|
【阪神淡路大震災】 6,400名を超える多くの命が失われた阪神淡路大震災から10年が過ぎようとしています。先に亡くなられた方へご冥福をお祈り申し上げます。 震災発生時、名古屋でも大変大きな揺れを感じました。震源地がどこなのか、被害が発生しているのかと、直ぐにテレビ、ラジオの電源を入れるも何も情報が入ってきませんでした。しばらくして、テレビのテロップが阪神地方を震源とした地震が発生したと、非常に簡単なメッセージを流し始めました。 その日は、東京で開かれる仕事上の展示会前日であり、Voyagerは早朝の新幹線で東京に向かう予定でした。そろそろ起きなければと布団の中で思っていたら、突如、ドシン、ドシン!ド、ド、ドシンと大変大きな直下型の揺れが発生。地震そのものへの恐怖と経済的な恐怖が同時に襲ってきました。なぜなら、我が家は半月前に新築がなり、引越しをしたばかりだったからです。登記、転居届けも済ませていませんでした。まだ、建築費についても1銭も支払っていません。新築の家屋が2週間で廃墟になるなんて冗談じゃありません。 名古屋駅に着くと、既に新幹線の改札は混乱を生じていました。名古屋から西への新幹線はすべて不通となり、名古屋車掌区にある新幹線車輌の準備が出来次第、順次、東京方面に出発させるとアナウンスされています。グリーン席以外はすべて自由席とのこと。東京から名古屋への下り列車については、東京で聞いてくれとのことです。どうも、ただごとではなさそう。 もう記憶が曖昧いになってしまいましたが、名古屋駅で張り紙かアナウンス等で火災が数件発生していて、不幸にも亡くなられた方が十数名出ているらしいことを知りました。その後、この非情な数字は新幹線車内のテロップ、東京駅での張り紙、海浜幕張駅の張り紙、展示会場でのアナウンスと時間が経過していく度に大きくなっていきました。海浜幕張駅での張り紙には死者200人と書かれていた記憶があります。大きくなる数を聞くたびに暗澹たる気分になったものです。 同時に関西方面の同僚の顔が頭を過ぎりました。彼らは大丈夫であろうか。その後にそれぞれの無事が確認された時は本当にホッとしたものでした。 【東海大水害】 00年9月11日から12日に東海地方を突如襲った大雨は100年に1度という、すさまじい大豪雨でした。名古屋市で降水量562ミリ。これは年間降水量の1/3に相当する雨量だったそうです。この災害でも10名もの命が失われ、浸水家屋は6万を超えました。 ちょうど、Voyagerは車で勤務先から名古屋駅経由で自宅へ帰る途中でした。会社を出る時に「すごい雨だなぁ〜。」と同僚と車中で話しながら駅に向かいました。だんだんと水嵩が増し、同僚を駅で降ろした頃から、状況が突如変わってきました。駅周辺ではマフラーの排気管から水が入り、立ち往生している車が随所に止まっているではないですか。Voyagerは車を止めないように、ギアを「L」に、アクセルは軽く踏みっぱなしの状態で道路を蛇のように縫って走りました。 途中の幹線道路(片側5車線)は歩道と車道の境界がまったくわからない状態で、中央分離帯の樹木が道路の真ん中でポツンと顔を出しているだけです。中央分離帯に近いところを選んで走りましたが、家に帰るには、当然、ところどころで曲がらなければいけません。川の流れならぬ道路の流れに逆らってクルマの進行方向を変えるときには水の抵抗を感じ、まるで船を操縦しているようでした。途中、馬鹿でかい四駆が真横をス〜と通っていきます。三菱のパ何とかという車です。あの、意味もなくデカイやつ!何と、その途端、自分の車が浮いた!ステアリングが軽い!もう、「ぞ〜。」でした。「何、すんじゃ〜!」それ以来、三菱車は大嫌いだぁ! だんだんと恐怖を感じるようになり、脇道の住宅道路に入ろうとしました。しかし、そこはもっと恐ろしい状況でした。道路ならぬ川面が濁流渦巻き、白い水しぶきを上げています。慌てて戻るしかありませんでした。運転しながら、逃げる準備もしないといけないと思い助手席の窓を全開にしました。当然、土砂降りの雨の中でしたが、社用車なので濡れようがどうなろうと、知ったこっちゃありません。自分の身が一番。幸い自宅は幹線道路に近い場所にあるので、何とか無事に帰宅できましが、よくエンジンストップしなかったなぁと思います。あ〜、怖かった〜。 帰宅後、途中で降ろした同僚が気になり、何度も何度も携帯電話で呼びましたが、同僚の携帯電話はまったく繋がりませんでした。局地的な災害でも役に立たなくなってしまう携帯電話では地震等の広域災害時にはまったく役に立たないことを身を持って経験しました。阪神淡路大震災の教訓がまったく生かされていないようです。それとも、技術が付いていけないのか、いずれにしても役立たずの携帯電話!
