RITMO y MUSICA


5月16日 〜 Keisuke Ohta♪ 〜

五大陸を駆けた

超音速旅客機コンコルドよりも短時間
かつ
トンビの目の高さ、優雅さで

ヴァイオリン、パーカッション、フラメンコギター、そしてディジュリドゥー
即興のハーモニーはまるで・・・

北アフリカを彷徨し、混沌のフェズの町角を抜け
ジブラルタルを渡り、イベリア半島を北上
マジャールの国でジプシーと謳い
カスピ海を経、憧れの中央アジア
砂漠を越えて、遊牧の民と戯れ
杭州は西湖のほとり、美女の優しき爪弾きを聴く
ぐっと加速し太平洋を一飛び、乾いたダウンアンダーへ・・・

はてさてどこまで行くのやら

細胞踊り出し、この身宙に舞い
興奮覚めやらず


嗚呼、変幻自在なる音達よ♪
たまにはその背に私を乗せ
今宵そうしてくれたよに
ふわりと舞いあがらん!

いつかこの身が果てるまで
ずっと傍らにいられたなら・・・



*1年半待ちに待ったライヴに行きました。
 2001年の10月に静岡で出会ったボサノバのライヴで
 ヴァイオリンを操っていた芸術家、太田惠資さんに一耳惚れし
 どうしても忘れられず、ずっとずっと心待ちにしていたこの時。
 年間200以上のライヴを、様々なアーティスト達とユニットを組み
 展開されているのですが、
 その殆どが東京の夜の為タイミングが合わず涙を呑んでおりました。
 三島のライヴハウスに彼がやってくると知った時の心踊り様と言ったら・・・
 雨の中、苦手なワイパー作動状態と戦いながら慣れぬ独りドライブで
 辿り着いたその場所はガラムの香りに満ちていました。
 たくさんの人に切に望まれつつ、なかなかリリースされぬソロアルバム
 ゆえ、参加アーティストとして名を連ねるCDの数々を古くからのファンの方々に
 教えて頂き、探し、そのいくつかを買い求め、何とか空白の時を繋いできました。
 その間太田さんを軸に次から次へ素敵な演奏家、表現者と巡り合いつつ。

 太田さんのヴァイオリンは初めて触れた時と同じように
 限りなく自由で伸びやかで豊かでした。文字にするなんてできない位に。
 そして、今回初めて体験したヤヒロトモヒロさんの寸分違わぬリズムを刻む
 情熱のパーカッションにも、それはそれはすっかり魅了されてしまいました。


3月10日 〜 吟遊詩人 〜

吟遊詩人と言葉を交わしたことがある。

それは確か、ジャイプールの町外れ。
夕暮れ時・・・といいたいところだが、日はまだ高々と頭上に構えていた。
乾燥地帯の中に横たわる人造湖らしき湖のほとり。

えもいわれぬ美しい音が、郷愁をおびた旋律に乗ってやってきて、私の心に触れた。
心の琴線とはよくいったもので、たしかにポロロンと心が鳴った。

彼と共に音を発しているのは、弦のある楽器で、
そして見たところ、非常に素っ気無い風体をしていた。

そのインストゥルメントは彼の自作のものであり、
それを手にするには日本円にして2000円弱を要した。
大いに迷った挙句、私はその吟遊詩人の相棒を日本に持ち帰るのを諦めた。
なぜなら、私がその吟遊詩人のように美しい音を出すことができるとは
到底思えなかったからだ。
美しいものは美しいままにしておきたかった。

あの美しい音色のインストゥルメントは今どうしているだろう?
そして吟遊詩人は今も旅人相手に美しい音を披露しているだろうか?


幼い頃から好きだった「ハーメルンのねずみ男(笛吹き男)」の話を思い出す。
今も昔も、音には魔力がある。


12月5日 〜 アシュケナージ 〜

小学生の頃、母がよくベートーベンの“熱情”をカセットテープで聴いていました。
ピアノを習っていた私はあんなふうに弾ける人がいるなんて!!と思いつつ
あまり何度も耳にするものだから、すっかり口ずさめるようになっていました。
母が聴いていたその熱情はウラディミル・アシュケナージのピアノによるものでした。

高校生の頃、父が、10年も習ったのにピアノの腕が全く上がらないままレッスンを辞めてしまった私に
ショパンのワルツを集めたCDを勧めてくれました。
そのCDはやはり偶然なのか、ウラディミル・アシュケナージの演奏でした。

