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Georgia-02 |
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[§7]満員になるとバスは出る |
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・ズグディディの朝 |
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トビリシから西部の中心都市ズグディディ(Zugdidi)までのバスは、トビリシ駅から地下鉄で数駅西のディドベのバスターミナル発となっている。しかしこの日は15時を過ぎていたためディドベからの直通バスは終わっていた。ぼくは再びトビリシ駅までもどり、駅北口広場に停まっていたズグディディゆきの大型バスに乗ることにした。 左はトビリシ〜ズグディディ間の大型バス。その下はバスチケット。中央に出発時間の16時、右の印刷は運賃の7.50Lali(1ラリ=約60円/2002年5月)が、また最下段にはグルジア語で「トビリシ―ズグディディ」と記されている。 |
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荷物を抱えた乗客らしき人はすでに4人になっている。あと2〜3人! しかし人びとは焦らない。本を読むでもなく、話をするでもなく、ただひたすら待っている。頻繁に腕時計を見るぼく。そうでなければ持ってきた文庫本を開くか、まちを観察するか、でもバスを離れている間に出発したらおしまいだ。「あと3時間待て」といわれればあきらめもつこう。しかし見通しの無いままに待ち続けるのは、たとえ一時間であっても難しい、それが普通の日本人の感覚ではないだろうか。 |
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待つこと四時間、出発したのは11時半だった。 バンは、山道で停車している車を見かけると必ずスピードを落とし様子を伺う。立ち往生している場合は、その乗客を救出し便乗させる。混んでいる車内でも誰も文句は言わない。厳しい山岳地帯では、この優しさは生きていく当然のマナーなのか。 午後2時、しかしわれらがバンもついに立ち往生。渦巻く濁流を見下ろす隘路でソ連製のエンジンが止まってしまった。ちなみに車は1975年製だという。 この時はすごかった。ガソリンを送る弁の破損だと目星をつけた運転手は、道路上を探し回って落ちていた空き缶を発見。一人の老人が持っていたハサミで缶のフタを丸く切り抜きゴムパッキンに代用。しかし中央のネジまで折れている。今度は乗客の女性がバックに付いていた細い針金を提供、十文字にがっちりと縛り上げた。 一同かたずを呑んで見守る中、信じがたいことにエンジンがかかったのだ。全員の顔に笑顔が戻る。修理に要した時間は四時間。ぼく自身も「動いてくれればありがたい。定刻なんてどうだって……」という気分になっていることに気づいた。 |
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