翌々日の新聞には堤防が決壊し水没した地域や水没した市バスの写真が掲載されていました。水害というと、山間部や河川下流域だけの問題かと思っていましたが、都市部での水害も恐ろしい。 また、後日の新聞には見舞金ドロやサラ金の違法電柱広告の記事が出ていました。そういえば、阪神淡路大震災の時もコンビニおにぎりとお茶を\3,000で売りに歩いた輩がいたとことが報道されていました。まったく、よくやるよなぁ〜と思います。何なのかなぁ〜。 【防災対策】 幸いにも直接的な経験をせずに済んだ阪神淡路大震災でしたが、その間接的な経験からその後の生活スタイルにも諸々の変化が生じました。また、各種の防災用品も、思いつく度に買い揃えていきました。
【捨てるぞぉ〜】 最初に、室内から不要な物をすべて捨て去りました。物があるから、倒れるんだ、飛んでくるんだと。物がなければ倒れもしないし、飛んできもしません。地震対策は「安全空間」の確保から。結構な量があったんですが防災第一を考え、気持ちよく廃棄。不思議にも捨てると決めた物が増えれば増えるほど生存係数?が増えたような気分になるから不思議。
【家具】
家族の寝る部屋には大型家具を置かないのが鉄則のようです。小型家具にも倒れんゾーを下にかませて転倒防止。寝ている間に家具の下敷きになったんじゃ〜たまりません。
【押入れ&物入れ】
とりあえず、家具転倒による混乱と怪我は避けられそうです。(・・・たぶん。)家がつぶれちゃったら、家具の固定も何も意味なさないですが、しないよりはした方がマシというものでしょう。 【ライフライン】 ライフラインは水、ガス、電気に分けられますが、いずれも何日分準備するかによって対応が違ってきます。巷では3日間の準備をと呼びかけられていますが、中京地区が被災した場合、被災範囲と被災人口は阪神淡路の比ではないでしょう。とりあえず、1週間、不自由ながらも生活できるように準備することに。 最高の対応は井戸、発電機、プロパンがあれば問題なし、でも、今更、井戸を掘ることもできません。発電機も大げさすぎるような、都市ガスの供給エリアに住んでいてプロパンも現実的ではありません。備蓄ならぬ微蓄で対応するしかなさそう。 水は飲料水、生活用水に分けて考え、飲料水は3L/人/日×5人×7日=105L、生活用水も洗顔、トイレ他と10L/人/日×5人×7日=350L。飲料水は新たに準備し、生活用水は浴槽の水を中心に何とか確保できそうです。ただ、風呂に入り終わったら、直ぐに新しい水と入れ替えなければなりません。冬は寒そぅ〜、面どっちぃいなぁ〜。トイレ1回分に必要な水はバケツ2杯分と聞いたことがあります。寒くても、がんばって、水を入替えるしかなさそう。 浴槽の水(250L)とポリタンク×4個(80L)他で何とか生活用水を約350L確保。
ガス、これは卓上用ガスボンベで賄うしかなさそうです。2本/日×7日=14本、3本パックを5個用意すればOK。 電気、これも諦めるしかなさそうです。現実的には小型発電機を購入しても置いておく場所の確保すら難しいです。乾電池の備蓄で対応するしかなさそうです。後述の乾電池アダプターを使うことにして、用意する乾電池はすべて単三型に統一。ついでに、DC12V(クルマ)→AC100のコンバーターもクルマのトランクに入れておきました。容量が150Wと心もとないのが気がかりです。携帯電話充電器(単三乾電池用)は買っておきました。 【食料】
【試食】 10年前に準備した非常食を捨てるのももったいないと思い、無謀な気もしましたが非常食の試食をしてみました。賞味期限を5年も過ぎたものや発酵でパッケージが変形したものなど様々ですが、やはり、食べられるもの、食べられないものがでてきました。 【防災グッズ】 ネットや防災に関する書籍で多くが語られているので、今更、Voyagerが書くこともないのですが、ちょっとしたアイデアや日常生活に負担にならないことを少々紹介させていただきます。
【職場】
