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VOC-電磁波対策研究会 VOC-EMF Measures Research Association

 

電磁波のドキュメンタリー映画 フルシグナル

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各国の研究と対策

電磁波の健康影響を指摘する研究や、電磁波規制に動く各国政府やEUの動向を紹介しています。

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電磁波過敏症の症状と対策

電磁波過敏症の主な症状と、症状を改善する対策を紹介します。

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国内外の健康被害の事例il

携帯電話基地局周辺では、不眠や頭痛、耳鳴り、うつ症状などの健康被害が起きています。国内外の事例を紹介します。

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心をもっていのちに帰ろうウォーク2010(前編)

ウォークはひとまず、無事に終了しました。参加して下さった皆様、支援して下さった皆様に心から感謝します。本当にありがとうございました。

しかし、問題は一向に解決していません。私たちは圏外を確保するために、これからも活動をして行きます。過敏症の患者にとって、圏外の確保は生命に関わる問題だからです。

これからも引き続き、皆様のご支援をいただければ幸いです。

電磁波過敏症の一家の切実な願い

家のそばをケータイ圏外にして!

 

ドコモからの回答と抗議文発送NEW

伊那谷の環境と健康を守る会は、塩田さんの家の近くの基地局を早急に撤去するよう求める抗議文を7月27日付けでドコモ本社へ送りました。その回答は、ウォーク終了後の8月24日付けで返送されましたが、「地域の皆様のお役に立てるよう適切に運用させていただく」というものでした。ドコモはWHOがファクトシート205で電磁波過敏症について「明確な診断基準を持たず」「被曝と関連するような科学的証拠がない」と示していることを理由にあげています。

しかし、WHOは「現時点では科学的証拠が無い」と記しており、因果関係が存在しないと証明されたわけではありません。将来、立証される可能性があるのです。また、電磁波過敏症という新しい症候群があり、電磁波の影響で苦しんでいると訴える人が各国に存在することをはっきり認めています。新しい病気であれば診断基準が確定するまで時間がかかるのは当然のことです。

伊那谷の環境と健康を守る会では、10月に再度抗議文を送り、「科学的根拠が十分でないという理由で、現に『電磁過敏症』に苦しみ、将来の生活・営業計画に大きな支障を抱えている一家を見殺しにする権利は何人にもないはずです」と訴えています11月15日付けでドコモから回答が寄せられましたが、前回の回答を踏襲するものでした。これは人権に関わる問題です。企業として誠意のある対応をしていただけないものでしょうか。

抗議文ダウンロード

回答文ダウンロード

再抗議文ダウンロード

再回答ダウンロード

8/23ウォークは無事に終了!しかし、ドコモの対応は…

昨日から目の痛み、頭痛、嘔吐などの症状が出てしまった夫は、飲まず食わずで5キロを歩きました。 子供達が専門学校で身につけた木工、金属、モザイクなどができる工房作りを安心して取りかかれるよう、せめて私たちの生活の場を圏外に戻してほしいという父親の思いです。 

23日のウォークは、ガウスネットの懸樋さんがデモ申請をして下さったので警察の方がウォークを安全に守ってくれ、気持ちよく歩く事ができました。横断幕を掲げる人、唄を歌う人、メガホンで電磁波過敏症についての説明をしながら歩く人、みんなそれぞれの方法で歩きました。item31 

化学物質過敏症の方達(電磁波過敏症も併発している方も多い)もたくさん参加してくださいました。 

デモ申請の都合上ドコモ本社1km手前の公園でデモ行進は終わり、休憩後三々五々ドコモ本社前に到着しました(下の写真)。

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「伊那谷の環境と健康を守る会」のメンバー7人も駆けつけてくれたので、塩田家3人と合計10人受け入れてもらいたかったのですが、ドコモの都合で会の人は一人だけと言われました。以前6人まで受け入れる姿勢があったのでせめて6人とお願いし、会のメンバー3人と塩田家3人がドコモ本社のある27階まで上がりました。ドコモの対応は他の人を外で待たせるという常識のない対応でした。 

ドコモの対応として問題点は以下のようです。

1.  人数制限をする。

2.  一般の人を受け入れるコンプライアンス窓口がない。

3.  7月5日にドコモネットワーク部F氏に提出した要請文がコンプライアンス推進委員会に受理されたのは、7/26に送受信を開始した後の事だった。

4.  なぜ受理が遅れたかの理由は、「それはドコモ内部の問題なのでコメントする必要はない」とF氏は発言している。

5.  ドコモは正式なコンプライアンス窓口を持たないまま、本件窓口をすべて深堀氏に委ねている。

6.  塩田宅に電波は届かないと、F氏をはじめドコモが伊那市、市会議員、地域住民、塩田に虚偽説明をした結果、基地局が建ってしまった。

7. 以上のように、ドコモのコンプライアンス推進委員会はまったく機能していない。

ドコモはコンプライアンス推進委員会が受け取るような形だけ用意しますが、その精神や誠意は伴っていません。なによりも内部監査が機能されていない事を知り、落胆しました。これでは私たちの人権も社員の人権も守られません。機能不全のままドコモがコンプライアンスを掲げていること自体が虚偽だと思います。 

この状況のまま皆さんの署名を渡す事は、ドコモの虚偽にはめられることだと感じ、結局持ち帰ってしまいました。(正直重かったです。重いほどたくさんの署名が寄せられています。)

わずか20分ほどの不誠実な対応に、何とかならないものかと、「断食して誠実な対応を待ちます」と言ったものの夫は症状が回復せず、子ども達の事もどうしようと考えていると、「もっと建設的な方法を取ろう」という支えてくれる皆さんの中からエールの声をいただきました。 そこでこのウォークで繋がった人たちとこの成果を成長させようと思い直しました。おかげさまでどん底まで落ち込んだ気持ちが、すぐ立ち直る事ができました。

ウォークには百万人署名の網代太郎氏が応援に来てくれました。又電磁波環境研究所主宰の荻野晃也氏も駆けつけてくれにこやかに、「あんまりがんばりすぎないで下さいね」と声をかけてくれました。私たちの気持ちを受け取りつつ、私たちの身体を本当に心配して下さいました。 

動画取材にIDG News serviceのマーティン・ウィリアムス氏、電磁波低周波問題研究会横浜代表の杉本賢司氏が駆けつけてくれました。ウォークの模様をまとめてわかりやすく伝えて下さると思います。 

