどうすることもできなかったよ。



★☆★☆



「よ〜し! 時間が来たからこれで終わりだ、帰っても良いぞ〜」

塾講師の声が聞こえて僕は我に返った。
最近の僕の癖、ふと彼女のことを思い出すと、何かきっかけがあるまで永遠に彼女のことを考えてる。

ダメだ、こんなんじゃいけない。
勉強だけはきちんとしておかないと。
恋をしたことが原因で成績が下がったなんて父さんには言えないよ。

厳しい人だからな、僕の父さんって。



★☆★☆



「ただいま〜」

「お帰りなさい、シンジ」


リビングでテレビを見ているらしい母さん。

僕はひとまず荷物だけを部屋に置いてきて、再びリビングに戻った。
お腹空いたから、何か軽いものが食べたいなと思ったんだ。


「シンジ、近所で大きな火事があったらしいじゃない。また放火かしら。今ニュースでやってるわよ?」

「え? あぁ、そう言えば夕方に消防車が凄かったよ。結局、どこだったの? 火事って」


乾燥する時期だからな。
しかも、放火と思われる事件が最近多発してるみたいなんだ。

ちょうど僕の携帯に無言電話がかかってきた時間だったから、あまり気にはとめてなかったけど、どこだったんだろう。
近所に消防車が止まったことはないから、少し離れた所だとは思うんだけど。

少し興味を覚えて、僕は台所で見つけた菓子パンを囓りながらテレビに近寄った。

そして、そのニュースを聞いたとき、僕の思考回路は真っ白になった。


《本日午後4時頃、市内のマンションで火災が発生しました。警察は一連の放火事件との関連性を含め捜査に乗り出した模様です。‥‥‥‥》


!!!

テレビに映し出されている場所、それはまさしく彼女の住んでいるマンションだった。

慌てたなんてもんじゃない。

僕は母さんが呼び止めるのが早いか、ダッと家を飛び出した。
外の駐輪場に置いてある自分の自転車に乗り、立ちこぎでとにかく全力疾走。

火事場の馬鹿力とはこのことか、普通のシティサイクルでは考えられないスピードで街を疾走する。

とにかく、僕は急いだ。



そう言えばこんなことがあった。

僕が初めてあの部屋に行ったとき、その帰り際にメモを渡したんだ。


『なにかあったら、ここに電話するんだよ? 電話のかけ方知ってるよね?』


って言いながら、彼女に握らせたんだ。

念のために十円玉まで渡した。

その部屋には電話らしきものが見つからなかったから。


あの日の僕は何もできなかったけれど、何かしてあげたくてとりあえず自分の携帯番号を渡した。

これなら、必ず自分に繋がるからと思って………。


夕方の無言電話は彼女だ。

なんで気が付かなかったんだろう。

あんな電話してくるとしたら、彼女しか考えられないじゃないか。

僕しか頼れる人がいないのに、僕が気が付いてあげられないなんて。


(くそっ!!)


全力疾走で無人の幽霊マンション、でも僕の好きな女の子だけが住んでるマンションに向かって走る。

火のまわりが早かったみたいで、半分ぐらいが焼けてしまっている。
火はもうほとんど沈下したみたいなんだけど、まだ消防隊員の人たちが残って放水をしているようだ。

警察の制服を着た人もいる。野次馬も何人か。


僕はそこに付いた時点で自転車をその辺に乗り捨て、今度は自分の足で走り回った。


「はぁ、はぁ、はぁ、・・・綾波!! どこっ!!?」


電話電話、綾波の部屋には電話がなかったから………。

きっと、電話ボックスだ。
もしかしたら、まだそこにいるかもしれない。

どこだ!? このマンションから一番近い電話ボックス!!

どこだ、どこだ、どこだ!


きっとこんな真っ暗な夜の中に一人でいるはず、寒いはず。少しでも早く見つけてあげたくて、僕はがむしゃらに走り回った。


学校で50m走のタイムを測ったときよりも、そのスピードは速いと思う。


視界に鈍い光が入ってきたとき、僕の走る速度が緩んだ。

しっかりと目で確認する。

鈍く光を放つ電話ボックス。


(あった! あれだ!!)


真っ暗な闇夜に、ひときわ際だって光る電話ボックス。

その中で、銀色の輝きを放って蹲っている少女。

これから生まれてくる天使のように、鈍く光る電話ボックスの中で輝いている。


(いたっ!)


