生 活 世 界 を 耕 す パーマカルチャー

1.パーマカルチャーというデザイン体系
 パーマカルチャーとは、パーマネント(永久的な)とアグリカルチャー(農業)を合成した言葉であり、そして同時にパーマネントとカルチャー(文化)を合成した言葉でもある。永続可能な暮らしをつくることを目的とした、総合的なデザイン体系である。
 パーマカルチャーが意味するデザインとは、身の回りにある多様な要素、たとえば地形や気候、動植物、人間などを十分に観察したうえで、それらを合理的な関係に配置することで、それぞれの性質がじゅうぶんに発揮できる環境をつくることである。またデザイン原則に先立ち、「地球への配慮」「人々への配慮」「自分が使える以上のものは、地球や他の人々のために使う」という3つの道徳的信条も明示している。だからパーマカルチャーとは、自然や社会を体験的かつ科学的にとらえ、道理にかなった方法で生活環境をつくるための知の体系だということもできるだろう。
 生態系には、ある生物からの排出物が、他の生物の栄養素になり、そしてまた別の生物の栄養素がつくられるという相互関係がある。その相互関係を通じて、資源のいっさいが無駄なく利用される。だから農地のなかの植物や動物だけでなく、土地利用から住まいのあり方、人間の日々の活動にいたるまで、あらゆる要素を互いに助け合う関係に配置してゆく。すると自然の生産力を最大限に引き出すことができる。これがパーマカルチャーの基本的な考え方である。


ビル・モリソンが設立したパーマカルチャー・インスティテュート
左側がパーマカルチャーが施された区画で、無秩序のように見えるが、多様な植物が生育し、高い生産性が実現されている。担当者に説明してもらわないと、何が植えてあるのか分からないほど。右側は、隣接する過放牧地跡。地力の低下によって背の低い草しか生えていない。はるか遠くの山地に見える亜熱帯林とは対照的。


2.生活世界を耕すこと

 農耕からスタートしているものの、パーマカルチャーは生活全体や地域社会への拡張性を持っている。業としての農業はできなくても、自給的な暮らしをつくることを試みる。農地がなければ、庭先やベランダで植物を育てればよい。家をつくるときにも、日常の資源利用に際しても、地域の人々の間にも相互的な関係をつくってゆく。その気さえあれば、できることは誰にでもある。
 だからパーマカルチャーとは、みずから生活世界を耕してゆく方法でもある。つまり自分の生活をみずから掘り起こし、何らかの可能性を見つけ、育ててゆく行為なのである。そのためにパーマカルチャーが具現化された形態のひとつとして、まとまりのある生活世界、コミュニティが現れてくることになる。それはパーマカルチャーのひとつの目標像でもあるが、代表的事例がオーストラリア、クィーンズランド州マレニーにあるクリスタル・ウォーターズである。
 クリスタル・ウォーターズは住戸数83戸、全敷地面積が260ha、うち宅地が14%で、残りが共有地というコミュニティである。1988年から住民の入居が始まり、食料の大半を自給することが可能で、家具や乳製品づくりなどの仕事の場もコミュニティ内で創られた。外に対しても開放的で、見学者向けのツアーや研修も開催されている。
上左: クリスタル・ウォーターズの敷地内の様子。入居者は創意をこらして住宅をつくる。セルフビルでつくる人もいれば、業者に建設を依頼する人もいる。
廃棄物の自家処理などが定められている。

