家をつくるということ

家をつくるということ

「いい家」はあるのか?

kura.jpg▲千葉県の民家の蔵。先人の知恵と技能の宝庫。
 住まいは、人の暮らしを包む空間として、住む人の内面に絶えず影響を与え続け、同時に住む人のもう一つの「顔」として、人となりを表現しながらまちの景観をかたちづくります。

 培われた伝統的な技術をふまえ、風土性や地域性に依拠しつつ、きらりと光るデザインをまとった住まい。住む人のニーズを満たしながら、それ以上の豊かさ、楽しさを加えるような家。そして、本物の素材が、時を経るごとに味わいとなる建物。

 そんな住まいが、私たちの理想とする家なのです。

 少し前、「いい家」という言葉がブームになりました。
 しかし、本当に「いい家」というものはあるのでしょうか。
 私たちにとっての「いい家」が、別の誰かにとっても「いい家」である保証はありません。
 気密性・断熱性の数値こそが重要だと考える人、ゆがみや隙間がない工業製品のような精密さを住宅に求める人、生活に変化をもたらすデザインに価値を置く人、時間を刻んだ空間に安らぎを感じる人……。座標軸は、人それぞれであるからです。「万人にとっていい家」はありえないでしょう。

床板の隙間は欠陥か?

sukima.jpg▲習志野の家の無垢板フローリング。これは「不良品」か?

 右の写真は「習志野の家」のブナ無垢フローリング材の拡大写真です。床暖房を入れた部屋です。乾燥する冬は板幅が縮み、広いところでは2ミリ近くの隙間があきます。しかし梅雨時になれば、カミソリも入らないほどぴったりするはずです。これは「欠陥」でしょうか。

 床暖房対応の既製品ではなく、自分で気に入った広葉樹の板を選び、家族で削って自分で何度も自然塗料を塗ったものです。磨けば磨くほど鈍い輝きを増すこの板は、伸縮しない規格品とはまた違った魅力がある、と少なくとも住む私たちは感じます。

 わずかな歪みやあばれを好まない人には、こういう家づくりはお勧めできません。ビニールクロスやボード、新建材の方が適しているかもしれません。

 「この工法でなければ全部ダメ」というのは危険です。どんな工法・構法にも長所と短所があるはずです。

 「いい家」は絶対なものではありません。何に重きを置き、何を諦めるか、その取捨選択をする価値観こそが大切なのです。


家は「つくる」もの

irori.jpg▲いろりの前でいただく手作りの野菜。こういうぬくもりのある家を、作りたいと思います。

家は「買う」ものではなく「つくる」ものだと、私たちは考えます。

 日本では多くの人がハウスメーカーで家を「買う」ようです。巨額の宣伝費用を投下して統一された規格のもとに均一な製品を大量に供給するやり方で、そのシェアをのばしてきました。最近は「施主のニーズに応える」ことを謳う業者も多いですが、希望を出せばオプションとして金額が上乗せされ、最終的な坪単価ではコスト高になることが多いようです。

 町場の工務店・大工さんは、これまで日本の住宅の作り手として最も重要な位置を占めてきました。私たちも基本的に、こういった職人さんたちとともに家づくりを進めていきたいと思っています。ただし施工側のやりやすさで納まりを考える傾向や、環境や素材に対する専門知識の不足はあるかもしれません。

 私たち独立の設計者は、施工業者や販売業者からの金銭の授受がなく、施主から報酬をいただいて設計および監理の業務を行います。それゆえ、施主の利害を代弁し、もっとも良質な建築を適正な価格で施工するように現場を進めることが出来ます。

 そのために、私たちも常に社会の動向に気を配り、建材・環境・健康・構造・安全といったテーマでの情報収集、学習、自己研鑽につとめています。