僕は駆け寄って、力任せに電話ボックスの扉を開ける。


「綾波!!……あっと、…」


扉を開けて見てみると、彼女はガラスにもたれかかるように眠ってた。

その手は受話器を握りしめ、それはそのまま耳元近くに……。

受話器と電話本体を繋げている電話線はこれ以上伸びきらないと言うくらいに引っ張られている。

僅かに耳を近づけると、「プー、プー」と言う機械音が耳に届いてくる。


(もしかして電話が切れたことが分からなかったのかな)

(それとも、ここから僕の声が聞こえてきたことに安心してそのまま眠っちゃったのかな)


僕は綾波を抱きかかえるようにして電話ボックスの外に出そうとした。

とりあえず、僕の家にでも連れていこうと思って。

でも、受話器をかたく握った彼女の手がそれを許してくれなかった。

それだけ怖くて不安だったのかもしれない。

顔には出ないけど、そういう感情はちゃんと持ってるんだと思う。


「ごめんね? 気が付いてあげられなくて。もう、大丈夫だからね?」


眠っている彼女の耳元で、僕はそうささやく。

そして、僕は狭い電話ボックスの中に入っていった。

2人で入るようにできてないから、そこはとっても狭いのだけど、少しでも眠りやすいようにと僕の体にもたれ掛かれるような体勢を作った。

寒くないようにと自分の着ていたコートを被せて、その上から腕で支えるように綾波の腰にしっかりと回し、枕代わりは僕の胸。


立った姿勢だから、どちらにしろ寝るのには苦しい体勢だけど、これだけでも少しは楽になるだろう。

しばらくすると、彼女の手からするりと受話器が落ちていった。

くるくると回転してやがてそれは止まる。


そして、彼女の白い手は僕の背中に回された。


僕の存在が、こんなにも人を安心させることができる。

なんて幸せなことだろう。

こんなにも必要とされる自分は、なんて幸せなのかと思わずにいられない。


あんな些細なことがきっかけで、自分になついてしまった女の子。

どこか不思議な女の子。


……ふと気が付いた。


髪の毛の一部が少しだけ黒く焦げている。

火の粉でも飛んできたのかもしれない。

彼女の水色の髪の毛の中に黒い髪の毛があることに少し違和感を覚え、僕はその部分を軽く撫でた。


「うぅぅぅ」


小さいうめき声が僕の腕の中の少女からこぼれ出す。

プッ、どうやらこの声は気持ちいいことの印らしい。






数時間後、綾波は目を覚ました。


目を覚ましたとき、僕の顔を見ての反応は、『何故ここにいるの?』って感じだった。

いや、その顔は相変わらず無表情だったんだけど、僕はなんとなくそう判断をした。

少し物足りなさを感じたものの、とりあえず『無事で良かった』と、笑顔でそう伝えた。


そして、僕は投げ捨てた自転車を拾って、歩きながら彼女を家に連れて帰った。

母さんと父さんは驚いてたけど、僕が諦めずに必死に説得したのが功を奏したのか、綾波がここに住むことを渋々ながら了承してくれた。


いろいろな手続きとか、面倒なことは僕には全然分からなくて、とにかく親に任せてしまった。

そのかわり、日常の世話は任せられている。

もちろん僕は喜んで引き受けたさ。

でも、彼女の世話は喜びだけじゃ済まないことだった。


家に帰ると裸になろうとするし、風呂上がりはもちろん裸で出てくるし、箸の持ち方も知らないし、お皿までかじってた時もあったっけ………はぁ、思い返しても想像を絶するよ。

