リョーイチの贈り物


    「ねえ、カーカー鳴くのがハシブトカラスでガーガー鳴くのがハシボソカラスだって知ってた?」
ぼくは身体にはいいけどちっともおいしいとは思えない玄米ごはんを食べながら、ママに聞いた。
校章のバッジを落としたことでさっきうんとおこられたので、雰囲気を変えようとしたのだ。
「良一、食べ物を口に入れたまましゃべっちゃいけないって言ったでしょ」
「でも、さっきおじいちゃんが・・」
「おじいちゃんはもういいの!それより宿題は?はやく食べてお勉強しなさい!」
ママっていっつもこうなんだ。ぼくはごちそうさま、と口のなかで言ってできるだけ速く階段を駆け上がり、部屋に逃げた。
どすん、と机の上に教科書の入ったかばんを放り投げる。勉強なんてする気がしない。
「あーあ」
ぼくはベッドに身体を投げ出して、枕元の本をいいかげんにパラパラとめくった。
今日のように塾のない日の夕御飯は憂鬱だ。
ママは勉強勉強とうるさいし、友達の誰も行かない私立中学へ行けと言う。
ぼくは勉強なんか大キライだし、塾だっていきたくない。
でも、今のところぼくにとって一番落ち着けるのは、金切り声を上げるママのいない、塾と学校だった。
パパは4月から単身赴任で大阪へ行っている。
まぁ、家にいたとしても、毎日帰りが遅いし休みの日でも寝てるかゴルフかで話す時間なんてないからおんなじことだ。
たのみの綱のおじいちゃんは去年倒れて入院してしまった。それでも口だけは元気で、塾のない火曜日と木曜日には
大好きなおじいちゃんを見舞うためにぼくは病院へ行っている。
「勉強なんてせんでいい。けど他人の気持ちを分かる人間になれ」
勉強をまったくしない訳にはいかないけれど、その言葉はママのとちがって素直にうなずける気がした。
でもママはおじいちゃんがキライなようで、
「お父さんは考え方が古いんです!」
なんて病院中に響くような高い声でヒステリーをおこすんだ。それ以来、お見舞いは一人で行く。
カラスの話も、今日、おじいちゃんから聞いたものだった。
「あーあ」
ぼくは本を投げ出してのろのろと起き上がった。まだ7時だ。見たいテレビがあるんだけど、
居間でママと顔を合わせたくない。
そのままベッドの脇にある窓をなんとなく見ると、外の電線にカラスが一羽とまっている。
ぼくはカラスが大嫌いだ。なぜって?だいいち黒くてきたなくて、ぜんぜんきれいじゃない。
生ごみをあさってくいちらかす。そしてなにより一番いやなのは、朝、窓のすぐ横でガーガー大声でなくことだ。
夜おそくまで勉強しなきゃならないから朝は少しでも寝ていたいのに、うるさくって寝てられない。
このカラスはきっと、朝のあいつだ。おじいちゃんの言ってたハシボソカラスだ。
ぼくは、本棚の後ろから、ママに見つからない様に隠していた−見つかったらまたカラスみたいに
ギャーギャーいうのにきまってる−エアガンを取り出した。
前に、向かいのアパートに住んでいた大学生のお兄ちゃんにもらったんだ。
「生き物は撃つなよ」って言ってたけど、カマワナイヤ。ぼくにだって平和に眠るケンリはあるぞ。社会で習ったジエイケンもある。
カラスはこっちにおしりを向けている。ぼくは音をたてないように窓を開け、ねらいをつけた。
ばしん、という発射音とほぼ同時に、「ギャアッ」となきごえが聞こえ、ばさばさと羽音をたててカラスはおおあわてで遠くに
見える山の方に向かって飛んでいった。
ぼくは、なんだかすっきりして笑った。生き物は撃たない約束だったけど、窓から撃つぶんにはおもしろいや。
はむかってこれないし、もしきても窓を閉めればいいからね。それにカラスならおにいちゃんもおこらないとおもうよ。
ぼくはやっと机に向かい、宿題をはじめた。
塾の問題よりかんたんだ。それにしても来年は中学の受験だ。それが終われば高校受験、そして大学受験。
そんなにいっぱい習わなきゃいけないものがあるのかなぁ。ぼくはペンを止めてそう思った。
友達と一緒に普通の中学に行きたいなぁ。でもママは耳もかしてくれない。
「あーあ」  

 


「こつこつ…こつこつ…」
どこか遠くで音が聞こえる。
「ううん…うるさいなぁ…」
ぼくは、のろのろと寝返りをうった。いろんな事を考えていて、寝るのがおそくなってしまった。
「こつこつ…こつこつ…」
まだ聞こえる。
そのうち、からから…という音が聞こえ、部屋の空気が動きはじめた
ぼくは完全に目をさました。まだ真っ暗だ。
閉めていたはずの窓があき、風がカーテンをゆらしてる。
「おっかしいなぁ…」
ぼくはなんだか少し怖くなって、わざと声に出して言った。それで少し元気がでて、首だけ起こして窓を閉めようとした。その時。
「ばさばさばさッ」
音をたててくらやみの中を黒いかたまりが動いた。こわすぎると悲鳴がでないっていうのはほんとうだ。
気がつけば、ぼくはふとんをかぶってふるえていた。のどがひゅうひゅうと鳴り、あぶらあせがだらだらと流れる。
「クククッ…良一、オレだよ」
かわいたような、ひしゃげたような、少し笑ってるような声がする。
「だ…だれ?」
口の奥からやっと声がでた。
「良一、オレだってば。みっともないから早くでてこいよ」
ぼくはふとんから目だけを出し、そっとあたりをうかがった。目の前にカラスがいる!
