西暦2030年夏、僕達一家(僕─夫シンジ・妻レイ・長男シンイチロウ・長女ユイ・次女メイ・次男シンジロウ)は初めての海水浴に来ている。
泳げない僕は本当は海水浴になんて来たく無かったのだが、子供と妻の希望に抗うことは出来なかった。
海辺で半日子供達と遊んで・・・僕は疲れ切ってしまった。今はテラスで”体力の回復”を図るためにこうして休んでいる。
先程、妻はシンジロウにせがまれて再び海岸に行ってしまった。
シンジロウは上の子達に比べると少し変わっている・・・なんと言うか、他の子達とはものの見方が違うのだ。
「パパあー!」
娘のユイが走ってきた・・・やれやれ今度は何だろう?
「パパ!マヤおばさまが”夕食が支度が出来ましたから食堂に集まってください”ですって」
「分かったよ。それでママやシンジロウは?」
「まだよ。多分まだ海岸にいるんじゃないかしら」
「それじゃあメイ、ママ達を・・・いやいい、パパが呼んで来るよ」
僕が”迎え”を頼む前から既にメイの表情には”拒否”の二文字が現れていた。自分で呼びに行くことにした。
「パパ、なるべく急いでね。お兄ちゃんなんかもう箸を持って”腹ぺこだ、お腹の皮が背中にくっついちゃいそうだ”なんて言ってるから」
「・・・分かったよ。急いで行ってくるからシンイチロウにちゃんと待っているように言ってくれ」
「分かったわ」
ユイは再び走っていってしまった。僕はテラスから直接海岸への小径を下りていった。
風が止んだ・・・・・凪が来たのだ。夕陽が入り江を赤く染めている。
波は穏やかに行き来を繰り返し単調な旋律を奏でている。
波打ち際にしゃがみ込む二つの人影が砂浜に長く伸びている。
影の主はどうやら母子のようだ。母親はまだ若い。しかしその髪は見事な青銀色でそれが夕陽に輝いている。
子供は四歳ぐらいだろうか。色白の可愛らしい顔立ちだが、短い髪や半ズボンを履いているところを見ると男の子らしい。
彼は先程からじっと波の動きを見つめている。
傍らの母親はそんな我が子の様子を穏やかな笑みを浮かべて見ている。
ふいに子供が母親の方に顔を向けた。何か言いたげに母親の顔を見る。
母親は優しく声をかける。
『なあに?シンジロウ』
シンジロウと呼ばれた子供は少しはにかんだ表情を見せる。母親は穏やかな笑みを浮かべたまま子供の話し出すのを待っている。
「ママ・・・あのね・・・」
『はい?』
「・・・・・生き物はみんな海から来たんだよね?」
『そうね・・・何十億年も前、生き物は海から陸に上がってきたのよ』
「・・・・・それじゃあ僕はどこから来たの?・・・・・海から来たの?」
『あなたは・・・ママのお腹から出てきたのよ』
シンジロウは不思議そうな顔をする。
「・・・・・ママのお腹から?」
『・・・そうよ』
シンジロウは、今度は考え深そうな顔になる。
「・・・それじゃあ、ママのお腹は海なの?」
母親はその問いをしばらく考えている様子だったがやがて答えた。
「・・・そうね、ママのお腹は小さな海かも知れないわね。そしてシンジロウは小さなお魚さんだったのよ」
「僕がお魚さん?」
『・・・そうよ。そしてトカゲさんになったりネズミさんになったりして・・・最後に赤ちゃんになってママのお腹から出てきたのよ』
「トカゲさんやネズミさん?・・・・僕ぜんぜん覚えてないよ」
母親は微笑んで見せた。
『誰もその頃のことを覚えている人はいないのよ。でもねシンジロウ・・・』
彼女は言葉を切った。
『・・・あなたは今大切なことに気づいたのよ。命は何十億年も前からずっとずっと受け継がれてきたものなの・・・ママのお腹の中であなたは命の歴史を経験したのよ』
シンジロウは少し悲しそうな顔をした。
「・・・ママ・・・僕、よく分からないや」
『良いのよ、今は分からなくても・・・すべての命はとても大切なもの・・・今はそれだけ覚えておいて』
「・・・・・うん」
僕は妻とシンジロウの姿を見つけた。
「おおーい!ママあ!、シンジロウ!」
僕の声は二人に届いたらしい。二人は立ち上がりこちらを向いた。
二人に向かって僕は走り寄った。
「・・・ママ、シンジロウ。夕食の支度ができたそうだから・・・もうシンイチロウ達は食堂で待ってるんだ・・・ひどくお腹を空かしてるらしい」
妻は僕のその言葉に頷いた。シンジロウに向かって言った。
『今日はもういい?・・・海さんとはまた明日会えるから』
「・・・うん・・・・・僕もお腹空いた」
『フフフ・・・・・それじゃあ行きましょう』
「うん」
シンジロウは差し伸べられた妻の手を取った。だが彼はすぐには歩き出さなかった。傍らの僕に向かい空いている反対の手を伸ばした。
僕は照れた笑いを浮かべる。なんと言うか、何故か僕は子供と手を繋いで歩くのが苦手なのだ。
「・・・パパもかい?」
「うん」
「・・・分かったよ・・・」
僕はシンジロウの手を握った。
「それじゃあ行こう」
僕達は他の子供達の待つ宿へと歩き出した。
初めまして、綾波 光と申します。
VISI.さんにはいつもお世話になっておりまして・・・御礼の意味を込めてこの物語を書いたんですが、どうもオリジナルな世界を短くまとめることが不得意でして、「前説」で誤魔化すしかありませんでした。
多分、拙作【碇家の日曜日】系の物語をご存じ無い方には、まったく「見えない」お話だったと思います。単に作者の力不足によるもので、お読みいただく方にはまったく責任はありません。その点につきましてはどうかお許し下さるようお願い申しあげます。
お話は「めぞんEVA」107号室で連載の【2・YEARS・AFTER】を始めとする本編分岐物語群の中で,
平穏で暖かな家庭を築いているレイちゃんとシンジ君達の姿を描いた【碇家の日曜日】の数年後に相当します.
子供達と妻の「お願い」に応える「父親」のシンジ君.
子供の素朴な「疑問」に答える「母親」のレイちゃん.
末っ子のシンジロウ君の手を取って一緒に歩くレイちゃんとシンジ君.
語り掛ける言葉やちょっとした仕草に各々の思いや心の動きが感じられますね(^^).
訪問者のみなさん,この短編を読んで感じたことをぜひとも綾波さんに伝えてください.