【帰宅難民ウォーク】 職場で被災したら、まぁ、確率的にはペッチャンコの即死なんでしょうが、悪運強く生き残った場合を想定して、職場から自宅まで歩いて帰りました。約4km、徒歩で50分の距離です。条件的には非常に恵まれています。それでも、スーツ姿に革靴、結構しんどかった!実際に歩いてみて大正解!。片側3車線以上の大通りを選んで歩いたり、倒壊しそうなビルを見つけられたり、中央分離帯を歩いたりと、思わぬ経験と発見がありました。公衆電話とコンビニの所在も2、3件確認しておきました。夜間の帰宅には懐中電灯は必須です。また、革靴はダメ。たかが4kmとはいえ、運動靴に履き替えた方が良さそうです。もちろん、この帰宅経路は家族に連絡済。 【アマチュア無線】
技術の進歩とともに人間の手も小さくなるわけじゃあるまいし。メーカーさん、何か勘違いしてませんか。あんたらの手は年々小さくなっているのか。見てみたいなぁ〜。バッテリーもリチウム型が大半、これじゃ、商用電源が途絶えたら基地局と同じでクローズです。 あんたらの手は年々小さくなるのかぁ〜と言う雑言も程々にしておいて、防災をお題目に、遊べるハンディー機を2つ買いました。操作が簡単、VHF/UHF両用、乾電池が使える機種ということで、バーテックスタンダード社のFT-60に決めました。乾電池が使える機種は他にもあったんですが、乾電池使用時の出力が1.5W程度だったり、ひどい機種になると0.3Wと非常に低くなるものが多いようです。自宅と指定避難所の距離を考えると、どうしても2〜3Wは欲しいところです。最近のハンディー機の中では大きな図体をしていますが、10年前のハンディーと比べれば、とても小さく感じ、そんなに気になりません。
アルカリ電池では直ぐに消耗してしまうので、ニッケル水素電池と充電器を買い足ししました。普段、無線機を使うのは年に数回とはいえ、アルカリ電池代も馬鹿になりませんでした。災害時にはクルマさえあれば、DC-ACコンバーターを介して繰り返し使えるます。 (06年2月4日) 【何なのかなぁ〜】 結構、真剣に地震対策を考え、実行しましたが、本当に大地震くるんかなぁ〜、と言うのが素朴な感想です。これだけ、マジに備えていても、外出中に被災しちゃうこともあるし、交通事故や火事でポックリ死じまっちゃあ、何かしっくりこないと思うのは真剣身がないからか・・・。 (04年10月20日) 【新潟県中越地震】
残念ながら、この地震で30年前に田中角栄がせっせと利権誘導して作った道路も崩壊してしまったようです。もう一度、Voyagerも地震対策について総点検してみなければ・・・。震度7の激震には、生半可な対策では役に立ちそうにもないと感じました。家財の転倒防止対策を施していても新潟のようになってしまうのか、あるいは、一般的に新潟の各家庭では防災意識が低かったのか。非常に気になるところです。 避難所を写したテレビ報道では、非常持出袋の類は確認できませんでした。突然の激震で非常持出袋さえ、持ち出す余裕がなかった被災者も数多くあったようです。地震体験車で震度6強の揺れを疑似体験したVoyagerですが、机の下でじっとしているのが精一杯で、火を消したり、非常持出袋を取り出すことなんて、絶対にできないと感じました。しかし、自動車で避難する余裕があった被災者なら、非常持出袋ぐらい持って出られたと思います。やはり、地震に対する認識と対応が不足していたのでしょうか。一方で、非常持出袋を持って逃げたとしても、今回のように避難生活が長くなると、非常持出袋の有効性にどんな意味があるのかと思ってしまいます。 (04年10月25日) 個人の防災意識とは別に、被災自治体の8割が災害用の食糧、飲料水とも備蓄していませんでした。食糧、水の両方を保管していたのは小千谷市だけだったそうです。小千谷市以外の自治体は、災害発生時には外部からの支援に頼るつもりだったという、自助努力まったくなし、全て他人任せの計画だったようです。死者4人、276棟の住宅に被害があった川口町にいたっては、防災計画に地震対策が盛り込まれていなかったそうです。阪神淡路の教訓がまったく生かされていないなぁ・・・。新潟県の自治体って、一体全体、何考えてんのかな〜というのが正直な気持ち。 