トラックであれ、バスであれ、カムパ(南東チベット)の旅での「移動」では、風景に飽きるということがなかった。ぼくは、バッグからいつでもカメラを出せるように準備しておかなければならなかった。 峠は、劇的である。 それはともかく、峠が近づく。 まず山頂が顔を出す。 ミ中国製トラック「東風」号 帰国までいよいよ10日を切った。カマコンボに会うことは、果たしてできるだろうか。 描き終える頃、あちこちの民家の屋上に女が立ち「アーアセブマヤー」と節をつけて叫びだす。ちょっとものがなしげなその声は、「夕食が出来たよ」と遊んでいる子どもに呼びかける声である。やがてそれは合唱のようになって、獣のように切り立った荒々しい谷の村に谺するのだった。 ミ丹巴の崖の上のチベット民家
丹巴を発つバスは未明の6時半出発の予定だったのに、8時になるも動かない。説明も何もない。今日も動かなければ玉樹にたどり着くのは難しくなる。8時25分、悪びれもせず運転手が乗ってきて、いよいよ出発! と思いきやエンジンがかからない。カバーを開けて修理が始まる。乗客も必死だから工具を手にして手伝いだす。……しかし願いもむなしく、バスはついに動くことはなかった。9時40分、運休が決定。みんな険しい表情で払い戻し窓口に走り始めるのだった。 ミマニカンコで出会った少年 金川から4日目、マニカンコまでたどり着いた。玉樹まで219km。 それにしても中国のドライバーは車輪だろうが電子系統であろうがたいてい自分で直してしまう総合的知識をもっている。昨日載せてもらったトラックは途中で車軸が折れた。それでもドライバーは直してしまう。 未舗装の悪路が続く。だが、窓の外には絶景が続く。 ミこれまでにぼくを載せてくれたトラックのドライバーたち

↑青藏高原の風景
東風トラックは、わずかな登り坂でも速度が落ちる。見た目には分からない程度の勾配でも、みるみるスピードが落ち、エンジンがあえぎ続け、ああ、停まってしまうと思う直前に運転手はギアをダウンする。
中国製トラックに馬力がないというだけではない。極限的な過積載のせいもある。「個体戸」による私的営業が認められたことが拍車をかけているのか、どのトラックも可能なかぎりの利潤を上げようと、高くそびえる幌の中は、瓶飲料・野菜・加工食品・衣料品等で埋め尽くされ、更に補給用の燃料を積んだドラム缶がどんと載っている。時には、荷は更にはみ出す。草原で停まったトラックから降りると、足下から鶏の鳴き声がした。運転席側に回り込むと、シャーシの下、地面との隙間に直径80センチ程の竹カゴが二つ吊ってあり、そこにそれぞれ5羽ほどの鶏が入っている。彼らはずっと風を浴びながら旅をしていたのである。
景色にぼくは釘付けになる。なだらかな大地の、その空との接線に近づくにつれ、その先の何かが微かに姿を見せる。多くの場合、それは剃刀のように屹立する峰々であった。
カムパに入った時点ではすでに海抜は3000mを超えている。そこから天にそびえる山は、5000mから6000mの標高だ。
山々の風貌は、日本のいかなる山とも違っている。藍色の空の中に万年雪で白く輝くピークは美しく、雪すら拒む懸崖の岩嶺はそれだけで気高い。更に近づくにつれ、麓が視野に入ってくる。山頂から滑り落ちる斜面には時折氷河がへばりつき、いつしかなだらかな放牧地となる。そこには砂粒のようにヤクがいる。更にその遥か下に、転々とフェルト地の遊牧テントが見えてくるのだ。

金川を早朝に出たバスがここ丹巴(ダンパ)に着いたのが正午。ここから次の目的地・八美(パーメイ)までは85km。なんとか今日中にたどり着きたい。そうすれば明日は甘孜(ガンゼ)そしてその次は……と予定を頭の中で組み立てる。
ところが、そんな予定はだんだん意味がなくなってくる。さっき道孚(ダオフ)に行く、と言ってぼくを誘ったミニバスの運転手は、二時間ぼくを待たせたあげく「客が少ないから今日は行かないことにした。明朝5時半に発つ」とぬかす。だったら先に言えよ! トラックのヒッチハイクに切り替えたのに! 急いで橋を渡り八美方向の道に座り込んでトラックを待つ。……が車は来ない。待つこと2時間。一台も来ない。辺見庸の文庫本『反逆する風景』を120頁の読み進む。日差しがジリジリと移る。「今日は洗濯せよ。そして絵を描け」という天のメッセージなのか。16時、ヒッチハイクを断念し、丹巴滞留を決断。
中国は広く、自身は蟻の歩みのようだ。ぼくは丹巴賓館(280円・シャワーあり)に投宿。フロントにいたチベタンママのアドバイスで山上に昇り、暮れていく空を背に建つ素敵な民居を描く。トウモロコシの黄花。牛が通る。強い風が砂を運んでくる。フンザを思い出す。キラキラと雲母が舞う。そうだ、ここはコンピュータ基盤等に使う雲母の産地なのだ。

トラック宿にて6時起床。むろんまだ漆黒の闇だ。坂を上り三差路で座り込む。昨夜山には雪が降り、砂糖のような白い化粧をしている。だが怖いのは寒さより犬だ。ここで咬まれたら万事休すだ。暗闇の中で気配を殺すようにじっとしている。望みをかけて待ちつづける。7時半、ようやく明るくなった。三差路のトラック宿に石梁(シーチュイ)に行くらしいトラックが修理中。荷物を手に傍で見守る。
8時前、運転手が「荷物をよこしな」と言って幌をはねあげた! 乗せてくれるのだ! トラック運転席に四人、窮屈さに文句は言えない。とにかく今日も距離をかせげるという喜びで、凍えている顔も自然にほころぶのだ。8時半、マニカンコを出発。
小さな丘を越えると眼前に雪山だ。4人ぎっしり乗ったトラックの運転台ではテープがガンガン流れている。明けていく雲天の下、遊牧民の黒色テントから、朝げの煙が登っている。のどかな風景だが、テントの近くには必ず恐るべき犬がいるのだ。
小休止の峠では、タルチョーの無数の旗がはためいている。標高は4000、駆け寄ろうとすると途端に息切れして咳き込む。「在高原上不能運動過量」と笑われる。
ごつごつした礫の峠を越えると、今度は遠近感を失わせる緑の草原が一面に広がる。幅2〜4km、長さは20kmは続く回廊だ。ヤクの群れが草を食む。ぼくは草の上に寝転び、虫の羽音を聞き、大地に穿たれたナキウサギの巣穴を覗き込み、咲きこぼれるエーデルワイスを見た。雲はそのままの形を地上に落としていた。馬上の民が、ぼくを不思議そうに眺めていた。
→四年ぶりの再会
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