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キムチ売りのアジュモニ |
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ぼくは思い切って声を掛けてみた。 ミアシガバード郊外の日曜バザール |
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その女性は、バザールの屋台で、ビニール袋に入れた自家製キムチを売っていた。客寄せの声を上げることはないが、その前には客が途切れることがなかった。暖かそうな毛皮の帽子で頭をすっぽりと覆っている。ぼくは、いくつかのハングルの言葉を思い出して口にしてみたが、挨拶以外ほとんど通じないらしく、ただロシア式の名前を聞き出すことしかできない。 ミバザールで描いたノートより |
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「私はハングルは話せない」そう言って彼女は淋しそうな顔をした。私の父も母も朝鮮人だった。タシケントの人だった。その前……、その前は沿海州だよ、まだ若い父はある時、列車でシベリアを越え永い旅をしてやってきた、母とはそこで結婚し私が産まれた。その両親も、故郷を再び見ることなく亡くなった。私がここに来たのは1974年、夫もコリアンです。 ミアシガバードの絨毯工場 |
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そう言って彼女は、ぼくの方を見て微笑んだ。(話すことはこれで全部よ)とでもいうように。 ミヒヴァのホテルでのノート |
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バザールの雑踏の中で彼女は、キムチを一掴み包むと黙ってぼくに差し出した。 ミ中央アジアを行く国際列車の車両 |
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