書評 その6


困難さと夢の長い旅
文化財修復の現場から見えてくるもの

 

『修復の手帖vol.2』

修復の手帖刊行委員会

ISBN:4990217802

2004年10月

30cm 87p

\1,260(税込)

 

 サブタイトルに「100年先の修復を考える」とある。

「いまの修復」ではない。「10年先」でもない。「100年先」である。

 やや大袈裟とも思えるこの言葉の裏に、こんなことが込めらていると私は読んだ。
 ひとつは、建造物修復に関わる問題の深刻さ。
 更に、複雑で総合的なシステムへの視点。
 そして或る種の「どん欲さ」と。

「建造物修復に関わる問題の深刻さ」という点では、古社寺の復原などに必要な自然素材、特に植物材料の生産と流通、そして施工体制の絶滅的危機がその背景にある。

 はしがきにあたるページにこうある。

「植物性資材に危機が迫っています。伝統的な資材が一般的に使われなくなって久しく、これらに携る技能者も減っています。……生産量は著しく落ちてきました。しかし、現実的には資材の品質は落ちても、逆に施工のコストは高くなっています。ますます一般から敬遠されるという、悪循環に陥ってしまったようです」

 それは共同体の崩壊とともに「育成・刈り取り・運搬・葺き」の一連の流れが消えてしまった屋根の茅(かや)や、機械の普及によって消滅した手縫いの畳床にも現れている。

 また、経済合理性と均一性、性能を数値で求める価値観の浸透等によって手仕事の領域は狭くなり、伝統的な工法は「普通の家」とは縁遠いものになっている現代。ごく一部の「文化財修復」という世界の中にしか生き残ることのできない技術と人材もその継承が危ぶまれている。

 修復の現場を丹念に巡ることで、先人の建築にかけた情熱と技術、材や構法への卓越した智慧をリアルに紹介するとともに、そうした危機感をも本書はビビッドに伝えてくれるのだ。

「複雑で総合的なシステム」とは、上記の修復を支えるさまざまな資材供給ルートや伝統技能の継承が、生産と生活と深く結びついたものであり、それを維持し支えるためには、単に職人の待遇の改善や保護だけでは対応できず、やはり日本人総体の文化・民俗或いは宗教といった面にも目を向けていく必要がある、ということだ。その意味で本書の巻頭に、群馬の山間地にIターン移住した哲学者、内山節氏が「森の記憶をたどる〜人と森の関わりを通して」を寄せているのは象徴的である。

「広大な森林を持つ北関東や東北の人々の『薪山』観と限られた森林資源を有効に使わざるをえなかった、西日本の人々の森林観」の違いから、都市の人々の「抽象化された森の文化」と「日常的に森と関わりつづける人々の世界」との対立を論ずる内山氏の小文は、森をめぐる日本の文化の多様性を強調する、やや異質な巻頭言ではある。しかしその底流にあるのは、生活の基層で自然と常に相対する姿勢を持つこと、そしてその時間の流れの中で建築を含む文化を透視する、という思想ではないだろうか。実際に彼は、神社仏閣の修復のために、例えば250年生といった材木の供給に必要な森を育てるという取り組みを進めている。「分進秒歩」を美徳とする現代において、それはまさに時間に対する哲学の領域である。

 そんな氏は別の本で「修業が感じられて貢献が感じられる」労働こそを「よい労働」と評している。文化財の修復を支える全国の職人たちこそ、まさにその典型といえるのではないだろうか。


▲p12「原皮師の仕事」(関美穂子)より

 三つ目の「どん欲さ」について。

 この本を実質的に作り上げた関美穂子さん(「のぶ企画」代表)は、前著『古建築の技、ねほり、はほり』から更に本書を形にしてゆく過程の中で、文化財建造物の修復というひとつの「穴」を通して、伝統技能の継承・生産システム・法制度・民俗学・植生・農業問題・哲学といった、途方もなく広い世界を透徹する視点を培っていったのではないだろうか。

 どれもが奥の深く、急を要する、しかし文句無しに楽しいフィールドとして彼女の前に拡がっていたようにも思える。取材で育んだ各地の人びととのネットワークも、そんな関さんの「夢」を繋ぐ掛け橋になりつつあったのだろう。情熱と溢れるインタレストが、この本の随所に満ちている。

 編集デスクとして裏方にいる彼女の息遣いが感じられるのが、兵庫の原皮師(もとかわし)の取材記。高木によじ登り檜皮葺きの材料を剥がしてくる70歳の職人の、仕事場たる山中に同行してのインタビューだが、技への驚嘆とともに、例えば炬燵の中で蹴られて起床したエピソードや大食漢だった昔の話などを通して、人との触れ合いの楽しさが伝わってくるのである。

 この本の臨場感は小野吉彦さんの写真に拠るところが多い。

 小野さんは文化財建造物の撮影を得意とするだけでなく、近代建築のスケッチもする、本当に古い物好きのフォトグラファーである。全てではないが工事の最中、こういうディテールが見たい、というポイントを見事に押さえている氏の写真は、建築フリークの欲求を見事に満たす。例えば広島の重要文化財・國前寺本堂の解体修理の梁組の写真。深い軒を支える存在として断面図などでは知っていても、実際には目にすることのない6mもの桔木(はねぎ)の力強さ。或いは滋賀の長命寺三仏堂の流麗な檜皮を葺いている職人の、竹釘を含んだ口元。伝統技術への畏敬の念も、そのカラー写真からは伝わってくるようだ。

 関美穂子さんは2004年12月17日、南アフリカに向かう機中で意識を失い、帰らぬ人となった。肺血栓塞栓症、36歳の短い生涯であった。

 生前、神楽坂建築塾の席上でお目にかかったことがある。パートナーである後藤治先生の講義と、日本橋街歩きフィールドワークに同席されたのだったと思う。人懐こそうな目をして、相手の話にじっと聞き入る姿が印象的だった。その後、彼女が職人技術の掘り起こし、修復の研究について目ざましい業績をあげていることを知った。

 わずかな時間であったが生前言葉を交わしたことのある一人として、その「夢」が長い旅の途上で途切れたことを思うと、無念さに言葉がみつからない。

 最後の仕事としてのこの『修復の手帖 vol.2』を通して、その志が「一粒の麦」のように広がることを祈らずにはいられない。

 全ページカラーで1200円、よくこの値段でできたものだと思う。書店の建築専門書のコーナーに籠っていてほしくない。一般の市民の中にこそ読者の層を広げてほしい。

 その道こそが「100年先の修復を考える」途なのだから。

2005.03.01 渡邉義孝(東京を描く市民の会理事)

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