上右: 来訪者向けのビジターエリア。廉価で宿泊することができる。

下左: 中野(中央)が訪問したときに、パーティを開いてくれた。左右両端の女性2人は、LETSシステムの運営スタッフ。

3.型破りな創始者ビル・モリソン 

パーマカルチャーの創始者であるビル・モリソンは、いまでは病のために第一線から退いている。しかし1996年秋に、レクチャー等のために日本に一度だけやってきている。筆者もイベント主催者の1人として数日間、彼と同行する機会を得た。その経験は個人的なもで、一面でしかないと思われるが、やはり創始者の言動は、パーマカルチャーの根幹に少なからぬ関係があると思うので、ここで彼とのやりとりの一部を紹介した。
 パーマカルチャーの創始者だから、いわゆる老師のように落ち着いた雰囲気を漂わせた、思慮深い人物だろと、関係者は期待していたのだと思う。たしかに野外で土に触れているときは、彼は落ち着いていた。ところが現場から離れ、多くの聴衆を前にすると、ときに彼の態度は豹変した。例えば、ある講演会では、冒頭から先進国への批判を延々と繰り返した。

「第2次世界大戦のときと同じように、いまも先進国は途上国から略奪している。例えば、熱帯森を切り開き、現地の人々の食料を奪い、ペットフード向けの肉牛を育てている。おまけに日本国内には、環境を破壊するゴルフ場がやたらと多い。パーマカルチャーというくらいなら、その前にペットをゴルフ場に放して、ペット・ハンティングをしろ」 
 日本人は過剰なまでに消費し、途上国から収奪している。そして自分たちの生活にしっかりと向き合うこともなく、今度はパーマカルチャーなどと言う。それは単なるお遊びで、自己満足に過ぎない。二度と日本に来たくない。彼は、そう言い切った。
 この他にも、彼が型破りであったというエピソードはある。もちろん、ずっと渋い表情をしていたわけでなく、笑いながら言葉も交わした。またイベントがすべて終了すると、彼は九州の有機農家のもとへアイガモ農法を習いに行った。すべてが本心ではなく、半ば遊びのような、彼流のコミュニケーションのやり方だったのかもしれない。
 パーマカルチャーのデザインでは、多様性を尊重し、多様な要素の間に協調的な相互関係をつくってゆく。創始者ビル・モリソンは非常に自由奔放であり、それが彼の魅力だし、多様性のひとつとして尊重されるものだろう。ただし協調性の富んだ人物であったとは思われなかった。

4.協調を生むための非協調 
 現在の日本の社会通念からすると、ビル・モリソンは協調性に欠ける人物といえるかもしれない。その代わりに彼は、自由で行動的な人間だったと思う。そして、いまになって思うことは、あえて外部の評価や周りを気にし過ぎることなく、まず自由に行動してみることが重要かもしれないということだ。
 植物を手にし耕してみる、自分の生活世界に働きかけてみる。自由に動くからこそ、新たな可能性を発見することができ、同時にできないこと、つまり生活世界の制約に早く気づくことができる。そして制約が意識されたときに、協調的な関係がつくられてゆく。制約のない条件下で、可能性ばかりを追求し、外ばかりを見ていては、協調は起こりえないだろう。
 生態系のなかでも、それぞれの生物は他種と協調しようなどとは思っていないはずだ。彼らは、一定の環境の制約下で、自分たちにあったニッチを見つけ出して生きている。それが結果的に、協調的な関係に見えるのではないだろうか。
 社会が成熟化に向かうなかで、協調や連携などといったキーワードが重視されている。しかし協調や連携を生み出すものが、何らかの制約条件であったとしたら、あえて自由に振る舞うことが重要になるのかもしれない。なぜなら自由に振る舞うことは、制約に気づき、新たな可能性の発見に結びつくからである。もちろん自由にはそれなりの義務も伴うし、中途半端な自由も望ましくない。
 他者の目を気にすることなく、ひとりひとりが生活世界をまず自由に耕してみる。自分の暮らしを自分でつくってみる。うまく行かないこともあるだろう。しかし本当の協調とは、予定調和的なものではなく、数多くの経験を繰り返すことで得られるものではないだろうか。
 安易に協調しないことが、結果的に協調を生み出す。それはパーマカルチャーのデサイン体系にも潜んでいると思う。逆説的であるが、協調性がないと感じられたビル・モリソンから学んだことのひとつである。



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