兄貴の証言

 空ビン配達。

 夜も明けようとする頃、住宅街を少なくとも2種類の自転車が走ってゆく。
 1種類は新聞配達の自転車である。
 もう1方は、重々しくもギシギシいわせながらペダルを漕ぎ、ガチャガチャと賑わ
しくビンののぶつぶかる音を響かせながら走る牛乳配達の自転車である。

 家の玄関先にある乳業メーカーの書かれた小さな木箱に、洗った空の牛乳ビンを入
れておくと、目が覚める頃新鮮な牛乳が入っていた。
 今にして思うと、こうした宅配という方法は偉く贅沢なシステムであり、しかも殺
菌技術が進んでいなかったこともあって、低温殺菌の牛乳らしい牛乳を毎日飲むなど
という贅沢を、なんの不思議にも感じることなは無かった。

 北海道でしか飲めないものの中に、あの雪印が製造している「カツゲン」という飲
み物がある。
 ヤクルトと同じ乳酸菌飲料ではあるが、ヤクルトよりも早く普及していたように記
憶している。50mlぐらいの小さな頑丈な瓶に入っていて、乳酸菌飲料独特の香りと酸
味が強く、甘くてヤクルトよりも刺激的。
 どこの家庭も、そんな高級品を人数分とるはずはないので、どの箱にも牛乳が2本
ぐらい、カツゲンはあって1本、多くて2本ぐらいしかとらない。
 我が家でも、子供が回り順で飲むことになっていたので、毎日飲めるというもので
はなかった。
 どうしてそんなことをするのか僕は理解出来なかったが、妹も弟も、小学校低学年
を過ぎようとする頃には、飲んだ牛乳のフタやカツゲンのフタ集めを必ずするのだっ
た。下の妹などフタの貼ってあるノートをめくりながら、「この日はカツゲンだった
んだよ。」と嬉しそうに話すのだった。
 フタを貼ったノートを見ながら、その日々の味を懐かしむためでもあったのだろう
か、未だに、そうしたコレクションをする意味が理解出来ない。多分、大人になって
しまった彼らにも理解出来ないであろう。

 そしてある時から、住宅街では不思議な現象が起こった。
 まず隣の家のカツゲンが配達されなくなった。何故か空ビンの回収もされなくなっ
た。
 暫くすると、その隣の家も同じ現象が。
 井戸端会議で、そんな状況を母が聞いてきたらしい。
 牛乳屋さんに確かめると、確かに配達しているという回答で。
 一体犯人は、犬か猫か何なんだろうという町内の話題。
 まさか犬が牛乳を見逃すことはないし、ビンが元の位置に戻されていることから、
犯人は人間ではないかという意見が主流なのだが、犯人が分からない。
 人は、疑うとなんの根拠も無く疑うものらしくて、新聞配達の兄ちゃん説というの
もあったらしい。

 うちの弟は、いつも早起きで、明るくて、元気で丈夫。
 起きると新聞を持ってきたり、玄関掃除をしたり、散歩をして帰ってきて、朝ご飯
を食べて、いつもにこにこしている。
 近所中の犬や猫とも友達。

 いつからか、彼の仕事の順番は、散歩から始まることになっていた。
 ある日、朝早く散歩に行く弟を、母が何気なく見送っていると、何故か隣の家の玄
関口へ。
 何をしているのかなぁと見ていたら、牛乳箱の前にしゃがんで回りをきょろきょろ
と探った後、いきなり、ふたを開けてカツゲンのビンを取り出し、アッという間に飲
みほすやビンを箱の中に入れた。
 「泥棒を捕まえてみれば、我が子なり」を地で行かれては母も立場がなかったらし
い。加えて、父は、雪印の社員であった。
 怒り狂う母を前に、彼は「母さん、なにおっこてんの?」とキョトンとしていたそ
うである。

 でも、盗み飲みをした彼は、いつも元気いっぱい。
 何しろ「カツゲン」は「活源」をカタカナにしただけなんなだから。

これは、俺の兄貴が親戚に配信している文章を無断で転載したものだ。許せ、兄よ。
で、文中の「弟」とは、モチロン俺様のことなのである。記憶にないのであるが。