阪神淡路の地震では大きな縦揺れよって、多くの人命や家屋が失われてしまいましたが、新潟県中越では地震による広範囲で大きな地滑りにより多くの家屋や道路が失われています。建屋は比較的被害が少なくても、地盤ごと傾いたり、流されてしまっては、もう、個人でできる地震対策なんてありません。現在、国や地方自治体による様々な支援が被災地に対して行われていますが、新潟県中越の被災者の方々が一日も早く、被災前の生活を取り戻せるような個人への直接的な復興援助があってもよいのではないかと思います。 個人資産は自己の責任で回復せぃ!という、わが国の悲しい政府見解ですが、一見、正しそうな考え方ですが、自己責任とは自ら行った行為に対して責任を取らなければならないという考え方であり、個々ではどうしようもない自然災害に対しての責任って、一体全体、どう責任を取ればよいのだろうか。やっぱぁ、日本っていう国は国民に冷たいのね。個人の危機は国家の危機という米国流の考え方を参考にして欲しいなぁ。 各地の自治体広報では自動車で避難することは避けるようにとありますが、新潟県中越の状況を見ている限りでは自動車で避難することもありだなと感じました。数千人が一ヶ所の避難先の建屋に収容できるわけでもないし、風雨、空調、プライバシーの確保等を考えると、状況が許せば自動車で避難したほ方がよさそう。水、食料、非常品の確保、家具転倒防止、ガラス飛散防止等、一通りの地震対策を終えたVoyagerにとって、我家の地盤が心配になってくる今日この頃。 【報道ハラスメント-マスコミ対策】 それから、地震対策にはマスコミ対策も盛り込んでおかないといけないようです。新潟の避難所では絵に描いたような反応欲しさに、同級生を亡くした女児を相手に人間業とも思えないインタビューをする女子レポーターが出てきたりしています。 馬鹿レポ 「○○ちゃんって女の子が亡くなったの知ってる?」 女の子 「同級生だった」 (一生懸命、笑顔で答えられています。) 馬鹿レポ 「仲良かった?」 女の子 「うん」 馬鹿レポ 「亡くなったのを最初に聞いてどう思った?」 女の子 「悲しかった・・・。」 (可哀想に嗚咽して泣き出してしまいました。) この女に限って言えば、人間性の欠如したメス猿ですね、こいつは。何か、新潟の罪のない被災者の方々が晒し者なっているような気がして、見ていて胸くそが悪くなってしまいました。 曽野綾子さんが「・・・倣岸な猿である。NHKというところは人間離れした感覚の人を平気で人気アナウンサーとして使っている。それがこういう場合に暴露される。・・・。」と発言されているNHKのアナウンサーも、これが本当だったら、この世にこんな人間が存在するんかぁ〜というぐらい酷いですね。実際に、その時の番組を見ていないので正確なところは分かりませんが、「倣岸な猿」、「人間離れした感覚」とまで表現されているのだから、相当に酷かったんでしょう。NHKに受信料を払うのが嫌になってきました。来月から拒否しようかなぁ〜。 チェーンメール化していて、真意の程は分かりません。事実であっても誇張されているものもあるでしょう。マスコミをマスゴミと表現しているWebの書き込みもありますが、これは言い過ぎすぎでしょう。以下はWebで拾った一部マスコミへの怒りの声です。 ・小千谷は困っている、困らせているのはマスコミや政治家だ 現場はまだまだ混乱しているし、人出も足りていません。そんな状況下で、マスコミの取材陣が50人近く現場付 近を陣取っています。小千谷市役所の正面に車を止めて、そのために、救援物資を運ぶトラックは遠くに止めるこ としかできず、ボランティアの人たちがせっせと現場に物資を運んでいますが、報道陣は、それを手伝う気配すら ありません。心労と肉体的疲労が積もっている被災者のかたがたに、当然のようにマイクを向け、24時間カメラを まわし続ける神経もさっぱり理解できません。 (何で警察も駐車違反で取り締まらないんですかねぇ、警察はマスコミには異常なぐらい弱いから無理かな。) ・避難所に続く道路を塞ぐ**テレビ、駐車場を不必要に占領する**テレビ (道路を塞いでいたのはVoyager地元のTV局らしいと書かれています。