箱根火山では2001年6月12日から群発地震が観測されました。
・ 気象庁による発表(2001年8月7日)
・ 1917年1月の群発地震
気象庁が箱根の地震・地殻変動について報道発表を行った(午後4時)。なお、以下の文章はHP上に掲載されているPDFファイルのテキストを打ち直したものである。
報 道 発 表 資 料
平成13年8月7日
気 象 庁
箱根付近では、微小な地震・地殻活動が見られますが、現時点では噴火に結びつくとは考えていません。
1. 国土地理院のGPS観測によると、箱根付近では6月下旬頃から、小さな伸びが観測されています。また、同時期に、神奈川県温泉地学研究所の傾斜計、および気象庁湯河原の堆積ひずみ系にも小さな変化が観測されていますが、噴気地帯の噴気などの表面活動に変化は見られません。
2. 箱根山では、6月12日頃から地下浅部を震源とする微小な地震活動が継続しています。この地域では、過去に、数ヶ月程度続く地震活動など、しばしば地震の多発が見られますが、噴火が発生したことはありません。今回の活動において火山性微動などは観測されていません。
3. このようなことから、現地点では噴火に結びつくとは考えていません。
4. なお、今後観測データの蓄積を待ち、国土地理院や大学等の関係機関と連携して、これら地殻観測データの変化の原因について詳細な検討を行うこととしております。
気象庁この報道資料のもと
天明6(1786)年の箱根での群発地震の記録(後見草)以降初めての記録である。クライマックスは1月30日夕刻〜1月31日朝であるが、2週間ほど前から前兆現象らしいものが観測された。鳴動は中央火口丘地域に限られ、湯本では地震を感じるのみであった。地震を感じた地域は東が国府津、西が駿東郡東部、南が熱海・三島・沼津、北は足柄上郡神縄。横浜では無感で地震計の記録があるのみである。大正9年の群発地震に比べると地震の回数が極めて多く、縦揺れ成分が卓越していたようである。建物などへの被害は無かった模様である。
クロノロジー
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日付 |
観測事項 |
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1月17日 |
小涌谷開花亭の蒸気採取用の隧道中で、異響。28日頃からは孔外でも、ものを落とすような音が聞こえたという。 |
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1月24日 |
午後6時頃から9時頃まで、姥子で弱震6回、強震1回。以後日々数回の鳴動。 |
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1月29日 |
昼間に時々、強羅でズシーンズシーンと大砲のような音を聞く。 |
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1月30日 |
午前1時頃より、湯ノ花沢で鳴動が観測された模様。 |
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1月31日 |
午前0時40分頃、強く感じる鳴動。元箱根、宮ノ下、宮城野では時計が止まることもあった。以後次第に鳴動が軽減。 |
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2月1日 |
鳴動は少なかった。 |
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2月2日 |
やや鳴動が頻繁になり、やや強いものもあった。同夜には数は少なく、鳴動も小さくなった。 |
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2月3日 |
沈静化する。 |
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2月6日 |
このころ鳴動が増加するが、すぐに衰えて沈静化した。 |
姥子での地震の数
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日付 |
時間 |
回数 |
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1月30日 |
午後6時〜夜半 |
140回 |
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1月31日 |
午前0時〜午前5時48分 |
98回 |
姥子での強い地震
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日付 |
時刻 |
記事 |
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1月30日 |
午後11時36分 |
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午後11時40分 |
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1月30日 |
午前1時34分 |
特に強い。 |
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午前4時30分 |
特に強い。 |
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午前4時45分 |
特に強い。 |
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午前9時34分 |
最強。「身体は正に投出されんかと思はれたり |
1917(大正6)年の群発に比べ、前兆現象が顕著でないこと、元箱根など中央火口丘南部地域の揺れが強かったこと、地震の回数がすくなく、鳴動も非常に小さいものの揺れた範囲が広く、建物に被害が生じるなど揺れが遙かに強いことなどの特徴がある。
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年 |
月日 |
記事 |
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1920(大正9)年 |
12月26日 |
午前1時40分、箱根町で弱震。 |
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12月27日 |
午前8時44分、箱根町で弱震。 |
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12月28〜31日 |
毎日、数回の地震。 |
群発地震は1935(昭和10)年1月にクライマックスを迎えるが、1933〜1935年の異常は群発地震よりも中央火口丘のかなり広い地域における地熱現象の出現に特異性がある。噴気地帯における異常現象はもちろん、噴気地帯以外でも噴気地帯の出現や地温の上昇、それら地温異常に伴う樹木の枯死が報告されていることは注目に値する。
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年 |
月日 |
記事 |
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1933(昭和8)年 |
2月 |
大涌谷閻魔台の地獄が閉塞し始める。噴気地帯は北西に100m移動し、著しく弱くなる。姥子温泉の湧出量が減少するが、泉温は1度ほど上昇し、39度となる。 |
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5月11日 |
箱根大涌谷において箱根温泉供給が造成タンクを作る工事をしていたところ小規模ではあったが水蒸気爆発が発生し、逃げ遅れた1名が高温の土砂に埋まり死亡する事故が発生した。この事故は噴気孔を塞いだために発生した事故で、火山活動の活発化によるものではないと考えられる。 |
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1934(昭和9)年 |
1月 |
姥子温泉に向かう神山の尾根のところどころに噴気。尾根と湖尻道路の交わるところの上方では檜林が数丁枯死する。 |
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4月 |
姥子で地震4回。 |
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春になって判明か? |
台ヶ嶽北麓、早雲山北麓、小涌谷〜箱根町県境で檜柏類が枯死する。竹類も部分的に枯死する。 |
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5月 |
県水産試験所仙石原孵化場の導水溝南側の地温が著しく上昇する。 |
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6月25日 |
硫黄山南西崖上で、長径4m、短径2.5mの楕円形の噴気孔が新出。噴泥が1mに及ぶ痕跡があり(8月25日の温度測定で91度)。 |
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8月中旬 |
姥子温泉の湧出口の上方30mにある水井戸の温度が上昇し、白濁する。 |
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9月15日 |
午前11時45分ごろ大涌谷で地震。閻魔台で地鳴りを聞く。 |
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9月24日 |
鳴動2回。 |
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10月10日 |
箱根山測候所(海の平)で硫黄臭を観測。 |
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10月頃 |
閻魔台上方の道路面で6個の新噴気孔。 |
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12月中旬 |
姥子で一日20回程度の地震が観測されるようになる日が出てくるようになる。 |
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12月下旬 |
冠ヶ岳頂上の地面よりわずかながらも湯気が立つようになったという。 |
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1935(昭和10)年 |
1月8〜9日 |
大涌谷閻魔台の噴気が勢いを増し、北に移動。硫黄山付近の地温が上昇 |
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1月 |
姥子温泉で有感地震が激増。22回。 |
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1月26日 |
午後11時45分、姥子で地震の際にドロドロという地鳴りを初めて感じ、その後30日に1回、31日に6回、地鳴りを感じるようになる。 |
1953年7月26日、箱根早雲山において地滑りが発生し、死者10名負傷者16名を出した。これは長雨により、噴気地帯の温泉余土が不安定化して最終的に崩壊したものと考えられる。一方で、事故直後には火山活動に関連するという見方もあった。
岸上・小坂論文
on 千葉達郎さんのページ
1972年10月13日、大涌谷駐車場で工事中に作業員が死亡。穴の中で作業をしていたが、穴の中にたまったガスによって窒息したものと考えられる。