フリーライターでwebサイト「新聞販売黒書」主宰の黒薮哲也氏もきめ細やかな取材をして下さったので、サイトをのぞいてみて下さい。

毎日ウォーク日記を更新して下さった加藤やすこさんと、見守って下さった皆さんに改めて感謝申し上げます。

8/24早速「伊那谷の環境と健康を守る会」のメンバーから、「圏外を取り戻すために現状でやれる事を始めよう」と励ましの電話がありました。

具体的には、「子供達の工房作り、石窯天然酵母のパン作り、自然活動を実現するための安心できる場所作りを、今回手をつないだ人たちで寄ってたかって楽しくやろう」という事です。 

今回のウォークで感じた事、それはみんなそれぞれ問題を解決しようという道のりがイコールその人の生き方なんだと言う事です。どんな時代にも、その時あなたは何をしていたかが問われます。人間として人とつながり、自分の道を自分の足で歩く多くの人と出会えて、私たちは幸せです。「助けて」と言えば応えてくれる人がたくさんいます。

〝化学物質過敏症知ってね☆ウォーク〟に参加した、元気くん(現在12歳)の今回のウォークに関する感想に元気と勇気をもらいました。

「今日、僕は、「蔵や」さんで電磁波ウォークのミーティングに参加させていただきました。その中で、携帯基地局の影響で、人間や植物に深刻な被害があるという話を聞きました。

そして、僕はこう想いました。幼いころから“苦しい、つらい”と思っていた悩みは、どんなことでも大人達に相談することで、集まって深く考え、対策を一緒に進めることができるのだと、安心しました。

また僕自身、6歳から『化学物質過敏症(=CS)』の発症が判り、同じ症状のお母さんと、いろんな体験をしてきました。体調だけでなく、精神的にも追い込まれた事もありました。

でも、今日のような語り合いを通して僕は、見えない電磁波や、化学物質過敏症で苦しむ子供達に

“あきらめないでほしいこと”と、“気持ちをわっかてもらえる大人達が、必ずどこかにいる。”ということを、知っていてもらいたいです。

それとこれから、僕達も安心して生きられる未来のため、その先の子供達のためにも、正しい情報を学んで、みんなと環境を善い方向に変えてゆきたいと思います。

今日も本当にありがとうございました。村本元気(12歳・中1)」

私たちは、220km歩いた末、何ら変わらぬドコモの不誠実と再び出会いました。同時に皆さんとの出会いの一つ一つにウォークの手応えを強く感じました。 やれる事はなんでもやりましょう。ドコモ社員の方々の良心と手をつなぎ、立場を越えて今ここから、一歩一歩、歩いていきましょう。

8/24 塩田三枝子記

(23日のデモの様子)

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8/22 いよいよ明日、最終日です

井の頭公園文化公園前に集合した化学物質過敏症の患者さん、鎌倉の東さん、木曽福島の鈴木さん、塩田の2人の合計5人で、代々木公園原宿門まで猛暑の中でも楽しく歩きました。

途中、男性に話しかけられ「うっかり通話したら月に2万円も請求がきちゃった。高すぎるっていってよ」と頼まれちゃいました。私たちは「使い過ぎは経済的にも大変だけど、身体への影響を考えて、用心してくださいね」と話すと、「へぇ、そんなこともあるんかぁ」と興味を持ってくれました。「気軽に話しかけられる雰囲気があるのかな、このウォークは?」と嬉しくなりました。

今日は日曜日の原宿とあって人が多かったこと、途中、結構電磁波の強いところもあったこともあり、夫はついにダウンしてしまいました。明日、回復すると良いのですが。

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新宿駅で10日ぶりに娘の実杜と再開。明日、8/23は一緒にドコモ本社まで歩きます。

7/5に提出した塩田永要請署名1543筆は7/22までに1321筆加えて合計2864筆、塩田実杜要請署名数817筆は1772筆加えて、合計2589筆になりました。明日8/23、コンプライアンス推進委員会監査役に届けます。

明日のウォークは代々木公園原宿門に10時集合、10時30分出発、11時40〜50分に三河台公園到着、デモ行進解散後、山王パークタワービルへ各自歩き、休憩後、ドコモ本社へ要請のため、塩田と「伊那谷の環境と健康を守る会」のメンバーが同席する予定です。

午後1時からドコモに対応してもらいますので、皆さん、各地でお祈りして下さい。

8/22塩田三枝子記

8/21 玉川上水までウォーク

恋ケ窪駅から玉川上水までガウスネットのかけひさんが道案内をしてくれました。昨夜作ってくれたというお茶とお茶菓子の差し入れをありがたくいただき、快適なスタートができました。

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玉川上水沿いの道を利用する人のほとんどが、ウォーキング、ランニング、犬の散歩の方で、すれ違うとき、挨拶を交わすことも少なくありませんでした。人間にとって快適な環境は、心と身体を健全なものにすることを実感しました。

でもやはり、ところどころケータイ基地局があったり、化学物質(洗濯物の合成洗剤など)の臭いがあったりと、私たちにはきついところが少しありました。

井の頭公園文化公園入り口に到着すると、三鷹のサポート隊の人たちが、冷たい飲み物やおにぎりを用意してくれました。無農薬のブドウもすごくおいしかったです。

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明日8/22は、7時に出発し、代々木公園原宿門まで15km程歩きます。長距離歩くのは明日が最後です。

8/21塩田三枝子記

8/20 次の世代に向けて一歩、一歩

北野の「地域の環境を考える会」の方3人が参加して、総勢5人のウォークになりました。 恋ケ窪まで約19kmの道のりを川沿いに楽しくおしゃべりしながらのウォークでした。途中かわせみが飛んだり、きつねのかみそりが咲いていたり、歩くと都会に見える街の中にもけっこう自然があります。 

一方、高圧線やケータイ基地局も多く、ちょっとつらいウォークでもありました。 8/23日代々木公園原宿門また会いましょう、と約束をして、最後は恋ケ窪駅で輪になり解散しました。おかげさまで今日は道に迷うことも無く、歩きました。

それぞれの地域で楽しくウォークして、自分達の周りの環境を考えるのは、とても良いなぁと感じました。あれはダメ、これはダメの前に、「こうありたい」とみんなでイメージして、今、ここからみんなで次世代、又その次の世代に向けて、一歩一歩歩く事の大切さを感じることが出来ました。むきだしの命(乗り物に乗らない)で歩くと、何が心と体に良いか、とても良くわかります。 車に乗れない弱者、子ども、お年寄り、赤ちゃんにとっても、いい環境なんじゃないかなと思います。