本当だったら、悲しいですね。) ・長岡駅近くの店は何処も毎日報道陣の大宴会連日開催中 あー飲み過ぎたー食い過ぎたー二日酔いでしたー (大宴会は楽しいですが、人間の心を持った者ならば、時と場所を選ばなければいけません。) ・皆川優太ちゃんを運び込んだ病院でマスコミは何をしたか 皆川優太ちゃんが運び込まれた病院に「300人の取材陣が…」とか言っててしんそこ呆れた。病院ですよ。 被災者の人も、震災前から入院してる人も、いっぱいいらっしゃるところですよ。300人? (報道規制も時には必要でしょうね。こうして自らの首を絞めちゃうんですよね。) ・ボランティアに化けて取材するマスコミ 住民が避難している小千谷市塩谷地区の住民が11日に一時帰宅した際、「**テレビ」(本社・大阪市)の カメラマンらがボランティアを装って同行していた。**テレビのカメラマンや音声係など3人が午前9時半過ぎ、 ボランティアの車に同乗して地区に入った。撮影中のところを警察官が発見し、現場にいた市職員に連絡した。 職員から「ボランティアに来たのなら、ボランティアをしろ」と詰め寄られ、カメラマンらは地区から退出する午後 3時まで被災者の手伝いをしたという。対策本部は記者会見で社名を公表しなかったが、「今後、同様のことが あれば、社名を公表する」としている。 (ここまでくると、もう、りっぱな犯罪ですね。・・・でも、この話、作り話のような気もします。事実なら、あまりにも 酷すぎる。震災詐欺やオレオレ詐欺と何ら変わりがないじゃないですか。社名を公表してしかるべきだと思いま す。こいつらが所属する組織から、公式なお詫び見解がないのも解せない話です。やっぱり、作り話か?) ・さっき小千谷にいる友人とやっと連絡取れた(その1) 現地で大量に電池を買い占め、ガソリンも現地で買う。また数人のリポーターはわざわざ孤立した地域に入り、 帰りは被災者救出用のヘリで救出させ、被災者救出を遅らせた。 (どこの世界にも間抜けがいるもんですね。そのまま放置しておけばよかったのにね。イラク人質事件の時に 「自己責任」という言葉をマスコミは使いましたが、こいつらの自己責任はどうなるんでしょう。被災者救出を 遅らせたのが本当だったら、明確な「自己責任」が発生していますよね。こいつらにはヘリ救出費用を請求して やるべきでしょう。レポーターの氏名と所属組織を公表すべきですね。公表してもマスコミは自分たちの都合の 悪いことは報道しないから同じことか?) ・さっき小千谷にいる友人とやっと連絡取れた(その2) やはり押し寄せるマスコミがロジティクス戦略のないままに、買いあさっているようだ。お前ら、必要な物資は 東京で揃えてこい。被災者にこれ以上迷惑を掛けるな。 (ボランティアは食料持参で被災地入りしているのになぁ。ロジスティック戦略がないマスコミというのは、その面 でも低レベルなマスコミということでしょう。) これらが事実なら、社団法人日本新聞協会による「集団的過熱取材に関する日本新聞協会編集委員会の見解」(2001年12月6日)なんて嘘っぱちが並べられているだけなのがよくわかります。ここの委員会の面々は単なる阿ほ〜か飾り物ですな。 マスコミから発信される情報によって非被災者も現地の状況を理解でき、被災地への支援も、マスコミによって発信される情報に頼るのが現実だと思います。しかし、マスコミ各社は、もう少し謙虚な気持ちで取材報道した方が良さそうです。地震発生一週間後ぐらいからの女性レポーターによる報道が特に酷いように感じます。 仮に、Voyagerが被災した場合、髪の毛、ボサボサ姿で弱り困っているところをテレビで報道されるのって、精神的に相当厳しいと思います。避難所で疲労困憊しているところを、たたき起こされてマイクを突きつけられたんじゃ、堪りません。どうも、マスコミ各社の報道姿勢は阪神淡路の時よりも酷くなっているような気がします。マスコミ対策には、まぁ、屁のツッパリにもならないでしょが、非常持出袋には「取材お断り!」や「東京に帰れ!」等の貼り紙を入れておいた方が良さそうです。それに、下らない映像を流し続けるお昼のワイドショーやヌードを掲載している週刊誌、下らない芸能ネタ中心の女性誌に報道関係者って言われても、「エッ!」