いやいや、寒い。とうとう雪が降ってしまったか。というわけで、今、「シュレック」という映画の
試写会のチケットをもらったので、見てきたのだ。いろんなパロディーがあってなかなか面白く、
なかなか楽しめた。しかし、見ている最中、左フトモモのウラがツリ、死ぬかと思ったのだ。
で、今夜は我が家でナベパーティーだ。キノコ鍋。
毎年、俺は決まった奴らとキャンプにいくのだが、これからそのメンバーがくるというので、
ひさびさに、自分の部屋に掃除機をかけた。
パチパチパチと掃除機がゴミを吸い込む音がなかなか快感である。しかし、このゴミらも
結局は俺と同じ原子からできているのだ。ただその配列やつながりかたが違うだけで、
彼らは掃除機に吸い込まれていく。そのことに今、俺は世の無常を感じていたのだ。
秋とはそうやって物思いにふけるときなのである。しかし、もう秋ではないので、そんなことは忘却の彼方に
葬り去り、そろそろ更新をしなければ、と思い、こうして書斎のマホガニー製の机に向かい、キューバ産の
極上葉巻、特上シェリー酒、パツキン美女フジ子、愛犬ラッキーらに囲まれ、頑張っているのである。
ああ、金持ちごっこを一人でやってもつまんないので、4リッター1380円の合成焼酎でも飲むか。
俺が最初にはまった本とは、あの有名な「ロビンソン漂流記」である。その少年向けの訳のものだったが
これがもう、滅法面白く、たぶんのべ50回以上は読んだはずだ。当時、テレビはウルトラマンや仮面ライダー
などのヒーローものが花盛りで、俺も大好きであったが、やはり実在するとは到底思えない設定なのである。
例えば、そのころ、映画「日本沈没」に藤岡弘がでているが、沈没したとて、彼はライダーに変身して人々を救ってはくれないのである。
しかし、この「ロビンソン漂流記」は違った。無人島に漂着し、住みかをつくり、外敵から身を守る為に
垣根となる苗木を植え、それが本当の垣根になるまで2年以上かかるのである。それは、俺に
「もしかしたら、こんなことは本当にあるかもしれない」
と思わせるほどリアリティに富み、読むたびにワクワクするのだった。
サラリーマン時代やそれに続くプーの時は、本当に本をたくさん読んだ。自由になるカネがたくさんあった
ので、休みのたびに本屋に行っては本を数千円分買い込み、幸福感に包まれながら読みふけるのである。
その時、俺のお気に入りの「グリム童話」を買ってきたのであるが、どうも、なんか違和感があるのである。
あんなに面白かったのに、どうも違う。そこで再度本屋に行き、調べたところ、俺の好きなのは岩波文庫
のグリム童話だ、ということがわかった。訳をする人が違うのだ。言葉の端はしのニュアンスで、まったく
別な読み物になる、ということがはじめて分かった。で、感動し、岩波のグリム童話を全巻集めたりする。
ゴードン・スミスのニッポン仰天日記、という本がある。今、俺の手元にはない。確か3000円くらいしたのだが
誰にかしたのか忘れてしまい、未だに戻ってこない。面白い、と思うものは、つい他人にも読ませたくなり、
従って、こういうふうに行方不明になった本が俺にはたくさんある。で、未だに返してない本もあるので
ちょんちょんなのだ。そういえば、今思い出したが、小学校の時、増子タケヒロという奴から自転車の
空気入れを借りた。そしてそれは、まだガレージにあり、この間もチャリの空気を入れるのに使ったのだ。
増子、すまん。
で、ゴードン・スミスの本だが、その内容は、当時の日本の文化、生活を西洋人から見た視点で
書き残したものだ。これは大変おもしろかった。
人間というものは、同じもの、同じことでも一人一人受け止め方が違う。俺はそういう人によって違う
感じ方を知るのが大好きなのだ。
俺はこう思っているが、あいつの考えの方が深いかもしれない、などと自分の考えを改める事もあるし
まったく相容れない考え方であるが、ま、俺に迷惑をかけない限り、ま、いいか、などと本に限らず
日常生活のいろいろな場面で常に観察、考察してしまうのだ。
椎名誠、という有名な作家がいて、俺はこの人の本が結構好きなのである。彼は「本の雑誌」という
文字通り本に関する雑誌の編集長なのだが、彼の著書「本の雑誌血風録」、同じく社長である
目黒孝二著「本の雑誌風雲録」、本の雑誌社の社員であった群ようこ著「別人群ようこのできるまで」
は、これらの3人が一緒に過ごした本の雑誌社のことについて、別々の視点から書かれたものだ。
なかなかこういう読み方も面白い。
ここまで書いたところでナベパーティがはじまり、今はその一週間後だ。何を書きたかったのか忘れてしまった。
でもまぁ、もったいないのでアップしよう。
要するに、こういった文章というのは、どれもこれも、「あ」とか「美」とかの字からできている。
それが著者の感性による文字の選択により、読み手に様々なインスピレーションや感動を与える文章に
なっていく。願わくば、こうやって書いている俺の文章が、配列違いによって掃除機に吸い込まれないように
祈るばかりである。あ、吸い込まれた。