明日、8/21は恋ケ窪の駅6時集合、出発で玉川上水を井の頭公園に向かって歩きます。15kmほどのウォークです。

8/20塩田三枝子 記

8/19「ごめんなさい」の気持ちをいただいて

前夜(18日夜)、藤野の旧まきさと小に泊めてもらい、近くの温泉で疲れを取り快適に寝ることが出来ました。

「ひかりまつり」というお祭りが終わったばかりという話ですが、若い人たちが何世代も先の事まで考えて、具体的に農・工・商などを楽しく実践している事は頼もしいです。

サポートでウォーク終点と出発まで私たちを運んでくれた長友さんは「東京はぶつかった時、ごめんなさいという反応がないのが悲しい」と言っていました。「ごめんなさい」「ありがとう」は素敵な言葉だし、思いやりのある言葉、人と人をつなぐ言葉なので心から口にしたいな~と思いました。

今回もケータイ電話を使っている人から、多くの「ごめんなさい」をいただいて、過敏症の私たちも「ありがとう」の気持ちでいっぱいです。いたいこと、つらいこと、困ったこと、本人が伝えないと周りの人にはわからないし、何もできないんだって事も今回つくづくわかりました。

さて今日は、高尾山をこえて八王子まで歩きました。20数年前に登って以来ですが、だいぶ山も疲れているなぁと感じました。

私たちは自然に対して何もしてあげられないのに、助けてもらってばかりで本当に申し訳ないと思います。自然も私たちももっと元気になれると言いなと感じました。

終点では北野の方が4人出迎えしてくれました。明日は2人が一緒に歩いてくれるそうです。また、楽しい1日になりそうです。            8/19 塩田三枝子 記

8/18 ウォーク7日目 通行車から応援の声

梁川駅から塩津まで蔵屋グリーンズのご主人が一緒に歩いてくれました。今回初めての車のついたサポートでした。待っている間も奥さんはTシャツにキャラクターを縫い付けてくれました。

塩津で輪になり、二人にお別れをして、パトリシア私たちの計三人20号をひたすら歩きました。藤野駅の観光案内所立ち寄り、ゆずシャーベットを食べましたが、すごーく美味しかったです。そこの人は若いのにケータイを持っていませんでした。しかも圏外に住んでいるそうです。

藤野は若い人が多く移り、便利さに追われるのではなく、与えられた命の時間を楽しんでいます。そして、具体的に実現していく努力をしているように感じました。

それから、今日もうひとつ嬉しい事がありました。見ず知らずの人が「ケータイ圏外、家族の笑顔」の垂れ幕を見て、車から「がんばれー」と声をかけてくれました。今日は相模湖まで行き着かず、藤野駅から少し歩いたところでウォークは終わりました。パトリシアと会えた事、一緒に歩けた事を喜び合ってお別れしました。 

明日8/19は、富士見から、高尾山経由で北野まで歩きます。     8/18塩田三枝子 記

8/17 ウォーク6日目 東京まであと83km!

笹子駅を6:40に歩きはじめ、ひたすら20号を東京方面へ歩きました。車の排気ガス、高圧線、ケータイ基地局も多く、頭痛がしてきました。終点近くまで来ると鼻水、のどの痛みがありました。昨日と打って変わり単調で辛い一日でしたが、何とか東京まであと83kmくらいまでのところにつきました。

終点・梁川には蔵屋グリーンズさんご夫妻が駆けつけて下さり、山中湖にある家に泊まらせてもらいました。おかげさまでゆっくりTシャツや垂れ幕にウォークのキャラクター笑顔を縫い付けたり、書き込んだりすることができました。

今日合流したパトリシアと蔵屋グリーンズのあけみさんもTシャツの縫い付けを手伝ってくれて、とてもかわいいTシャツができあがりました。背中に縫い付けた垂れ幕には、「ケータイ圏外、家族の笑顔」と書きました。 明日からのウォークがますます楽しくなりそうです。

明日8/18は、梁川から相模湖まで歩く予定です。       8/17塩田三枝子 記

8/16 ウォーク5日目 笹子峠を越えました

山梨市、酒折駅を午前5時に出発しました。柏尾公園で、おにぎりをほおばりました。梅干しと塩味が疲れた体にしみこみ元気をとりもどすことが出来ました。サポート支援にただただ感謝です

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笹子峠を越える旧甲州街道に咲く花が風に揺れていました。山の中は目に映るもの、耳に聞こえてくるもの、足の裏にも優しいものばかりです。

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あまり気持ち良さそうなので、沢に足をつけて涼んでいたら、近くまで小鳥が来て喉を潤していました。ちょうどその頃下界、山梨は32℃だったそうで、私たちばかりいい思いをしてごめんなさい。

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ようやく笹子トンネルにつきました。これからは下るだけなので、ほっとしました。

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矢立ての杉という千年以上の巨木が立つところに観光ボランティアの方がいて私たち夫婦のツーショットでとってくれました。

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無事午後3時半に笹子駅に着きました。

街の中はウォークの休憩場所がなかなかタイミングよく見つからないことが多くて困ります。その点、山の中は川、日陰、心地よい場所があちこちにありありがたいですが、突然高圧線や、ケータイ基地局の鉄塔が現れびっくりしています。

8/17(火)の予定は以下の通りです。

笹子峠 午前6時15分発 初狩、大月、猿橋、鳥沢を経由し終点柳川には午後3時につく予定です。宿泊地は山中湖の山小屋です。(8/16 塩田三枝子 

 

8/15  ウォーク4日目 

チームシェルパを朝5時前に出発して、足休めをかねて6時ころ神社で朝食。

お寺、神社など歩く人には重宝な休憩場所でありがたい。

今日は夫婦二人で歩く。きのう一日体調を崩した夫はウォークを休んだけど、遠藤さんの家で休ませてもらい回復した。

途中、韮崎の駅で友達と待ち合わせた。スイカの差し入れが、水をいくらでもほしがっている体にありがたい。友達の子どもが歩きたいというので、韮崎から塩崎駅まで一緒に歩く。小5のたくみくんはその辺りの道に詳しく、川沿いの快適な道を案内してくれた。川風が吹き、正午前の時間にしては暑さに負けないで歩けた。

子どもの元気さと一緒に歩くのがとても楽しかった。おかげさまで、今日31kmほど歩いた疲れも取れました。

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明日、9月16日は予定を変更して笹子駅まで歩きます。笹子峠越えがしんどそうです。(8/15 塩田三枝子 記)

8/14 ウォーク3日目 賛同の声も続々 

信濃駅より5人で出発しました。ケータイ基地局の他にも送電線が歩く道々に寄り添うようにつながり、耳の裏あたりがひんぱんに昨日と同じくカチカチと鳴っているように聞こえました。