「?」ですよ。災害による物質的な痛手より、災害の後で大挙してやって来るマスコミから受ける精神的苦痛の方が、場合によっては強烈そうです。 (04年11月20日) 【ついに、来た!】 1月9日午後7時頃、愛知県西部を震源とする震度4の地震が発生しました。マグニチュードは4.4で、震源の深さはごく浅く、被害もありませんでした。揺れを感じる直前、地鳴りのような音がして、「?」と思った瞬間に立て揺れを感じました。ついに来たかと思いましたが、幸いにも一度の揺れで収まってくれました。まぁ、小さな地震で良かった。しかし、作動中だった石油ファンヒーターは地震の際にも何事もなかったように動作していました。この石油ファンヒーターの衝撃感知能力ってどうなっているんだろう?壊れてんの? (05年1月13日) 【今度は福岡!】
【宮城県沖地震と蛇口ストッパー】 正午前に宮城県沖で地震がありました。宮城県南部で震度6弱だったそうです。東北新幹線は全面停止、東北電力の原発も瞬停したそうです。新幹線は午後9時になっても不通のままです。お盆の帰省ラッシュと重なって仙台駅は混乱を極めているようです。名古屋でも自宅では何も感じなかったそうですが、勤務先の7階のビルでは、ゆら〜り、ゆら〜りと揺れました。眩暈がするのかなと錯覚するほどのゆっくりとした揺れでした。道路を挟んだビルが描く線と自分の居るビルの窓枠が描く線が微妙に狭まったり拡がったりするので、始めて地震だと気付きました。ラーメン構造のビルは地震に強いと聞いていましたが、ビルの中に居る人間にとっては気持ちの良いものではありませんでした。この地震で休暇中の宮城県知事もすぐに登庁、自衛隊も直ちに情報収集に当たるなど初動はまずまずだったようです。阪神、新潟の教訓が生かされているようで、この面では危機管理体制は整いつつあるようです。 (05年8月16日)
この器具がどのような原理になっているのか詳しいことは不明ですが、欲しい水量を指定すると、浴槽の水が指定水量に達すると自動的にストッパーの弁が閉じるようになっています。地震対策のサイトや自治体公報では一人一日当たり最低3リットルの水が必要と書かれていますが、これは人間が生物として存在していく最低の必要量だそうです。歯を磨いたり、顔を洗ったり、トイレに使ったりする水は含まれていません。これらの水を考慮に入れると、一人一日20リットルは必要だそうです。我家は5人家族、従って一日当たり100リットル必要な計算になります。浴槽に貯めた水でも三日分に足りません。まぁ、無いよりは益しだと思っています。 (05年8月17日) 【名古屋に震度4の地震】 午前11時2分頃に愛知県西部を震源とする地震がありました。震源の深さは約50キロで地震の規模を示すマグニチュード(M)は4.8。名古屋市など愛知県西部で震度4を観測。Voyagerの居住地も震度4でした。この地震JR東海道新幹線は地震を感知して自動停止、JR在来線は高蔵寺−千種間で運転を見合わせました。近隣各地の主な震度は次の通り。震度4=名古屋市西区、瑞穂区、港区、守山区、愛知県一宮市、同県愛西市、三重県桑名市、鈴鹿市など。たまたま、揺れが発生した時、Voyagerは自分の部屋に居ました。すかさず、ファンヒーターをストップ。それでも、手元にあった財布、車のキーはそのまま。子供はダイニングテーブルの下にもぐっていました。地震発生時の初期動作としては、不満足な点はあったものの。まぁ、合格的な動作が出来たVoyagerファミリーでした。しかし、本棚にずらっと並んでいる航空機のフィギアが全部倒れていました。並べ直すのに一苦労です。う〜ん、大きな地震は冬に起きると言われているが、これは本当なのかなぁ。今年の冬は、消火器の全数交換、防災グッズへホッカイロの補充等はやっておきましたが、ちょっと心配です。車が避難先になるかもしれないと、念には念を入れ、ガソリンも満タンにしておきました。 (05年12月25日) 【免震構造】
