今夜の宿は学生寮/ブハラ
スケッチと文/渡邉義孝
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見渡す限りの平坦な大地が紅の空と溶け合う頃、バスは凍結せぬ大きな河を渡った。
乗客の誰かが「アムダリア」と呟いた。ここではまだ太い川幅を持っているアムダリア川だが、やがてこの先で細くなりアラル海に注ぐ頃にはほとんど水量を無くしているという。
それにしても今日の午後、ウルゲンチの駅でポリスにパスポートの提示を求められた時はハラハラした。トルクメンで取得していたウズベクのヴィザは、実は明日からの発効だったのだ。
ミパフラヴァン・マフムド廟/ヒヴァ
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れっきとした「違法滞在」である。しかし、警官の関心はどうやらそんなところにはなかったらしい。彼はぼくを駅の警備詰め所に連れていき、ぼくの荷物をあれこれ検分し、カメラを手に取り「これはいくらだ」としきりに訊ねるのだった。用もなく引き止めていたその態度は、どう見ても公務のそれではなかった……。
ガラスに顔を近付けると、東からゆっくりとオリオンが昇ってくるのが見える。乗客たちは各自食糧の用意が万全だ。瓶に入れた水、缶に詰めたコンビーフ状のペースト、そして布に包んだナン(平らな円形パン)。皆、暗い車内で美味そうに食べるのだ。
ぼくがそろそろ今夜のブハラでの宿の心配をしなければならない、と思い始めた頃、「君も食べないか」とナイフを差しだしてくれたのが、斜め後のシートに座っていた学生・ウミン君(20歳)であった。
「スパシーバ(ありがとう)」
ぼくは彼からちぎった冷たいナンと一かけらの羊肉を受け取った。彼は、トルクメン人でありながらブハラの大学で学んでいる、といった。
ぼくは日本からの旅行者であることを告げ、市内にどこか安いホテルを知らないか、と訊ねた。
ミヒヴァからの眺め
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すると彼はたちどころに言った。
「ぼくらのアプシジーチェに来ればいいよ」
アプシジーチェ、どうやらそれは学生寮のことらしい。ウズベクの学生寮か、ちょっと想像がつかないが、シュラフは持っているし、なんとかなるだろう。
バスがブハラに着いたのは23時を過ぎた深夜。ぼくのザックを担いでくれたウミン君の言うままに、西も東もわからぬ真っ暗な街で、乗り合いタクシーに乗り込んだ。幅の広い通りに面して3〜5階建ての建物が並んでいる。そして旧市街には、ところどころにレンガ造のミナレット(光塔)やメドレセ(神学校)が建つ。
やがてバンは新市街の広いストリートでスピードを落とした。
「さあ、アプシジーチェだよ」
ミウズベク人の帽子
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鉄筋コンクリート四階建てのブハラ工科大学寮。バックパック姿のぼくを、きょとんとした眼で管理人のおじさんが眺める中を、ぼくらは4階の311号室に向かった。
部屋に入るとウミン君は、抱き合って学生たちと挨拶をする。大の男同士ががっぷりと組み合うように頬を寄せ、互いに背中をパンパンと叩き合うこのウズベク式挨拶は、慣れないとなかなか奇妙に映る。
ウミン君はぼくを紹介した。「騒ぎ」は4階全体に、やがて他の階の住人にまで広がった。突然の「ヤポニエッツ(日本人)」の来訪者を一目見ようと、汚れたカーペット敷の8畳ほどの部屋に、次から次へと若者が集まってきた。
ミブハラのタキ(市場)
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「お前は日本では何をしているのか」
「二十九歳で、結婚していないだって」
「なぜウズベクに来たのか」
外国で訊ねられることにはたいてい定番がある。そうした中でいつも返答に窮するのが次の質問だ。
「日本人の月収はいくらなのか」
初任給で1500ドルだ――、そう言ってしまうと、次の瞬間人びとの目は点になる。楽しくはずんでいた会話も、急に途絶えてしまうのだ。だからぼくはすぐに言葉を続けなければならない。「そのうち、家賃が700ドル、交通費が月に百ドル、街で食事をすれば一回で10ドルはかかる。日本は何から何まで高いのだ」と。すると彼らはようやく納得してくれる。「日本人も、楽じゃないんだな」
ミコーカンドのチャイ屋
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19歳から25歳まで、技術系の学生たち。ウズベキスタンの民族衣装を着ている。その顔だちはさまざまだ。トルコ系の他、ロシア人・カザフ人そしてウミン君たちトルクメン人、更に中国系とおぼしき輪郭の人もいる。民族の別なくふざけ合う学生たちを見ていて、ぼくは無性に彼らを描きたくなった。
冬の学生寮の一室では、やがてむせかえるような熱気の中、学生たちの似顔絵大会が始まった。
「オレを描け」「オレも描け」
ぼくの前に割り込んでくるむくつけき男たちを、数人の「ボランティア」が一列に並ばせた。その中から十人だけを選ぶ。ノートにペンで描き、名前と年齢、出身地を記入していく。
その夜は、ほとんど通じない英語とロシア語が飛び交う中、ぼくらは遅くまでウォッカを飲んだ。やがて女子寮からも観客がやって来て、アプシジーチェの賑わいは更に続いた。
ミ学生たちの似顔絵大会
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