13km程歩いた所で皆さんと輪になり今日の感想を語ってもらいました。 昨日宿を提供してくれた遠藤さんは、「怒りではなくみんなで明るく築こうとする事、こういういやり方に共感し、賛同します」と語ってくれました。

みなさんと別れ、残り5km程を一人で歩き終点チームシェルパ旅人小屋まで歩きました。一緒に歩いていなくてもエールを送って下さるみなさんの思いに励まされ心地良く歩けています。

チームシェルパ旅人小屋ではシェルパ斎藤さんのトークショーがあり、50~60人集まり、過敏症の私たちのために敷地内をケータイ禁止にしてくれました。シェルパ斎藤さんは、2000年近くに基地局設置の計画が持ち上がった時、景観として受け入れられないと、みんなで反対したそうです。東京までリレーウォークをした経験がありますが、「今までもケータイは持っていなかったけれど、電磁波で苦しむ人がいる事を知ったから、これからもずーっと持ちません」と語ってくれました。 

気がつくともう長野県から山梨県まで来ていました。明日は高根町チームシェルパ旅人小屋を午前5:00出発し、善光寺入り口に午後2:00到着する予定です。全行程31kmあるので、歩けるかな?明日の報告をお楽しみに。                             (8/14 塩田三枝子 記)

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8/13 ウォーク2日目

8月13日,子ども達の幼なじみとお母さんがスタートに駆けつけてくれました。

昨日の終点、道祖神前で輪になりみんな唄を歌いました。 「何のために生まれてきたんだろう なんのためにここにいるんだろう なんのためにあなたに出会ったんだろう何のために歩いてるんだろう」

天空オーケストラの「ウォーキングビューティー」という唄です。なんのために、、この曲の最後を知りたい方は私たちと出会えばわかります。 一緒に歩きましょう。そして一緒に歌いましょう。

スタートから10分くらい、塩田一家と愛犬ヒメちゃん、他総勢7人と1匹でレサム・ピリリという唄を歌いながら歩きました。 その後は家族と離れ、神奈川から駆けつけてくれた化学物質過敏症の方と芝平峠を越えました。 圏外の場所も多く、すっきり気持ちよく歩けました。ただ、途中突然基地局が現れ、青柳の集落まで降りると農薬散布の風に襲われ、二人とも急ぎ足で通り抜けました。

青柳駅で夫と合流し、そこからは三人のウォークとなりました。田園の田舎道ですが、高圧線と基地局が建ち並び、耳にカチ、カチという音が聞こえ不快でした.

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富士見駅に到着すると、そばに基地局があったため予定を変更し急ぎ足で井戸尻遺跡へと向かいました。

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井戸尻遺跡に着くとその日の宿提供、遠藤さんとお友達が出迎えてくれました。item18

コンコンと湧く水は冷たく、とてもきれいでした。明日8月14日は、信濃境駅午前4:30集合です。 高根町、チームシェルパ旅人小屋まで歩く予定です。(8/13塩田三枝子 記)

                      

8/12 いよいよウォーク開始!

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ウォーク初日は、総勢9人と1匹で、7月25日まで圏外だった田舎道を歩きました。メンバーは塩田家4人と愛犬ヒメちゃんのほかに、「伊那谷の環境と健康を守る会」の代表と市議会議員と他3人の会員です。長野旭の記者も駆けつけてくれて、さい先のよいスタートでした。「守る会』は,基地局設置問題をめぐる地域破壊に危機感を持つ人たちにより、7/26に結成されました。

途中、基地局周辺ではシールドクロスをかぶったり、簡易測定器で測ったりしました。私は少し気分が悪くなり、下腹部も痛くなりましたが、木製のバス停に逃げ込むといくらか楽になりました。測定すると,他より数値が低くなっているのがわかり、電磁波を受けても何も感じないという人たちが感心していました。

明日13日のウォークは、我が家の集落内にある赤坂道祖神をスタートして子どもたちが木工・金属・壁画を学ぶ専門学校(富士見)まで歩く予定です。鎌倉のシンポジウムで出会った人たちも駆けつけて、ビデオを撮ってくれるそうです。本人も化学物質過敏症を患い大変だろうに、感謝です。

14日は4人、18日は1人、また今日東京からウォーク参加の問い合わせがあり、力強いものを感じています。明日はいよいよ我が家を離れます。私たちがずーっと住める「圏外」を取り戻すために。皆さんの支援をお願いします。

ちなみに愛犬ヒメは、鎌田實著『空気は読まない』(集英社)に登場するアイドル犬なんです。ぜひ一度,読んでみて下さい(8/12,塩田三枝子

ウォークスケジュールPDFダウンロード

九州から塩田さんへ激励文

携帯電話基地局の撤去を求めて裁判を行う九州の原告を支援する「中継塔問題を考える九州ネットワーク」が塩田さん一家へ、ウォークの激励文を送ってくださいました。

----- 実杜ちゃん・塩田さん・長野県の支援の皆さん------

私たちは皆さんの今回のNTTドコモへの抗議ウオークに驚嘆しています。この思い切った、しかし果敢な行動を思いつかれる心境について、私たちも同じであり、理解できます。

九州では、KDDIが大勢のガードマンを雇って、説明を求める住民を暴力的に排除して基地局を建てました。また、基地局による健康被害を訴える住民を全く無視しています。

NTTドコモは説明を求める住民を工事妨害にでっち上げ、裁判所に工事妨害禁止命令を出させて基地局を建てました。

私たちはこのような携帯電話企業の住民無視と卑劣な基地局建設のやり方を、今後とも絶対に許しません。

携帯電話企業が反省するまで、共に闘いましょう

皆さんの勇気ある闘いを全面的に支持します。一番暑い最中でもあります。くれぐれも健康に留意し頑張って下さい。ご成功を祈念いたします。

2010年8月12日

中継塔問題を考える九州ネットワーク

九州中継塔訴訟原告団連絡会

代表世話人 中原節子

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基地局撤去を求める賛同団体募集 

「伊那谷の環境と健康を守る会」がNTTドコモに対し、基地局の撤去を求める内容証明を送りました。この主旨に賛同してくださる賛同団体を募集しております。賛同してくださる団体はvoc-emfアットマークmbn.nifty.comへご連絡ください。(「アットマーク」を@にして送信してください)