【ジャワ島地震】 インドネシア・ジャワ島中部で27日午前5時54分(日本時間同7時54分)発生したマグニチュード(M)6.3の大地震で、同国政府の災害対策本部は同夜、ジョクジャカルタ特別州を中心に3068人の死亡が確認されたことを明らかにしました。後日の発表では死者5,000人に達したようです。昨年の津波災害災害の復興が適わない中での今回のインドネシアでの地震。一刻も早い世界各地からの支援が望まれます。 (06年5月31日) 【レンジ棚】
【名古屋で震度3】 25日午後9時32分頃、名古屋市で震度3を観測するなど、東海地方を中心に地震がありました。気象庁によると、震源地は愛知県西部で、震源の深さは約50キロ。マグニチュード(M)は3.7。まぁ、被害は皆無でしたが、揺れがあった時、妻は入浴中、子供は携帯ゲームの真っ最中。それでも子供はダイニングテーブルの下へまっしぐら。合格、合格。妻はどうしたのかなぁ。例の航空機フィギュアは今回は大丈夫でした。地震の度に航空機フィギュアの状態が気になるこの頃です。まぁ、航空機フィギュアを心配している間は幸せというものです。 (06年8月26日) 【4割が帰宅】 8月30日の日経新聞の朝刊によると、大地震勃発時に、家族の安否が確認されても、4割のビジネスマンが自宅に帰宅するそうだ。家族の安否が不明の場合は7割が帰宅すると書かれていた。企業経営者にとっては頭の痛い数字だろうな、きっと。Voyagerの勤務先で調査すると、99%帰宅するという調査結果が出るかもしれないな。何せ、従業員に優しくない企業だから、役員を除くと100%かもしれない。イヤ、イヤ、役員共が真っ先に逃げ出したりして。ありえそうな話だ。まぁ、しかし、日経の数字は当たり前の数字のような気がします。でも、どうやって帰るのか。Voyagerも勤務先事務所なら1時間で自宅まで帰れますが、外出中であれば、どうやって帰ればよいものか思案に暮れます。Voyageの担当テリトリーは中部三県を中心に、シッパーは全国に散らばっている。 (06年8月30日) 【輪島で震度6強】 25日午前9時42分ごろ、能登半島沖(輪島市の南西約30キロ)を震源とする地震があり、石川県輪島市と七尾市で震度6強、同県能登町、志賀町で震度6弱を観測。富山県射水市や富山市などで震度5弱を観測したほか、北陸から東海、近畿などの広い範囲で震度3以上の揺れを記録した。輪島市内では倒壊した灯籠(とうろう)の下敷きになった女性1人が死亡。同市内で100棟以上が全半壊するなどし、石川、富山両県で少なくとも117人が重軽傷を負ったそうだ。名古屋でも揺ら揺らとした揺れを感じました。 (07年3月25日) 【新潟県中越沖地震】 7月16日午前10時過ぎに再び新潟で地震が発生してしまいました。今度の地震は新潟県中越沖地震と名付けられたようです。小林幸子でなくても、何でまた新潟何だろうと思います。今回の震災は夏場の震災。大きな震災は冬場に起こるといわれていましたが、どうも、これは当てにはならないようです。阪神淡路、新潟中越と秋から冬にかけての震災では、多くを学んだけれども、今回の震災では、特に夏場の震災という面で学ばなければならないと思います。
Voyagerの防災用具の中には「マスゴミは東京に帰れ!」とプリントアウトしたA4の紙を数枚入れてあります。しかし、マスゴミは名古屋にもいたとは。マスゴミもそうだが、これだけ震災が続いているにもかかわらず、水がないと喚いている破廉恥がいるようです。責任感ゼロ。すべてが他人任せ何でしょう、こいつは。9か月の子供に与えるミルク用の水がないだとさ。9か月の我が子がいるにもかかわらず、いざという時の水すら準備していない。恥ずかしい甲斐性のない輩だと思います。自分の馬鹿さ加減を堂々とマイクを通して日本国中に知らせめいている。まったく救いようがない奴だこと。こんな輩には、何もくれてやらなくてもよろしい。 (07年7月25日) 【防災用品の点検】 年末の大掃除の最後として防災用品の点検を行いました。Voyagerにとっては何かのついでに行わないと、なかなかできない防災用品の点検です。ポリタンクに入れてある非常用水の入替えとともに本棚、冷蔵庫の掃除の際に「マグニチュード7」の増締めも行っておきました。 (08年1月7日) 【免責】 【火災報知器の取付け】
