書評 その4
書評「消えゆく風景への惜別と希望」
[未発表]

 楽しいばかりの本ではない。
 これらの美しい風景は、もう無いかもしれないからだ。本書には、時代の流れの中で急速に消滅するモノたちへの惜別の言葉に満ちている。
 日本の26倍の面積の中国。南は亜熱帯から沙漠、山岳地帯までさまざまな表情をもつ。「住居の形態だけでなく、風土、宗教、哲学、言葉、衣装から食事にいたるまで、これだけ多様性と謎を混沌に包含している国もめずらしい」(あとがき)とある通り、民家の形象もバラエティに富む。北京の四合院や福建省の客家(はっか)は有名だが、羊毛で包む遊牧民のパオやチベットの石積みの家、雲南少数民族の高床住居、そして地下住居窰洞なども興味深い。生活する人の視点から撮られた豊富な内部写真も貴重。
 見知らぬ土地で、家にスーッと入り込みスケッチをする。あげく昼寝し、昼食を御馳走になるという行動は、かたくるしい研究者ではない著者のユニークさゆえだろう。鈴木喜一氏は建築家だが、造っては壊す現代の建築のあり方から距離をおき、古い建築を再生することに熱意を注ぐ。一方で「生活の原点を見つめる」ために旅を繰り返すという。しかし旅先で、その「原景」が次々と消えていることに気づき、危機感を抱きながら辺境へ、辺境へと歩を進める。それが15年間の中国フィールドワークだったという。
 私は東北の民家を訪ねたことを思い出す。風景に溶け込んだ美しい民家も、地元の居住者には「不便なもの」とされていることが多い。「古い家は住みづらい」「新しい家に住みたい」と。
「快適で便利になる権利」と「人間とって本質な住まいとは」という問題とを混同させずに解決策を提示できないのだろうか。どこでも同じ風景に変えることが本当に幸福なのだろうか……、この根源的な問いを発することは、もしかしたら「ヨソ者」に課せられた使命なのではないのか、と感じたものだ。
 著者は、こういう感慨を随所で味わったことだろう。「改革・開放」路線を驀進する中国では、古い集落を一掃するスピードは、日本の比ではないからだ。
 だが、この本が単なるレクイエムに終始せず、今われわれが復権すべき目標を、断片的にだが提示しようとしていることは、かすかな希望と言うべきだろう。自然と共生し等身大のスケールで生きる辺境の人間のあり方は、大量消費と石油化学に頼った住宅産業からの転換を迫られる「文明人」にとっても、重要なヒントであるに違いない。
 中国との距離をぐっと近づける多様で美しい写真をめくりながら、著者の言う「民家を見た責任と課題」を、一人ひとりがどのように受けとめていくか……。「生活の本質」を静かに問い直す時期にさしかかっているようだ。

渡邉義孝(東京を描く市民の会理事)

 

『中国民家探訪事典』
鈴木喜一著
A5菊判、188ページ、本体2900円、東京堂出版発行

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