ともかく、僕は日常の一般常識から教えなければならなかった。


僕と綾波は同居している。

部屋は隣同士。

だけど、寝るとき以外は、だいたいどちらかの部屋で一緒にいることにしている。

人と接することで学べることは、大きいと思うからね。

一人でいては、何も変わらないから。



僕の家に住むようになってから、綾波は少しずつ喋るようになった。

最初に喋った言葉は、『いかりくん』。

このときは嬉しかったな、本当に。


それから、ある程度会話が成り立つようになった頃、ずっと疑問に思ってたことを尋ねてみた。

『どうして僕だったの?』って。

彼女の片言言葉では理解しづらかったんだけど、僕は自分なりに頭を振り絞って解釈してみた。

それによると、彼女が生まれたときにその前例のない姿から、医者達の格好の研究対象になってしまって、ずっと研究所暮らしだったということ。

外に出たのは、転校した日が初めて。

話し言葉は教えられてないみたいだ。

いや、普通に考えて、教えられなくても言葉は自然に覚えていくこと。
日常会話で使うような言葉を知らないのだ、医者同士の会話に出てくる難しい医学用語は知っていても。

検査漬けの毎日。

つまりは、完全に研究対象としてだけ見られていたということ。

これは、綾波本人はよく分からないことだろう。

それが「普通」だったわけだし。


結局、彼女はただの「アルビノ」として結論付けられたようだ。


そして、今年、今更のように晴れて自由の身になることが決まったとき、その研究所内でも一番彼女に近しい存在の、綾波が『博士』と呼ぶ人に……。


「あなたに優しくしてくれる男の子がいたら、とにかくその子に付いて行きなさい。きっとあなたなら分かるはずよ」


みたいな無茶苦茶且つ無責任なことを言われたらしく、

さらに彼女は『優しい』の意味が全然分からなかったそうなのだが、


僕の顔を見てそうだと思ったらしく、……とにかく僕の後ろを付いて歩いていたらしい。


これを聞いたときには脱力した。

なんというか、僕になついた理由として恋心みたいなものを期待していたと言うか、ほとんど僕はそう確信していた。

それがまさか、『付いて行けと命令されたから、とにかく付いて歩いてた』だったなんて。

つまり、僕一人で恋だ何だと盛り上がってたと言うことだ。

その博士って人もこういう意味で言ったんじゃないと思うんだけどなぁ。


なんか、涙が出てきそうだよ、僕は。


ちなみに、勉強は『博士』に本を与えられていてそこから学んだようだ。

………勉強の本だけ。

やることがないから、勉強をしていたと言うことなのかもしれない。


僕との生活は綾波にとってとても刺激的なことだと思う。

テレビのリモコン一つで、何時間も遊んでることがあるし。
アナログ時計の針を何時間も眺めてるときもある。

水を得た魚のように、一つ一つのものに興味を持っては、遊んでるよ。


そして最後にもう一つ、そんな綾波がはまってしまった遊びがあるんだ。

遊びとは少し意味が違うのかな。

彼女に趣味ができたんだ。


綾波はあれ以来電話魔になってしまった。

誰に電話をかけるって、もちろん僕にだよ。

う〜ん、でも話すってわけじゃないんだよね。

綾波は受話器越しの『もしもし』という僕の声がとても好きらしいんだ。

はっきり好きだと本人の口から聞いた訳じゃないけど、よく僕の携帯に電話をかけてくる。

しかも2人とも同じ家の中にいるときに、家の電話からかけるんだ。

僕の視界から綾波が消えたことに気が付いたとき、決まって僕の携帯電話は鳴り始める。


そして、内容は相変わらず無言電話だったりするんだよね。



………………あ、……そう言えば綾波が見えない。



PiPiPi PiPiPi‥‥‥


ほら来た。

携帯電話を手に取りながら、僕は自分の部屋を出てリビングに向かう。


「もしもし?」
「……………。」


やっぱり、無言電話。

リビングに出ていくと、僕に背中を向けた状態の犯人の少女が、電話の前に立っている。


「もしもし?」


もう一度そう言って、僕は携帯を切りズボンのポケットに突っ込んだ。

プープーという機械音に、彼女は顔をしかめている。この音はお気に召さないらしい。

本当に、かわいいんだよね。

友達にそうやってのろけると、『お前って変わってるよな』って言われる。

でもいいんだ、この可愛さが分かるのは僕だけの方が都合がいい。


「ほら、置いてくよ? 行こうよ、買い物」


僕の顔と受話器を交互に眺めた後で、ガチャと受話器を置き、一足先に玄関を出ようとする僕に駆け寄る少女。


そして、今日も彼女は僕の後ろを追いかけるようについて歩く。

僕もいつものようにチラチラと彼女が付いて来ていることを確認しながら歩く……。



いつか、隣同士で手を繋いで歩けるようになれたらなって思う。


しようと思えば簡単なことだけど、まだしない。



それは、いつか彼女に自分の気持ちを伝えたときに。

そして、彼女がその意味を理解したときに……。



それまで、おあずけにしておくんだ。





……せめて、僕に笑ってくれるようになるまでは…ね……。








おしまい



あとがき

こちらでは初めまして、大丸です。『Telephone booth』をお届けいたしました。
僕お得意?の学園ものであります。思いつきと、勢いだけで書いてみましたがいかがなものでしょうか。
某所にてシンジ人(笑)になり果てている僕ですが、この話を書いて『やっぱり僕はアヤナミストだな』と勝手に納得&自己満足しております。(爆)

最後に、突然の投稿の申し出を快くお受けして下さったVISI.さんに,深く感謝をします。読んで下さった皆様にも深く御礼申し上げます。
誠にありがとうございました。
by大丸


ご意見・ご感想のお手紙は daimarukun@hotmail.comまで.


『LOST LOVE』など,数多くの作品を書かれている大丸さんから短編を戴きました(^^).
 

無言電話の正体・・・それは,住まいを火事に襲われたレイからのものでした.

繋がっても,話すべき言葉を知らなくて,通話の切れた受話器を握り締めたまま眠ってしまった彼女.

日常生活の常識を知らない彼女.目新しいものに興味を示し,幼子のように遊ぶ彼女.

そんな彼女が『優しい』の意味を理解したり,思うことを言葉にできるようになる日は,まだ先のようですが・・・

シンジとの生活は,彼女に少しずつの変化をもたらしているようです(^^).
 

訪問者のみなさん,ご覧になって感じたことをメールにして大丸さんに伝えてください.
2000.12.12 公開
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