火災死亡原因の約7割が逃げ遅れによるもので、火災の発生を早く気付くために住宅用火災報知器の設置が有効だそうだ。火を出さないのが一番なのは言うまでもない。気をつけよう。息子の寝ている部屋に取付けた報知のテストを夜中に行ってみました。息子は何事もなかったように寝むり続けていました。息子の部屋から2部屋離れた主寝室人寝ていた妻は何事かと起きてきてくれた。まぁ、一安心だ。しかし、息子の図太いこと。 (08年4月20日) 【四川大地震】 5月12日、成都で大規模地震が発生ました。死者は5万人を越えるようだと発表されています。不幸にして亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。小学校が崩壊して一度に数多くの児童が亡くなったことは他人事ではありません。息子が通う小学校の校舎の耐震性はどうなんだろうかと心配になってきます。今回の地震では救助物資が届き始めるのに、早い地域でさえ、丸二日掛かっているようです。交通網が寸断された結果です。東海大地震が発生した場合も同じようになるだろうとは容易に想像できると思います。豊橋と大垣間の東名高速道路は寸断されることだろうと思います。そうなれば、物資は東西からは入って来ることはできない。北からも当然入ってこないでしょう。唯一のルートは名古屋港からの陸揚げだ。これだって、港湾機能が麻痺している状況では人海戦術での陸揚げとなります。都市型大地震の時は輸送機による空中投下は行われないだろうと個人的には考えています。もし投下されたら、投下された物資は支援物資どころか凶器に代わるでしょう。優柔不断な日本政府閣僚は物資の空中投下なんていうことは絶対に考えないでしょう。パラシュートでの物資落下か。個人的にはこれもないだろうと考えています。何日間も救援物資は来ない悲惨な様子が容易に想像できます。やはり、最低でも1週間分の食料と飲料水、生活用水は自前で確保しなければならないとの認識を深くしました。 (08年5月15日) 【備蓄の生活用水の交換】 半年振りに備蓄している生活用水の入れ替えを行いました。備蓄といっても、60リットルなんですが。これでも、家族5人が2、3日は顔を洗ったりすることはできそうです。 (08年6月1日) 【岩手・宮城内陸地震】 今度は東北地方の広範囲に地震が起きました。一昨日も関東北部で震度4程度の地震がありました。岩手県奥州市と宮城県栗原市で震度6強、北海道から愛知県までの広い範囲で震度6弱から1の揺れを観測ししました。亡くなられた方が数人出ている模様です。被害は山間部で多く発生しているようですが、山間部の災害に特有な救難隊が災害場所まで到達することが困難な現象が今回も現れているようです。陸海空の自衛隊のヘリが活躍し、どこの自治体も初動は順調に行われたようなので一安心です。一方で鳴り物入りで登場した早期地震警戒システムがあまり役に立ちそうにないこと分かり、官僚共に騙されたなぁという感じだ。
【蛍光灯ユニットの交換】 気になっていた和室の蛍光灯ユニットを天井吊り下げ型から直付け型に交換しました。3部屋分交換しましたが、取付け部がワンタッチになっているので楽に交換ができました。
交換した蛍光灯ユニットは天井直付けでカバータイプなので、ユニットの落下の恐れも少なくなり、蛍光灯が破損しても周囲にガラスが四散することなくなったと思います。ただ、一回りW数の大きいタイプに交換したのだけれど、蛍光管が樹脂カバーで覆われている分、あまり明るくなってはいないようだ。 ところで、今日で阪神淡路大地震から14年が経ちました。月日が経つのは早いものだと思います。防災に注意を払うようになったのも、阪神淡路大地震が起きた時からです。思いつきの感が強いVoyagerの防災対策ですが、やらないよりは益しという思いでやっています。昨年は火災報知機の設置を行いました。今年は蛍光灯ユニットの交換に続き、自宅北側のブロック塀を撤去し、アルミフェンスに変えたいと考えています。 (09年1月14日)
|