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今回、屋根瓦工事をお願いしたのは、市川市の野川屋根工事店。数人の職人さんたちの中に、大塚眞蔵さん(75)の姿があった。休憩時間に屋根から降りたところで少しお話をうかがった。
大塚さんは1929年生まれ。今の東京都墨田区、本所に生まれた。
尋常小学校を出て13歳で瓦職人に弟子入りするも、1945年の東京大空襲で焼け出され、江戸川を越えて千葉県市川市に移り住んだ。それ依頼、一貫して屋根葺き職人として60余年を過ごしてきたことになる。
屋根瓦もまた、技術の進歩で大きく変わってきたという。
まず昔に比べて瓦を高温で焼くようになり、強度が増すとともに叩いたときに金属音がするようになった。
実際に、我が家を守ってきた40年前の瓦を叩いてみる。
「コンコン」
やや鈍い音だ。
一方、新しい瓦は色がやや薄いネズミ色。叩くと、
「カンカン」
確かに高い金属音がする。
この瓦の質の変化により、カットの方法も変わる。大塚さんによれば、昔の瓦は玄翁(げんのう=片方がクチバシのように尖ったハンマー)でコツコツと叩いて割っていたが、新しい瓦は電動サンダーの方が切りやすいとのこと。また産地によっても成分が違うが、一番施工しやすいのは石州瓦(石見地方産)だという。
葺き土も以前は市川の行徳の泥を使っていた。冬は泥が凍ってしまい、それを捏ねるのは大変だった、と笑う。
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▲玄翁で瓦を割って見せる大塚さん。コツコツと叩くだけで直っすぐに瓦が割れた。
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大塚さんはご高齢ということもあり、長年の経験を元に「特別に面倒な納まりのある現場」にだけ、応援で駆けつけるという(……ってことは、うちがそうだってこと?)。ともあれ、こういう職人さんのおかげで、家はひとつひとつでき上がっていくのだ。
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