PDFダウンロード

基地局稼働後、体調が悪化 

ドコモ基地局は26日から稼働を開始し、塩田さん一家にも症状が出始めています。実杜ちゃんは空咳が出るようになり、三枝子さんは体が重く、胸の痛みがあります。永さんは、寝込んでいます。

塩田さんたちは、安全な食材を使って天然酵母パンを焼き、営業してきましたが(詳細はhttp://noraya.net/)、ドコモ問題の対応に追われて、先月からほとんど仕事ができずにいます。さらに、体調不良が追い打ちをかけている状態です。

ーーー ーー塩田さんからのメッセージ-----------------------

皆様へ

NTTドコモのF氏は、私たちの要請に対して「(塩田家に)電波は届かない」と説明会で断言してきました。ただし、「個人には文書は出せない」と言われ、文書での確認を頂くことはできませんでした。5月中旬、複数の地域住民からも同様に「電波は届かない」という話を聞いています。他にも同じ話を聞かれた方がいると思います。

7月26日から基地局の稼働が始まりましたが、7月30日午前11時、友人が所持するドコモのケータイは、「圏内」になっていました。私たちは、「圏外パン屋」ということで経営しています。経営上重大な問題です。

また、基地局に一番近い所に住む女性(60代)は乳がんです。今までご自分で健康管理の努力をし、本人が言わなければわからないほど明るく元気そうに見えます。

ところが、電波が出始めると、今まで収まっていた胸の痛みがおき、今までになかった肩の痛みで手があがらないほどになってしまいました。「ドコモの説明会では『安全性は確立された』と聞いていて、電磁波過敏症の人だけの問題だと思っていたけれど、本当に体に悪いと実感した。今すぐ、電波を止めてほしい」と切実です。

すぐに電波を止めるよう、ドコモへの電話をよろしくお願いします。乳がんの女性も多くの方からの電話をお願いしますと言っておられます。

NTTドコモ本社

無線アクセスネットワーク 03-5156-1111

     〃       03-3761-1236

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これまでの経緯

長野県に住む塩田永さん一家は、1999年に、自宅から約250mのところにNTTドコモの基地局が建ってから、一家4人全員に、目の奥の痛み、吐き気、めまい、かゆみなどの症状が現れました。また,植物にも異変が現れるようになりました。

電磁波の少ない場所を探して2004年に転居すると症状は大きく改善しましたが、2010年5月、移転先にもドコモ基地局の建設計画が浮上しました。

塩田永さんと、娘の実杜ちゃんは、自宅から500mをケータイ圏外にすることを求める署名を集め、7月5日にNTTドコモ本社を訪れて提出しました。永さんの要請署名には約1540筆、実杜ちゃんの要請署名には1週間で約817筆の署名が集まりました。

電磁波過敏症であることや、すでに一度、転居を余儀なくされていることなどを伝え、圏外をお願いしましたが、8日後の7月13日に設置されてしまいました。

コンプライアンス委員会に届かない要請書

実杜ちゃんの要請文は、ドコモの社長と、コンプライアンス推進委員会の委員長宛になっていましたが、後日、確認するとコンプライアンス推進委員会には届いておらず、担当者の手元に戻っていることがわかりました。

コンプライアンス推進委員会とは、法令や倫理の遵守に関わる部署で、ドコモのコンプライアンス指針には、次のように書かれています。

第1条「私たちはあらゆる法規とその精神を順守し、高い倫理観をもって行動します」

第5条「私たちは国内外の幅広いステークホルダーに、企業情報を適時・適格に開示し、透明性を高めます」

第7条「私たちは国際社会の一員であることを常に意識し、良き企業市民として積極的に社会活動に取り組むとともに、安心・安全な社会の実現に貢献します」(「NTTドコモグループ倫理指針」より)

ドコモの基地局ができてから電磁波過敏症になって転居したのに、新しい家の側はせめて圏外にしてほしいという切実な願いを無視し、基地局設置を強行するのはコンプライアンスに違反するのではないでしょうか。

心をもって命にかえろうウォーク

塩田さん一家は、8月に長野を出発し、東京のドコモ本社まで約215kmを歩く「心をもって命にかえろうウォーク」 を行います。

ウォーク概要ダウンロード

8月13 日に長野を出発し、23日にドコモ本社へ行き、要請文をコンプライアンス推進委員会へ届けるよう求めます。

ウォークに参加される方は塩田さんへご連絡ください。

関連記事

ウォーク支援者の皆様へ

PDFダウンロード

電話FAX0265-94-3618

e-mail: infoアットマークnoraya.net

(アットマークを@に変換して送信してください)

なお、署名は8月いっぱい集めますので、ご協力をよろしくお願いします。

永さん署名ダウンロード

実杜ちゃん署名

ウォークの模様はこのホームページでも紹介していきます。

田さんへの応援メッセージ募集しています。下記までお送りください。 e-mail

   

応援メッセージとウォークの感想 

今までいろんなピースウォークに参加し、少しだけ歩いた経験がある。

今回は、長野県高遠に住むのらやさん(編注:野良屋は塩田さんが営むパン屋さん)達が「ケータイ圏外を取り戻すためのウォーク」のためはるばる歩いてやってくるので、何かサポートしなくてはと思っていた。 

8月14日(土)の午後、小淵沢の蔵屋で集合をし、17日(火)大月の先の梁川駅でのらやさん2人を拾い、山中湖にある山小屋に泊まってもらった。その晩、富士宮からアメリカ人パトリシアさんも合流した。翌朝、5人で梁川駅まで戻り、次の四方津駅までウォークに参加した。(かみさんは車で伴走)歩き始める前に、みんなで手をつなぎ祈りがある。とてもピースフルで、スピリチュアルなひとときである。せまい甲州街道を車に気をつけながら、時に唄を歌いながら、「ウォークインビューティー」「レサムピリリ」、、、

電磁波過敏症で細身の2人から想像もできないぐらいのパワーがある。「愛」ゆえの力なのか? 猛暑の中、怒りの行進ではなく、正に非暴力の行進である。久々のほんの少しのウォークから、とてもいろんな事を教えてもらった。

聖なる空間、誰のものでもない、空、大地、水を汚している。「便利で早くて安い」を追い求め続けた結果、目に見えないモンスター、電磁波、放射能、農薬、、、(みんな弱い者は、次々と排除され、強い者、鈍感な者だけが、生き残る世界になるのか?)私たちの暮らしの在り方をも問い直すためのウォークであった。

のらやさん、ありがとう。ごくろうさま。                                        蔵屋グリーンズ 青柳 8月25日  

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23日、わたしは、朝5時半に「伊那谷の環境と健康を守る会」のメンバーと一緒に伊那を出発し、東京に行ってきました。

