書評 その5
書評「何が日本のまちを駄目にしたのか」
[アユミギャラリーニュース000401]

 著者の寺田弘氏(調布市在住)はアユミギャラリー会友。軽金属メーカーを退社後、各地のまちづくりの現場を駆け回っている。
「東京再生か、東京崩壊か」――というショッキングな帯がついた本書は、まず文学・映画・漫画に描かれた東京を検証し、それらのイメージがそのままこの都市の変貌を描写していることを明らかにする。
 小津安二郎が映す下町に暮らす夫婦や親子のつつましいいたわりの姿から、肥大化するイデーと衰弱する肉体との間で引き裂かれるように崩壊する「ネオ東京」を描いたマンガ『AKIRA』や『エヴァンゲリオン』まで、若者文化とされる領域をも執拗に踏査する著者の姿勢は、東京の「実体」を追い続ける猟犬のごとき執念をも感じさせる。
 バブル期の変貌や大規模再開発によって歴史と魅力を失う東京に対して氏は嘆き、憤りを隠さない。「お金をかけてキンキンピカピカすることしか頭にない日本人の精神的な貧しさ」が東京のまちを駄目にしてしまったのだ、と。そしてデカルト二元論、原広司の空間均質論を検証しつつ、今や東京に暮らす一人ひとりの生活スタイルまで規定している均質化の問題、「場所性喪失」の問題に切り込んでゆく。
 だがそれは机上の論理ではない。寺田氏は路地を愛する。まちづくりの会のメンバーとして神楽坂も縦横に歩いている。「なぜ神楽坂が懐かしさや優しさを感じるのか」と自問しながら、「まちの裏側」というべき路地や空き地を残し――防災の名のもとにやみくもに道路を拡幅するのではなく――、住む人間のネットワークを大切にすることが東京の再生につながる、との結論に達するのだ。
 では具体的な処方箋はあるのか。「今後……一切、再開発とか整備とかいったものを認めないといった大英断」が必要、と筆者は言う。それこそが「資本の欲」「資本の力」に対抗する術である、と。
 まちづくりの現場では「総論賛成各論反対」のカオスがしばしば出現する。商店主の立場、住民の立場、在勤者の立場、地主の立場……それらが相剋する時、唯一の正解というものはなくなってしまう。
 先日寺田氏と話した折、現在進行中の石岡のまちづくりの話題に触れ、「それぞれの立場からまちにかかわる、というのでは駄目なんだ。自分の立場を一旦捨てて、それでもこのまちが好きだという地点からスタートしなければ」と力説されていたのが印象に残る。
 生産力至上主義の20世紀からの脱却が叫ばれながらも巨大開発や公共事業にアクセルをかけ続ける都政の中で、この書がダビデの一石になりうるか。「都市は人を賢くするし謙虚にする」――急ぎ足の歩みを止め、スケッチブックを開く瞬間を思い出した時、私もこの寺田氏のフレーズに共感するのである。【渡邉義孝】

渡邉義孝(東京を描く市民の会理事)

 

『東京―このいとしき未完都市』
寺田 弘著
定価1,500円、近代文芸社(03-3942-0869)発売

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