「さっきはよくもやってくれたな。あれはきいたぜ」
カラスは顔をしかめて、ドスのきいた声で言った。
「ふ、復讐にきたの」
「おうさ。あんなことされてだまっちゃいられねぇ」
ぼくは、まくらのそばに置きっぱなしにしていたエアガンを横目でちらっと見た。
「おぉっと、ちょっとまったちょっとまった、おちつけ。じょーだんよ、じょーだん。そんなにビビるなって。
クククッ、おまえって本当マジメだな。からかいがいがあるぜ。甘ちゃんのおまえのために、
わざわざ担当の俺様が来てやったっていうのによ」
ぼくはカラスがしゃべるのを聞いてびっくりしたけど、そのうちにだんだん腹が立ってきた。
「うるさい!カラスのくせに。こんな夜中に上がりこんで生意気だぞ!それに担当ってなんなんだよバカガラス!」
カラスはまったくしょうがない、という感じで肩をすくめてから胸をはって言った。」
「いいかい?バカガラスじゃねーんだよ。オレにだって名前はあるんだからな。ちゃんと
リョーイチって呼びな」
「リョーイチ?それってぼくの名前じゃないか!」
「バカだなおまえは。だからオレが担当だっていっただろ」
カラスは左羽を伸ばしてたんすにななめにもたれかかり、右羽で頭をかきながら話し始めた。
「いいかぃ?これはずぅっと昔からのきまりなんだけどな…」
げほん、と咳払いをして続ける。
「生まれる場所がちがっても、カラスと人間は同時に生まれるんだよ。つまり分かりやすくいえば、
オレが生まれたのと同時にお前が生まれたのさ。だから、生まれた瞬間に、オレ達は誰の担当になるのか決まるんだ。
そんなふうにして一人の人間にかならず一羽のカ
ラスがつくキマリになっているんだよ。そして同時に歳をとっていく。だから同じ名前にすることになってるんだ」
「そんなの、ウソだ。聞いたことないよそんな話。だいたい、それじゃ担当の人間が死ん
だらどうすんのさ」
「ホントだよホント。オレは人間の言葉だとハシボソカラスらしいが、そんなのウソだよ。
もうすぐ声変わりなだけさ。お前とおなじ年だからな。それと人間が死んだら、じゃなくてカラスが死んだら人間も死ぬんだ。
かんちがいするなよな。オレ達が死ぬときは、ただ神様の方に飛んでいくだけさ。だから死体はのこらない。
そして、そのとき人間も死ぬ。お前、死んだカラス見たことあるか?」
「いや…ない」
「そうだろ?まぁ、たまには自分のドジで死体になるバカもいることはいる。
でもな、自分が死ねば担当の人間も死なすことになる。そんなときは神様にうんとおこられるらしいぜ…おまえ、なんて顔してんだよ。
ま、俺様のことは心配すんな。そんなドジはふみゃしねえから。そういうワケでオレ達の数と人間の数は一緒なんだ。ワカル?」
リョーイチはのどがかわいたらしく、金魚蜂に飛んでいき、
「カーッ、うめーッ」
と言ってみけんにしわをよせた。
「でもさ…いったい担当って何の担当なの?