ドコモ本社がある山王パークタワービルの一階入り口でドコモの社員の方が出迎えてくれましたが、肝心な話をする27階の部屋へは、塩田さん一家と他一名しか入れないというのです。

三枝子さんは、守る会のメンバーだけは同席させてくれと、土下座をして静かに頼み続け、ドコモの職員は「塩田さま、どうかお立ちください。我々にも事情というものがあります」と言い続けました。三枝子さんがひざをついてお願いしたビル入り口の石畳表面は、目玉焼きができるほどの暑さでした。

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その長いやりとりのうち、せめて3人のメンバーを同席させましょう、ただし発言は控えることという条件で、他の会員二名と私が塩田さん一家と27階の部屋へと上がりましたが前半のやりとりをしている間に、ドコモ側が用意した部屋を使ってよい時間が残り10分になっていたのです。

その小さな部屋での対応は、決して誠実なものではありませんでした。静かにはっきりした言葉で話をしていた三枝子さんもついに泣き出してしまいました。

どんなやりとりがあったのか、続きの報告をしたいと思います。

倉田かおる

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東京のオアシスの井の頭公園や川沿いを、皆さんといろいろ話しながら、歩いた時間、良かったです。改めて、日ごろ、たーっぷり時間をかけて、人の話を聞いたり話したりする時間ってなかったと気づきました。

代々木公園でホームレスの方がいるテント村で物々交換カフェを、やっている青年とお茶した木陰の和やかな時間も良かったです。三枝子さんが言うように、怒りのウォークではなく、心がつながるウォークの時間でした。

しかし、原宿の雑踏の中で、塩田父ちゃんの具合が見る見る悪くなり、見えない電磁波の存在を実感しました。

そして、ドコモ本社前で、ウサギの耳をつけてウォークのくたびれた格好のまま土下座する三枝子さんと、聴く耳のない社員の男の姿が、今も私の目に焼きついています。

この溝、このギャップ、心がつながるなんて事が、あるのだろうか・・・切ない気分でした。

鈴木真美

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塩田さん お身体は大丈夫ですか?いよいよ町並みに入りそうで心配です。

塩田さんたちは基地局が建設され電波が発信されたために今の場所に住み続けられない状況に追い込まれてしまいましたが、冷静に考えると、塩田さん、ドコモの担当者の方、総務省の担当課の方、工事を請け負う方、皆さんが、椅子取りゲームのようにたまたまその椅子に座らされてしまったように感じます。

本当はみんなで集まってどうしたらいいのか共に知恵を出し合えれば、いい方法を探せるのに、どうしてそれが出来ないのでしょう?

佐藤千鶴子

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塩田さんご一家の頑張りに心から敬意を表します。この炎天下の中、また体調が優れないにもかかわらず、220キロメートル余りのウォークを完遂されたことは電磁波問題の解決に取り組んでいる全国の多くの人たちに、大きな声を上げることの勇気と諦めてはならない忍耐とそしてひたむきな気持ちの必要性を教えてくれました。

私達も塩田さんご家族とこのウォークに関わりあった人たちの想いを受け継いで、裁判の勝訴に向けて頑張ります。塩田さん、本当にありがとうございました。

 2010年8月24日

 宮崎県延岡市 延岡大貫訴訟  原告代表 岡田澄太

(編注:延岡大貫訴訟とは→KDDI地局設置後、周辺で体調不良尾訴える住民が増え、全国で初めて健康被害を理由として基地局撤去を求めている訴訟です)

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毎日のウォーク御苦労様です。山の中のウォークは、写真で拝見していても風を感じます。

しかしながらこの暑さのの中、着々と歩みを進めているお姿に感動いたします。いつもこの行動に、自分自身の在り方も問われています。そしてすべての人々の在りようを、問うているのだと感じます。

後半疲れが出ぬ様、頑張って下さい。会のメンバー皆で応援しています。

2010年8月18日

携帯基地局問題を知らせる会

代表:新城明美、 事務局長:戸谷真理子

顧問:中原節子 山路須美子 新城哲治

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山の中の緑したたる道は、涼しげでちょっとだけ安心しました。

少し前からメ ーリングリストや友人たちのサイトなどから知り、なんとかできないものか、心配だけどなにもできずにいましたが、いよいよウォークが始まって、ドコモへ訴えに東京へ近づいてくることを、今、mixiとtwitterでつぶやきました。

多くの人に知ってもらい、できるだけ応援の声を増やしながら、非情に感じる ドコモの対応を変えてもらいたいと思います。しっかりと、家族と仲間たちが解決に向けて歩みを続けていることは変化を促す何かを生み出すと思います。

まずは知らせる事しかできません。歩きに行ければ いいんだけど。国立は近いし、明治神宮の日もチャンスかなぁ…お会いできたらご挨拶します。

8/18 星川 まり

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この猛暑の中での頑張りに驚きながら、九州のみんなも塩田さんのテクテク応援しています。

ファックスニュースとメールニュースで会員に知らせ、みんなで実杜ちゃん署名に取り組んでいます。

毎日の三枝子さんの報告も、会員にのウェブを紹介し、みんなで歩いているつもりで、みんなに伝え署名を集めようと呼びかけています。

暑い中ですが、十分な水分補給で頑張って下さい。

2010年8月16日

中継塔問題を考える九州ネットワーク

事務局長 宮嵜周

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塩田さんご一家の「ウォーク」出発されているのですね。暑い時期なので体調に気をつけていただいて怪我もなく無事に願いが届けられますようにお祈り申し上げます。 

これ以上の環境破壊も望みません。平和な時代なのに悲しいニュースの多い現代人として原点に戻って思いやりのある世の中にしたいですね。

子供に「自分にされて嫌なことは、人にもしてはいけない」って言い続けています。シンプルなこのことが、一番大切なことだと思っています(^^)

人にも自然にも謙虚な気持ちで生きていきたいと思います。自分を省みるきっかけにもなりました。

塩田さんご一家、一緒にウォークされている方々の無事をお祈りしています。

田村 智恵子

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塩田さんが2004年まで住んでいた家。山頂にNTTドコモ基地局がある。

8/14「蔵や」で交流会を開催しました。

参加した方の感想をご紹介します。

----参加者の声 1 ------------

今日、僕は、「蔵や」さんで、電磁波ウォークのミーティングに参加させていただきました。その中で、携帯基地局の影響で人間や植物に深刻な被害があるという話を聞きました。

