南フランス・ロヤ川流域をゆく その1
スケッチと文/渡邉義孝
   
     4年前、一人で欧州を70日かけて巡る旅の途上、フランスの或る列車のデッキの壁に貼られていたポスター。その一枚の村の写真が、ノドに刺さった小骨のように、ぼくの心にずっと留まっていた。
 山の斜面にへばりつくようにひろがる村は、tende(トンド)。その名だけノートに記し、それがどこに在るのかも確かめぬまま、ぼくは急かされるように次なる町へと急いだ。あの旅は、欧州の建築ガイドブックを手に、一人でも多くの有名建築家に出会う旅だったのである。

ミtendeよりアルプス西端を望む
 12 Mar.1998
 

   
     その後日本に帰ってから或る時、ふとしたきっかけで、そのtendeという村がニースに近い南仏の山中、イタリア国境に近いアルプスの麓にあることを知る。
 
 コートダジュールのニースから山岳支線の気動車に乗ってRoya(ロヤ)川を遡上すること2時間。4年ごしの思いが叶って1998年3月、ぼくはその村に立つことができた。
 Roya川の清流を見下ろす山の端に、まるでアメーバのように増殖した人間の棲み家が建ち並んでいる。

ミtendeの集落。鐘楼の上に崩れかけた城塞がある。
 12 Mar.1998
 

   
     数百年の時間によってツルツルに磨かれた石畳の細い路地は、アップダウンを繰り返しながら斜面をトラバースしてノートルダムに続く。そして、ここかしこに、崖下へまたは頭上の廃虚へと延びる石段の小径が、ぽっかりと口をあけている。
 鮮やかな黄色の壁に取り付けられているのは、山あいの太陽をいとおしむかのような可憐な日時計。道に面した建具には一つとして工業製品・既製品は見られず、ドアノブも冶金職人の誇らしい仕事を物語っている。窓の手摺に懸けられた鉢に花が溢れる。

ミtendeの路地
 12 Mar.1998
 

   
     有機体、或いは生き物の胎内のようなこの村の家々は、しかし、窓の閉ざされた空き家が多く、道を往く人の多くは老人であった。
 対岸の谷は、やがてアルプスに呑み込まれ、紺碧の空に接するあたりは、雪をいただいた山並みが続いている。

ミtendeの路地
 12 Mar.1998
 


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