先日、その氏を10mの至近で生で拝見することができました。
ウラディミル・アシュケナージ指揮、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団が
静岡市民文化会館にやってきたからです。

その日の静岡公演の曲目は、ラフマニノフ。
第一部はピアノ協奏曲第2番 ハ短調 op.18で、
ピアノはエレーヌ・グリモー氏というフランス人女性でした。
彼女のピアノはそのいでたち同様なかなかに男性的で力強いものでした。

第二部は交響曲第2番 ホ短調 op.27で、
総勢50名程の交響楽団のハーモニーは華麗で壮大でした。

ウラディミル・アシュケナージのピアノ演奏がアンコールで聴けるのでは
ないだろうか?という私達の願いは叶いませんでしたが、
タクトを振っている彼の後ろ姿や茶目っ気のある笑顔が見られただけでも
大満足のコンサートでした。
体格のよい楽団の奏者達に囲まれて、背の小さなアシュケナージは
なんだかとってもかわいらしく、チャップリンのようでした♪

話がアシュケナージに終始してしまいましたが、チェコフィルの演奏は
本当に素晴らしかったです。
ラフマニノフも私は普段あまり馴染みがなかったのですが、
こうやって生で交響楽団の演奏を聴くのに適した楽曲だな〜と気に入りました。

市民文化会館ということでチケットを取るのを躊躇したのですが、
良い席であったためか、音響も悪くありませんでした。
化粧室、ロビー、幕間の時間設定などは改善できないものか、とも思いますが、
それは昔からの施設ゆえ、仕方ありませんね。

今度は是非、アシュケナージのピアノを聴く機会を得たいです。



*嬉しいことに、彼はもっと身近になるようです。
 その理由は、こちら → http://www.nhkso.or.jp/about/pr20021030j_index.html


7月10日 〜 バラタナティヤムでラーマーヤナ 〜

艶やかな目の表情に、悦楽の光。
悲哀、怒り、安堵・・・

減り張りのあるその肢体、
アルタで紅く染められたその手の先に宿る情緒
命そのもののリズムや力が漲った
満月のエナジーのような
カーム(穏やかさ)と妖しさを兼ね備えた
その、神に捧げられし儀式


注:バラタナティヤムとは・・・
  バ→ バーワ=感情の表現
  ラ→ ラガ =音楽の調べ
  タ→ ターラ=リズム
  ナティヤム=踊り
  とその神に踊りを捧げる魅惑的な女性が説明して下さいました。

  ラーマーヤナ
  マハーバーラタと並ぶインド古代叙事詩の一つ
  ラーマという名の王子の英雄伝


♪インド古典舞踊のチケットを何とか1枚だけ手に入れることができ、
 一人観に行って参りました。
 (本当は一緒に行きたかった印度好きの友がいるのですが・・・)

 いやぁ〜参りました。美しい!
 まるで一人の女性の体にたくさんの魂が宿り、
 恐れ多い表現ながら、人間がヤオロズの神を生き映したような
 と申しましょうか・・・そんな凄みがありました。
 インド舞踊に私が初めて触れたのは南インドを旅した際の
 コーチンという港町においてでした。
 “カタカリ”という古典舞踊を見て
 祈りであるとか、祭りであるとか(祭りも一つの祈りでしょうが)
 それと直結した音楽、歌、詩、踊りというものは
 心を揺さぶるだけでなく、引き込み、そして見る者を
 同化させてしまうような逞しさと絶対的存在感があると感じました。
 
  
*IZUMI(佐藤 泉)さんとおっしゃる静岡出身の踊り手の方が
 私達に魅せて下さったバラタナティヤムは南インドの
 ヒンドゥー教寺院で神に捧げる舞踊だそうです。
 彼女は、日本人として初めて
 “インディラ・ガンジー・プリヤダルシニ賞”という
 政治、文化、芸術に秀でた方にインド政府から与えられる
 賞を昨年授かったそうです。
 

清水での公演は先日終わってしまいましたが、
静岡での公演はまだこれから行われます。

インドに興味のある方、伝統的な踊りがお好きな方、
何かインスピレーションが欲しい!とお思いの方、
是非是非お出かけ下さいませ。

表現の素晴らしさ、必見です!