そして、僕はこう想いました。幼いころから“苦しい、つらい”と思っていた悩みは、どんなことでも大人達に相談することで、集まって深く考え、対策を一緒に進めることができるのだと、安心しました。

また僕自身、6歳から『化学物質過敏症(=CS)』の発症が判り、同じ症状のお母さんと、いろんな体験をしてきました。体調だけでなく、精神的にも追い込まれた事もありました。でも、今日のような語り合いを通して僕は、見えない電磁波や、化学物質過敏症で苦しむ子供達に“あきらめないでほしいこと”と、“気持ちをわっかてもらえる大人達が、必ずどこかにいる。”ということを、知っていてもらいたいです。

それとこれから、僕達も安心して生きられる未来のため、その先の子供達のためにも、正しい情報を学んで、みんなと環境を善い方向に変えてゆきたいと思います。今日も本当にありがとうございました。   村本元気(12歳・中1)

---------参加者の声2 ----------

わたしは、電磁波過敏ではありませんが、企画の意志に賛同して参加しました。

ウォークのなかで、基地局の前を早足で通り過ぎるとまた基地局があるという繰り返しに、中継基地局の多さを再認識し、普通道の送電線と一緒に高圧線が流れている事や、その高圧線をねじり一本の線にして流れている所は電磁波の数値がかなり低いことも知りました。参加者の方が測定器で電磁波を測りながら歩いてく ださったので数値の増減と発生源の現場確認のようでもありました。しかし塩田三枝子さんの電磁波に対する体感感度の鋭さは見事なもので、身を守る機能が体に備わっていると考えればむしろ電磁波に過敏なことは困ることばかりではないではとも感じました。

安全性を無視した便利さ、人権を踏みにじりゴマカシ、目の前の利益だけを追求する愚かさ、悲しさ、この現実の中で自分ができることは何かをはっきりとさせ動き始めようと感じたウォークになりました。(あんどう)

—————参加者の声3ーーーー

小淵沢の蔵やグリーンズさんで、小さな交流会をしました。参加者は、今日のウォークで歩いて来た5人と、北杜市に住んでいる人、仕事で来ている人16人。

まず、のらや(編注:野良屋とは、塩田さんが経営している天然酵母パン屋さん)のかあちゃんが書いた「聖なる空間」という詩の朗読。それはのら父ちゃんのお母様の「生は生にあらず、死は死にあらず、選びの空間に住む」という言葉から始まり、目に見えない電磁波で聖なる空間が埋め尽くされていること、そのことで家族の健康が蝕まれてきたこの10年間の、苦しみ、かなしみが淡々と綴られていました。そして今の日本では、それは「科学的には根拠がない」とされてしまうのです。

次に、のら父ちゃんと実杜ちゃんがそれぞれ要請者になっている、2つの署名用紙の文面をみんなで聞き、のらやさんが高遠に引越して石窯パンを始めた経緯、携帯の鉄塔が建ったことでもっと山奥に引っ越さざるを得なくなったこと、引越先でようやくパン焼きも軌道にのりかけてきて2年にして、すぐ近くに鉄塔が建つ計画がもちあがったこと、NTTドコモの企業理念のひとつである「コンプライアンス」「環境と道徳に配慮した経営」に期待をかけて提出した800筆を越える署名も無視され、対話もないままに建設が強行され、電波が発せられはじめたことを聞きました。

その後、みんなでゆっくりと話をしました。携帯がかかってくる前に感じる人が結構いること。畑の隣に鉄塔が建ってからどうもやる気が持続しない感じをもつ参加者もいました。発症してしまった人は、圏外を求めてさらに山奥に行くんだけれど、そこは新たな建設予定地なのだということ。「圏外をなくす」ということが国の数少ない成長産業である携帯会社に依存する今の日本の国是であり、県も市町村も、不感地帯がどこなのかを携帯会社に報告し、それをなくす方向に協力していること・・このままいけば、日本中が圏内になり、のらやさんのように健康を蝕まれる人たちがどんどん増えていくばかりです。いや、発症する人が特殊なのではなく、ビンビン感じる、うすうす感じる、感じにくいという感受性の差があるだけで、電磁波が無害だということはけっしてない、むしろ、電磁波自体は確実にカラダに影響を与えているのだということをあらためてみんなで共有しました。(そのことに気づいているお医者さんもいるのですが、圧力により、診断書を書けないというコワイ現実があるようです・・)

のらやさんがより山奥へと移住したいきさるをこまかく話した中に、自分たちの体調不良を複合的なものととらえ、考えられる原因をひとつずつ抜いていって、これが関係しているのだろうと判断していったというプロセスが語られました。「選びの空間に住む」ということ。自分たちを蝕むものを拒否し、ほんとうに必要なものだけで生きていくことを「選べること」がほんとうの自由なのかれないと思いました。

のらやさんは家族の生存を守るために圏外エリアの確保を求めるだけでなく、電波障害のある人、なくても現代社会に生きて疲れている人のための「楽しい圏外体験計画」を考えていることも話してくれました。山奥のキャンプ場で自然の中にどっぷりつかること、畑で収穫した野菜や石窯で焼いたパンを食べること、じっくりと時間をかけてものを手作りすること・・・そうしたゆったりした時間を過ごせる空間としての「圏外」は「なくすべきもの」ではなくこれから「広げていくべき」ものなのかもしれません。

いずれにしても、電波垂れ流しが加速している今の状況を変えるには、二つのことが必要だなと思いました。ひとつは、電波が無害なものではない、ということが常識になっていくこと。ケータイをやめることができない人が多いのは事実だとしても「便利だけど、使い方によっては害にもなるもの」という認識が広まり、正しい使い方がなされるようになっていけば、こどもたちへの影響は軽減できるはずです。実際に近くの基地局の場所を知っておいて、ケータイを受ける時に自分の脳を電磁波が貫通しない方向で電話を受けるようにする。イアホンを使う。ケータイを入れておくポシェットが卵巣や精巣の近くにないようにする。こどもの枕元にケータイをおかない。「害にもなる」という認識があたりまえになれば気をつけるようになり、保育園や学校、通学路、公共施設は圏外にする、あるいは使い方を配慮するようになるかもしれません。自然保護でいう「グリーンベルト」のように、電磁波過敏の人たちも暮らしていけるよう「圏外区域」が点としてだけでなく、点と点とがつながる回廊のようにしてあるように電波環境を設計することだってできるはずです。技術的にはできるはずのことができないのは、「電磁波は有害ではない」という虚偽の前提の上に、経済優先で動いているからにすぎない。私企業が利潤追求の方向性を変えることがないのだとしたら、みんなが「電磁波は無害ではない」ことを知り、そのことが広まることによってしか、状況は変えていけないでしょう。

