| 中央アジア最深部へ |
スケッチと文/渡邉義孝
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「すまんが降りて押してくれ」 ドライバーが振り返って言った。 フロントガラスにヒビが走る旧ソ連製乗用車モスクビッチは、峠にかかる手前の斜面で立ち往生した。一度では開かないドアの把手を、力を入れてこじるようにして外すと、肺の中まで冷気が流れ込んでくる。車の後に回りリアトランクに手をかけ、巻き上がる雪片の中を懸命に押すのだが、これはどう見ても無理だな、と思えた。この車にはチェーンもスパイクもない、つるつるのタイヤ、これでよくここまで走ってくれたものだ。 ミトクトゴル湖 |
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エンジンを止めて降りてきたドライバーは(よくあることさ)という表情だ。キャラバン村ではバスがなく、十ドルで百キロ先の町までぼくを運ぶことを請け負った彼は、ちょっとだけ申し訳なさそうに肩をすくめてみせた。 「パットーム、そのうち車が来るさ」 こういう時の「パットーム」は、「あとで」とか「そのうちに」とかいう意味だ。いつかロシア語を解する日本人がこう教えてくれた。 「パットームの『そのうち』というのは、永遠に来ない、という意味だよ」 不安な気持ちを抱いたのもつかのま、雪煙の彼方からかすかなエンジン音。やがて軍用トラックが姿を表し、ぼくらは再び車中の人となったのだ。 ミキルギス国立博物館にて |
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カラクル村に着く直前、バスの中でサーシャと出会った。客同士の顔も分からぬほど暗くなった車内で、降りる町も泊まる所も決めていないというぼくに、 「とにかくうちに来い」 と言ってくれたのだ。 でもこの時は不安だった。はたして彼についていったものか。彼は少し酔っているようでもあった。車内で時折乱暴な言葉を口にしていたようだった。顔がよく見えないということも原因だったろう。追いはぎの巣窟につれていかれて身ぐるみ剥がされたら……。 ミノートより。街路樹 |
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