| 中央アジア最深部へ |
スケッチと文/渡邉義孝
|
だが外はもう漆黒の夜。宿を探すことも難しそうだ。 「スパシーバ」 そう言ってぼくは覚悟を決めた。
暗い道を、交わす言葉もないままにぼくはサーシャと歩き続けた。サーシャは出稼ぎからの帰りらしい。 ミサーシャの顔 |
||
|
家では、恰幅の良い妻と息子そして彼の妹が待っていた。ゆきずりの日本人が姿を現わしたことに誰もさして驚かず、まるで旧知の友の来訪のように自然にぼくを居間に通した。 彼はキルギス人ではない。顔はロシア人のそれである。妻が夕食を作りはじめる傍で、彼は柘榴を割り、ナイフでチーズを切ってはぼくに渡してくれた。 サーシャは、そしてサーシャの一家は確かに変わっている。いろんな国で一宿一飯のわらじを脱ぎ民家に泊めてもらった中でも、こちらの素性も訊こうともせず、これほどに「構わない」家は初めてだった。といって冷淡であるわけではない。さりげなくぼくの前に置かれたグラスには、気付かぬうちにウォッカが充たされていたりする。荒っぽい言葉遣いでありながら、彼は何が旅人を快適にするのかを知っているのだった。 サーシャに生い立ちを訊ねてみた。ウラル地方のチェリャビンスク生まれ、今年で四○歳だという。民族はロシアではなく「цыган=ツガン」だと言った。 「ツガン?」 初めて聞く名に、ぼくは自分のザックから世界地図を取り出して改めて尋ねた。 「グジェー(どこ)?」 ミカルパック(フェルト帽)を被ったキルギスの男 |
||
|
サーシャは一瞬、左の頬に笑みを浮かべるとゆっくりとロシア語で言った。 ――ツガンには祖国はない、ただロシアツガン、ルーマニアツガン、ハンガリーツガン……がいるだけだ。 なおもぼくが怪訝な顔をしていると、今度は彼の妹が露英辞書を開いて「цыган」を指した。そこには「ジプシー(ロマ)」と書かれていた。 やっとわかったかい、サーシャはそんな顔で笑っていた。妻はロシア人だが、生まれた息子はツガンだという。彼はツガンであることを誇りに思っているのだった。 ミキルギス遊牧民の馬 |
||