Georgia-02

[§7]満員になるとバスは出る

・ズグディディの朝

 トルストイを、プーシキンを惹きつけたその魅惑の地は、シルクロードの時代から世界史の交差点として歴史にその名を留めている。

 数年前に見た映画『コーカサスの虜』は、ぼくを遥かなこの峻険な山国へと誘った。内戦の終結、ビザの問題をクリアしこの地にやって来て感じたのは、期待を裏切らぬ壮大なカフカス山脈の情景と、人びとの時間の捉え方の違いであった。

 塔の家で知られるスワネティ地方のメスティアをめざして、ぼくは首都トビリシからバスでズグディディまでやってきた。

 深夜、街灯の少ない見知らぬ町を不安にかられながら宿を探し、朝は朝でバスの時刻も分からず、またバス停の場所も分からず、とにかく早く宿を出なければとの思いで、朝食も取らずに歩き出した。

 トビリシから西部の中心都市ズグディディ(Zugdidi)までのバスは、トビリシ駅から地下鉄で数駅西のディドベのバスターミナル発となっている。しかしこの日は15時を過ぎていたためディドベからの直通バスは終わっていた。ぼくは再びトビリシ駅までもどり、駅北口広場に停まっていたズグディディゆきの大型バスに乗ることにした。
 16時に発車。途中に食事休憩をとり、ズグディディに着いたのは深夜0時であった。

 左はトビリシ〜ズグディディ間の大型バス。その下はバスチケット。中央に出発時間の16時、右の印刷は運賃の7.50Lali(1ラリ=約60円/2002年5月)が、また最下段にはグルジア語で「トビリシ―ズグディディ」と記されている。


▲ズグディディの宿で同室となったグルジア人。パンドゥリという弦楽器を弾いてくれた。

 「川の傍、塔のある家の下」これがバス停の唯一の情報だった。もちろん時刻表は持ってない。

 停留所の看板もなければ乗り場もない。砂利道の傍らに、傷だらけの緑色のバンが停まっているだけだ。川から聞こえるカジカの声だけは懐かしい。もう45分も待っているが、一向に出発の気配はない。早起きしたつもりだが、7時半では遅すぎたのか。そもそもこのバンが、メスティア行なのかさえ確信が持てない。

 コーカサスでは、ロシア語とグルジア語が分らなければ、言語による意志疎通は難しい。グルジア西部のズグディディは、世界遺産の塔の家で知られるスヴァネティ地方への起点になる街。決して小さな町ではないが、情報を持たない旅人にとっては、バス一つ乗るのも不安いっぱいである。
 カジカ鳴く道端で少しだけ心強くなれたのは、片言の英語が話せるサングラスの男が来てからだ。キーをいくつもジャラジャラさせて車のタイヤをチェックしている。少なくともここで待つことは正しいのだ。

「いつ出発するの?」「8時には出よう」とその男は確かに答えた。それなのにもう9時になる。

 

 今度は「30分待て」と言う。そのうちに10時を廻る。どうなってるの? 「満員になったら出発なんだよ」。そんなのあり? 目的地までは山を越えて五時間かかると聞いた。日が暮れるまでに着かないかもしれないじゃないか。「二人分ぼくが払うから出発してよ!」「ぼくは君をヘルプできない、運転手じゃないからね」。え、じゃあ運転手は? 「そのうち来るだろ」。
 荷物を抱えた乗客らしき人はすでに4人になっている。あと2〜3人! しかし人びとは焦らない。本を読むでもなく、話をするでもなく、ただひたすら待っている。頻繁に腕時計を見るぼく。そうでなければ持ってきた文庫本を開くか、まちを観察するか、でもバスを離れている間に出発したらおしまいだ。「あと3時間待て」といわれればあきらめもつこう。しかし見通しの無いままに待ち続けるのは、たとえ一時間であっても難しい、それが普通の日本人の感覚ではないだろうか。

 待つこと四時間、出発したのは11時半だった。

 バンは、山道で停車している車を見かけると必ずスピードを落とし様子を伺う。立ち往生している場合は、その乗客を救出し便乗させる。混んでいる車内でも誰も文句は言わない。厳しい山岳地帯では、この優しさは生きていく当然のマナーなのか。

 午後2時、しかしわれらがバンもついに立ち往生。渦巻く濁流を見下ろす隘路でソ連製のエンジンが止まってしまった。ちなみに車は1975年製だという。

 この時はすごかった。ガソリンを送る弁の破損だと目星をつけた運転手は、道路上を探し回って落ちていた空き缶を発見。一人の老人が持っていたハサミで缶のフタを丸く切り抜きゴムパッキンに代用。しかし中央のネジまで折れている。今度は乗客の女性がバックに付いていた細い針金を提供、十文字にがっちりと縛り上げた。 一同かたずを呑んで見守る中、信じがたいことにエンジンがかかったのだ。全員の顔に笑顔が戻る。修理に要した時間は四時間。ぼく自身も「動いてくれればありがたい。定刻なんてどうだって……」という気分になっていることに気づいた。


▲エンジンが停止したバンを修理する乗客たち


▲修理されたバンの仲間たちにごちそうになったオイルサーディンとパン、ウォッカ

 夕闇が迫る渓谷の小屋で、乗客たちはオイルサージンとパンをご馳走してくれた。まる一日の「試練」を共に乗り越えた仲間たちだ。チャチャと呼ばれる蒸留酒(70%)で乾杯する。「今日の出逢いのために」。二杯目は「日本で君を待つ人びとのために」。そして「いつか、再びの出逢いに乾杯!」
 酒は身体を熱くさせ、もう立っていることもできなかった。

「ノープロブレム」

 今朝ぼくが運転手と勘違いした学生・ジャパリゼが、ぼくを抱きかかえるように車に運ぶ。未舗装の悪路を走るあいだ中、彼は目を閉じたぼくに腕を貸し続けた。

 目指すメスティアに到着したのは夜9時。一人、また一人と集落で降りてゆく。村の広場でぼくを降ろしたバンは、更に山の奥へと走っていった。
 再び町に戻るまで、あの空き缶と針金が外れませんように――そう念じて見送ると、巨大なカール谷をバックに、塔の家の微かな影が見えていた。

 

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