なんか仕事があるの?」
「大ありさ」
リョーイチは得意げにうなずいた。
「カゲをはこぶんだ」
「カゲ?カゲって地面にうつるあのカゲ?」
「おおさ。お日様がしずむだろ?そうしたらオレ達カラスが人間のカゲを森にしまいにいくんだ。朝はその逆さ」
ぼくは吹き出した。
「なーんだ。それが仕事?ぜんぜんたいしたことないじゃない」
リョーイチはおこって口をとがらせた。
「いいか、よくきけよ。カゲって大切なんだぞ。自分のカゲをありがたいと思わなきゃだめだよ。
カゲがないってことはヒカリもないってことだ。この世界からカゲがきえてみろ。まっくらになっちゃって人間なんか
青白くなっちゃうんだぞ!なにいってんだい!」
「あの…ごめん、ぼくカゲがそんなに大事だなんて知らなかったから…」
あわててぼくがあやまると、リョーイチは少し機嫌をなおしたようだった。
「わかりゃいいんだよ、わかりゃ。まったく。ちゃんと勉強しなきゃだめさ。
ついでにいっとくけどな、カラスは人間の担当だけど、ほかにもいろいろあるんだぜ。チャイロチョッキリが
セイタカアワダチソウの担当だとかさ。カゲだけじゃないんだよ。いろんなことが決まってるんだ。
人間だってそうさ。おまえ、まだ自分が何の担当か知らないんだろ」
「えっ、ぼく?…うん、しらない」
「まぁ、人間は頭悪いし、オレ達とちがって、一人一人役割が違うっていうからなぁ。ま、そのうちわかるさ。
とにかく俺様がいいたいのは、そんなわけだから、今日みたいに生き物をいじめるなってことだ。
カラスだけじゃないぞ。魚や草や、もちろん人間もだ。それぞれ役割があるんだからな。ムダにしたら神様にたんまりおこられるぜ」
リョーイチは眠そうに眼をしばしばさせて窓際まで飛んだ。
「さて、俺様はそろそろいくぜ。トリ眼だからなぁ。夜はきついんだ」
「まって。またきてくれる?」
「ああ。俺様の担当だからなぁ。でも、もう口はきけねぇ。一生に最高一回までって決められてるんだ。
そんでも人間と口をきこうとする奴はあまりいないがね…」
「ねぇ、神様って本当にいるの?」
「さぁねえ。俺様は会ったことねえけどなぁ。でも、だからいないとは限らねえよ。カゲの仕事だって
大昔に神様にたのまれたらしいしなぁ」
リョーイチはちょっと笑って言った。
「ほら、机に辞書があるだろ?あれを引いてみな。カネ、とかヤサシサ、とかさ。それで
形のないものにしるしをつける。いっぱいあると思うぜ、目にみえないものが。
でもな、そういうものがある、と思う人には感じられるんだ。そしてそれはカゲと同じくらい大切なことだよ。神様もそれとおんなじさ」
じゃあな、良一。わすれんなよ、という声が、
はばたきと一緒に遠くなるように聞こえた気がする。  


ぼくはめずらしく目覚まし時計の音で飛び起きた。
「リョーイチ?」
そっと呼んであたりを見まわす。
なんの気配もない。
まどはしっかり閉まっていて、カギまでかけてある。ぼくはおきあがって、たんすや金魚鉢、床やベッドの上など調べてみた。
ない。なんにもない。黒い羽ひとつ落ちてない。窓をあけてそこら中見てもなにもない。まくらもとにエアガンがおいてあるだけだ。
……そんな…あんなはっきりした夢なんかない…話したこともみんなおぼえてる…
その時部屋のドアが開き、
「良一、いつまでねてるの!早くご飯たべなさい!」
とママが入ってきた。
おおあわてでエアガンをかくし、
「今いくよ!」
と言った。まったくノックくらいしてくれよな。プライバシーのシンガイだよ。
いそいでご飯を食べ終わると、親友のシンジがむかえにきた。
外に出ると、空にはひつじ雲がうかんでいる。ふたりで歩きながら足もとを見ると、カゲがあった。
あると思う人には感じられる…リョーイチはたしかそう言ってた。
顔をあげてまわりを見回してからぼくは思った。
夢でもなんでもいいや。夢だってかたちはないけど、たしかにある。そしてカゲと同じくらいたいせつなんだ。
ぼくは二人分の元気な影をみてなんだかうれしくなり、シンジの顔をみてわらった。
そして、ふいにおじいちゃんの話を思い出した。
「シンジ、おまえカラスの見分け方知ってるか?カーカー鳴くのがハシブトカラスで…」
そのとき、空から銀色のちいさなものが、ぼくの目の前に落ちてきて、ぽとん、と音をたてた。
きのうなくしたはずの校章だった。