もうひとつは「どのような世界になっていってほしいと願うのか」というビジョンをもつことです。自然との共存、多様性を認めること、他者への思いやり・・そうしたものをベースにした社会を思い描き、実現したいと強く望むことがなければ、「電磁波が無害っていうんならまあ、いいんじゃない」ということになってしまいます。「ケイタイさえあれば、人とつながっていられる」と、人と人とのコミュニケーションが強くなっているように錯覚してるような社会風潮がありますが、それは幻想です。そういうことに気づいて、じゃあ、自然と、人と、どうつながっていくのがいいのかな、と自分のアタマや感覚で考えていくことが、必要です。電磁波のことがキッカケとなって、そうしたビジョンをもつに至ることだって、あるかもしれません。「聖なる空間」というのらやさんの言葉にはそうした深みがあります。

自分がそれを選んでないのに、降り注ぐ電磁波を避けられない。これまでの公害は地域限定のことが多かった。化学物質過敏症を発症して田舎へ移住したけれど、そこでは田畑に農薬が使われている、どこに住めばいいのか、まだ安住の地が見つかっていない、というご夫婦も参加されていました。電磁過敏症の場合もそう。圏外が囲い込まれ、つぶされていく動きの中で、田畑すらない山奥でも、空間を電波が埋め尽くしています。のらやさんのウォークの途上で出会う人ひとりひとりは「ほんとうにそれでいいのかな・・」と考え始めると思います。

そんなきっかけの種まきをしながら歩いているのらやさん夫婦。「このウォークは、結婚20周年のとうちゃんとの記念旅行」とかあちゃんは言ってましたが、これからどんどん電磁波の強い東京方面へと歩いて行くので、ふたりの健康のことも、とても心配です。それでも「受け入れてくれる人、出会う人が分かってくれることが、電磁波のダメージよりも大きいよろこび」とのらかあちゃんは言います。

日本山妙法寺のお坊さんがのらやさんに送った手紙には、「電磁波」を「伝慈波」と読み替えてあったそうです。「伝慈波」の波がひたひたと、ひとりひとりの心に伝わっていきますように!

(北杜市高根町/持留ヨハナ)

—————参加者の声4ーーーーー

今のような暮らしをするようになるまでに、大きな影響を受けたひと、もの、ことがいくつかありますが、「気」を入れられる分しか作らないという野良やさんのパン(と、そこで見かけた元気いっぱいの子供たち)も、間違いなくその中に入ります。だから本当は一緒に歩きたかったのですが、事情でウォークには参加できず、蔵屋グリーンズさんでの交流会のみの参加となりました。失礼ながら、パンと子供たちの印象があまりに強すぎて記憶があやふやになってしまっていたのですが、おそらく10年ぶりにお会いした「野良父さん」と「野良母さん」は、やはりとても素敵な方たちでした。

思い返せば、電磁波というものについて考えるようになったのは、野良やさん一家が引っ越さざるを得なくなった経緯を知り、あの子供たちがなんでそんな目に、、、とショックを受けたのがきっかけでした。今日の集まりでも、近年知り合った化学物質過敏症の元気くんが書いたイラストを見る機会があり、彼が今までくぐり抜けてきた苦難について初めて詳しく知ることができました。

もちろん、今日の午後は、電磁波に関する今まで知らなかった知識や、化学物質&電磁波過敏症の現状や、『聖なる空間』という考え方などを知る有意義な場であったのですが、それ以上に、今自分のそばにいるひとが理不尽な苦しみを味わっているということを肌で感じ、その痛みを多少なりとも自分のものとして共感することのできる貴重なひとときでした。

そして、有象無象の情報があふれるこの世の中で、最後に頼りになるのは、実はそういう直接的で個人的なコミュニケーションに裏打ちされた直感だったりするのではないかと思ったのでした。利潤の追求に終始する企業にも、頼りにならない国や市町村にも、圧力に屈して真実を伝えない大メディアにも多くを期待できないとすれば、希望は「ひと」と「ひと」とのつながりにしかないのかもしれない。企業であれ国であれメディアであれ、その中にいるのはそもそも「ひと」であるわけだし。

電磁波が決して無害なものとは言えない、という認識をたくさんのひとが共有できれば、そこから何かが変わるかも、、、自分ができることとして、まず知ること、そしてできるだけ多くのひとに、なるべく自分の言葉で、伝えていきたいと思っています。

(北杜市白州町/関麻実子)

---------参加者の声5ーーーーーー

お話をお伺いし、症状の激しさは想像以上でした。その上でこんなことを言っては失礼かもしれないけれど、でもこれはもしかしたら「優れた能力のひとつ」という見方もできる、という思いが頭に浮かびました。化学物質過敏症にしてもそうですが、鈍な私と違って、それらを感じることが出来る人はそれらを避けることもできるわけで、感じることさえできない我々は無防備で暴露され続けているわけです。あるいは特殊な波長や振動数の電磁波を感じることが出来る人は、たとえば放射線のような普通のヒトにはその場では感じることのできない有害な電磁波を感じることが出来る可能性が高いとも言えると思います。放射線は目に見えないわけですが、敏感に感じられる人はどこに逃げたら少ないかを判断できる可能性があるということでもあります。

最近特に「(生物の)種の多様性」が注目を浴びています。でも、その種が絶えることなく生き延びるためには「個の多様性」が必要で、その方がもっと大切なのではないか?と思えることが、自然の中で生きものたちを観察しながら暮らしていると多くあります。たとえ少数派であっても、多様な個を守り、そしてそうした少数派を思いやることのできる社会が身近にあると住んでいても気持ちがいいし、このあたりだけでなく早く地球全体ががそうなって欲しいと強く思いました。

電磁波過敏症の人は、たとえ携帯電話の電波の届かない地域に引越ししたとしても、またいつこの地に電波塔が立つか怯えながら暮らしているとのことでした。企業の側にほんのちょっと、そうしたひとたちのことを思いやる気持ちがあれば、携帯電話の電波の届かないそうした人たちの住むことのできる地域を作ることは可能なはずです。塩田さんが住まわれている近くの集落のお年寄りたちの他人を思いやる気持ち、感動的でした。人口密度が高く、毎日競争社会の中で暮らしている都会の企業に勤める人に、どうしたらこの気持ちを届けることができるのだろうか……?

(北杜市白州町/わたなべあきひこ)

item13

8/12、「圏外だった」道を歩くウォーク参加者たち。