[§1]ビルマ入国

Words,sketch and photo by Y.Watanabe(R)


ヤンゴン着陸

 大地は、見渡すかぎりの赤土だった。
 ヤンゴン(※1)のミンガラドン国際空港に着陸してタラップを降りると、もわっとした熱気に包まれる。バンコク時間から30分、腕時計を遅らせると針はちょうど午前九時を指している。

 ビルマは暑期だった。
 この国は季節は三つしかない。
 暑気(3月〜5月)と雨季(6月〜10月)と乾期(11月〜2月)である。一般に旅に向いているのは、日本の初夏に近い乾期の時期と言われているが、一年で一番暑いこの4月を訪問の時期に選んだのには、「この季節にここを歩く」ということに、自分なりの意味を持っていたからだ。

 ランウェイにソロソロと近づいてくるオレンジ色のバスには、どこか見覚えがあった。気のせいではない。「自動ドア」という文字、「次、停まります」のボタンもそのまま、これはまぎれもなく東武バスである。日本の中古バスがそのまま現役で使われているのである。

 大半が西洋人の乗客達は、その巨躯を小柄な日本仕様のバス席に静めると、間もなく誰もが汗をかきだした。冷房は動いていない。バスが動き出すことで窓から入ってくるであろう微かな風を、誰もが無言で待っている。

 

謙虚になる旅人たち

 天井の高いターミナルビルの1階で、入国審査に進むが、これが遅々として進まない。四つのカウンターにそれぞれ20〜25人ほどが列をつくっている。若い係官が二人ずつ付き、作業をしている。いずれも手を止めているのではないのだが、どういうわけか時間がかかる。一人5分程か。日本人を含めた西洋人から見るとどうしてこんなに効率の悪いことをしているのか、といいたいところだが、もちろん誰もが黙っている。

(※1)国名にはビルマを用いて、都市名にはヤンゴンを用いることについては以下の理由によります。
 現地においてはミャンマーという国名が軍制よりずっと以前からの通称であったという事情や、或いはビルマという語よりも「一民族に偏らない」という意味で多少の普遍性を持っているかもしれないという事情を踏まえたうえでもなお、ビルマという国名を、正当性のない政体が手続きを踏まずに一方的に変更したという経緯を無批判に受け入れることには抵抗があります。
 一方で、首都のヤンゴンという呼称に関しては、現地住民の間では一貫してヤンゴンという呼び方が一般的であったという事情から、ここでは(ラングーンではなく)ヤンゴンと呼ぶことにしています。

 入国審査に時間がかかる、といえば、ロシアもまた「悪名高い」ところだった。
 去年(2002年)の春にカフカス行の往復でシェレメチェボ空港(※2)を使ったが、その時もイミグレに約一時間かかった。ここでもぼくはイライラし、列の前を覗き込み、ため息をついていたのだが、不思議なことにやがて自分の番が近づいてくると、その絶対的な力の違いの前に謙虚になり、カウンターでは「ぼくは貴国にとって無害な人間です」と素直になり、それでも少しドキドキし、ついに「通してくれてありがとう!」という気持ちに変わっていったものだった。

 ビルマの入国は事情は少し複雑だ。

 それはこの国が軍事政権下にあることに起因する。今も、NLD(国民民主連盟)を支持する人びとは、ビルマへの観光旅行自体を批判している。入国時に強制的に両替させられる200ドル(これを200単位の兌換券=FECに替えさせられる)が、政府の武器の購入に使われているとの話も聞く。

 ぼくのパスポートを繰っているこの少女のようなイミグレ職員たちも、やはり軍政に連なる人びとなんだろうか、などを考える(後日、ビルマの僧侶から「空港職員たちはごく普通の公務員と思っていい」との話を聞いたが)。
 待つことすでに約1時間。
 もしも入国を拒否されたらどうしよう、という思いが頭をよぎる。汗ばむ。ぼくだけ時間がかかりすぎてないか? 隣の係官と話しているのは何のことだ? それでも、ついにガチャリとスタンプが捺されてパスポートが返される。よかった。例によってぼくはここでも、「通してくれてありがとう」の気持ちになって「サンキュー」を口にしていたのだった。

 そうか、これは礼儀のようなものなんだ。
 どんな国であれ、たとえ問題のある国であれ、よその国に入る時には「入れてくれてありがとう」の気持ちでガチャリとスタンプを捺される必要があるんじゃないか――ぼくはパスポートを仕舞いながらそう思った。
 恵まれた「先進国」から来た旅人たちが、かの国で一度だけ、絶対的に謙虚になる瞬間。その洗礼を受けた証が、旅券のスタンプの跡のように思えたのだ。

 数日後、ゲストハウスの衛星テレビは、イラクの首都に到達した米英軍兵士の勝ち誇った姿を報じていた。
 ぼくはふと、彼らのパスポートのことを思った。イミグレに並ぶことのない兵士たちの「入国」。国境を越えるときも彼らはきっと、スタンプを捺されることはないのだろう。

(※2)モスクワの国際空港。国内線およひCIS諸国用の「シェレメチェヴォ1」と、国際線用の「シェレメチェヴォ2」からなる。アエロフロート・ロシア国際航空を利用して欧州方面に飛ぶ場合、この空港に隣接するホテルでトランジット宿泊することが多い。

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