☆2002年7月20日(土) 19:30開演
 「天照大御神と月読命(つくよみのみこと)」
 於 静岡県舞台芸術公演 野外劇場「有度」
 チケット等問合わせ先 IZUMIインド古典舞踊研究・芙蓉会
            (0543−66−7002)

☆2002年7月27日(土) 18:30開演
 「インド古典舞踊・宮沢賢治ひとり語り」
    薩摩琵琶弾き語りの林洋子さんとのコラボレーションもののようです。
 
 於 サールナートホール(054−273−7450)
 前売券 ¥3,000  当日券 ¥3,500


10月1日 〜 Bossa Nova 〜


グランシップでヨコ揺れ。

アントニオ・カルロス・ジョビンに捧ぐ・・・

なんて気持ちのいい

ブラジル生まれの思い切り自由な音の戯れ


太田恵資さん!ヴァイオリンがそんなにも

優しくて軽やかで、心の広い楽器だったと

私に教えてくれたのは今夜の貴方です。



*グランシップジャズライブというのがありまして、私は初めて行ってみました。
 今回は大好きなボサノヴァだったので。
 なんというか、ボサは、私の体質にピタリと合う感じがします。
 思い切りリラックスして、頭の中の鋭角なものや体の中のチクチク物質をまぁるく面取りして
 スウィングさせてくれるからでしょう。
 ジョビンの曲には古ぼけない美しさと優雅さがあります。
 このボサノヴァのライヴに、一緒に行きたかった知り合いが忙しくて行けなかったので
 一人でヨコに揺れてきました。たまにはこんな一人の時間もいいものです。
 幕間にカイピリーニャ(超薄かった...)を飲んでいると、
 大好きで大切な友達にバッタリ!
 後半は彼女とその空間を共有できました。そんな時間もやっぱり好きです。
 
 ヴァイオリンの奏でる音は、何か私には気性の激しい、少々ヒステリックな女性のようで、
 一部の音楽におけるものを除いて今一歩苦手なものでした。
 ところがこの日、新しいヴァイオリンの音を幅を感じました。
 太田さんという有名であるらしいヴァイオリニスト(私は全く知りませんでした。ごめんなさい)は声も素敵で、
 そのヴァイオリンを扱うサマはもう芸術そのもので、すっかりファンになりました。
 音楽は、やっぱり人間を幸せにしてくれますね。オブリガーダ♪


6月24日 RITMO

週末、ひとときの旅。

今春から住み始めた町で。

モダンとはお世辞にも言い難いホールの小さな空間。

かくも心を揺さぶるCANTE(歌)

血を沸き立たせるGUITARRA(ギター)

そして、見事にそれらを体現したVAILE(踊り)

まるで愛するアンダルシアの大地に立っているかのような

至福の2時間。


*Miguel Angel(ミゲル・アンヘル)フラメンコ舞踊団の日本公演初日の舞台へ行った。
 かの、アントニオ・ガデス(なかなかの美男子なのです)の後継者といわれるバイラドール
 (踊り手)ということで、全然知らなかったミゲルの舞台を楽しみにしていた。

 フラメンコは、インドを発祥の地とし500年以上の流浪の末、主にスペイン南部
 アンダルシア及びハンガリーに住みついたといわれるヒターノ(ジプシー)の音楽と
 アンダルシア地方の音楽との融合によって生まれたものだとされている。

 日本ではVAILEがクローズアップされているが、本場スペインでは、CANTEこそが
 フラメンコの心であると言われる。その声は詩はまさにヒターノの魂の叫びなのだと・・・。
 スペインで、また東京で、10回近くフラメンコのVAILEを見ている私にとって、
 今回のミゲルの舞踊団の踊りは特異で、非常に洗練され、あたかもバレエを鑑賞
 しているような気持ちにさせられるものが多かった。中に懐かしいまさに
 トラディッショナルフラメンコといえるものもあったが。

 車で10分のどこにでもありそうな建物の中で、こんなに自分の体中の血が騒ぎ出す
 旅をすることができるとは・・・。
 旅の締めくくりは、中に入ってみると偶然にもスペイン風の造りのレストラン。
 白壁にBARCON(バルコニー)の花々が映える。
 オリーブの木やハーブ、美しい花の咲く夜のガーデンテラスでのCENA(夕食)
 久々に大好きな彼の地にいだかれたような素晴らしいひとときだった。


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