愛情物語

さすがに最近は肌寒くなってきた、ここ札幌は中の島でございますな。
この時期になると、北海道は本州とは気候帯が違うなぁ、と思うのである。北海道は冷帯なのだ。
店が超忙しい時期がしばらく続いていたが、最近は若干落ち着いてきて、体力も少し回復してきたので
よし、それじゃヒサビサに更新でもしてやろう、お前らのために、といつのまにか読者諸氏の知らないうちに
恩を着せてしまう俺なのである。いえいえ、そんなことありませんよ。ホント感謝しているでごじゃいますですよ。
皆さんが来てくれるのが有り難くてモニターに向かってこうべを垂れておりますですよ。地球が3頭のゾウの背中に乗せたお盆のようであることも知っておりますですよ、などといつものとおり話がずれていく。すまん。

愛情の形というのは人それぞれである。先日俺が厨房で和田アキ子の歌うリーブ21の歌を歌っていると
ちょっと聞いてくださいよ、とアヤがやってきた。
彼女の言うには、昨日、元カレから電話がかかってきたそうである。3年前に、約1年ほど付き合っていた
そうであるが、実は新しい恋人ができた、という内容の電話であった。
優しい彼女は、今、いい友達になっている彼の吉報を心から喜んであげたのである。
「いやー、僕、一番最初にアヤに伝えたかったんだ」
「ホントよかったねー。」
「でね…新しい恋人って……オトコなんだよね」
「…へ??」
で、アヤはあたしは一体何だったのぉぉぉ〜!!と俺に怒りをぶつけるワケなのだ。実に迷惑なのであった。
そういえば…と過去の事を思い出すと、今になって様々なことが説明つくのである。
家に泊まりに来た時も、一応ドキドキしているのに、おやすみ、といった後、マジに寝てしまう彼。
いやいや、元カレがホモだったとわ。実に災難である。
よし、これはタイ語教室の宿題に使える、と思い、(タイ語で文章を作っていくのだ)先週、この内容を
俺は発表した。最初は表現ミスなど指摘していた先生も、途中からそれでどうした?などと身を乗り出してくる
のである。宿題がオオウケし、上機嫌の俺であった。

愛情物語、という映画である。これはトモヨちゃんが出ていたほうの映画ではなく、1956年に発表された
もので、The Eddy Duchin storyというのが本来の名前である。オーケストラのピアニストになるために
ニューヨークに出てきたエディ。やがて自分のバンドを持つまでに成功した彼は自分を応援してきてくれた
マージョリーと幸福な結婚をする。しかし、出産後、愛する妻を無くした彼は自暴自棄になり、子供と音楽を捨て、
戦場にいってしまうのである。出征先で息子の大切さに気付くエディ。しかし、彼自身が作ってしまった
息子との心の溝はそう簡単に埋まらないのである。お互いに歩み寄りたいのにうまくいかない。
しかしそれを乗り越え、幸福な日々を送るのであるが…、というとこまでにしておこう。後は借りて観なさい。
全編に流れるショパンのノクターン(ジャズアレンジである)が俺は大好きで、この曲を聴くたびに
俺はこの映画を思い出すのである。そして、俺が一番好きなシーンは、出征先のアジアのどこかの
壊れかけの1台のピアノで地元の子供と一緒に演奏をするところである。
彼はここで、自分にとって本当に大切なものは何かを気付くのである。名作の中の名シーンだ。
以前、現東京在住のソウルデゥオ「すすもり」のところにこのビデオを持ち込み、照明をムーディに
落とし、男2人で酒を飲みながら観た事がある。感動で泣きながらみていたのだが、今思うと実にキモチ悪く、
かつ美しくない風景であることに気が付いた。チナミにホモではありませんので、そこんとこはどうかひとつ。

タイ語の宿題では俺は毎回、頭をしぼっている。簡単な文を考えればすぐにできるのだが、以前に
ホモのマネをしてウケ、みんなが俺の宿題を楽しみにしているらしいので、田中邦衛のマネをしたり、
必要以上に努力しなければならないのである。頭痛のタネであり、間違った情熱にほかならないのだが
そのタネは自分が蒔いたもので、しかも少しずつではあるが上達してきているようなので、ま、いいか、
と思っているのである。さあて、さっき買ってきた浅田次郎の本でも読むかな。酒つきで。