異人たちとの夏

何事も食わず嫌いはよくない、と思う。
先入観を持って物事を判断するのもキライだ、と思っている。
しかし、俺の心の中には、見たこともないくせに、邦画のイメージは、洋画の
それよりもあきらかに劣っていたのだ。そんなときにこの映画を見た。
これ以後はストーリーのあらましも書いてあるので、見てない人は見てからね、

 

 

主人公は、かつて暮らしていた浅草の演芸場をふらりと訪れ、、演芸を見ている。
彼は毎日の仕事に疲れきっていたのだ。だからこんなところにきたのかもしれない。
そして、舞台を見ながら何気なく見渡した前方の客席の中に、見たことのある男が一人、
前方の座席に座っているのを発見するのだ。
男はやがて振り向き、
「よっ!」
っと言って手を振った。死んだはずの父。
彼の両親は、自転車の二人乗りをしていて車にはねられ、とうの昔になくなっていたのだ。
「よし、行くか」
「え?行くって…どこに行くんですか?」
「決まってるじゃねえか、家だよ、家」(こんな会話だったと思う)
そうして彼は、母とも会う事になるのだ。
始めは信じられない思いの彼も、心の底からうれしくてうれしくてしょうがないのだ。
何にだろう?
なつかしさ。理屈抜きのやすらぎ。損得なしの関係。親子のつながり。人を思う心。
これは見る人によっていろいろ異なって感じることだろう。
彼はしばらく味わったことのなかった小さな幸福感に満たされ、足しげく両親のアパートへ
向かうのだ。

しかし、それも長くは続かないのだ。見ていないのにもかかわらず、そして俺が気を使って
ストーリーを書いてるよ、と親切でいっているのもかかわらずここまで読んでいるアンタのような
人もいるので(ギャハハ!)詳しくは書かないが、最後に、皆ですき焼きを食べよう、と
料亭に行くのだ。しかし、生身の身体ではない両親は、彼の目の前でどんどん姿が薄くなる。
最後の最後まで、自分達の息子を気遣う言葉を残して消えて行く両親に、彼は全ての思いを込め
「ありがとうございました…ありがとうございました…」
と礼の言葉を言うのだ。
俺も小さな頃に親父を無くしているからかもしれないが、その姿を見て次から次へと勝手に
涙が溢れ、実に困る。よって、この場面はいつもまともに見ることができないのだ。
理解できない事件や、効率第一主義(これはしょうがないのだが)、表面場だけなぞり、
その奥底にあるものや、目に見えるモノだけを信じ、形のない心のようなものを大切に
しているとはあまりいえない今だからこそ、光る映画だと思う。
この映画には、片岡鶴太郎さんが出ているが、彼は年を追うごとにどんどんかっこよくなるなぁ。
俺もそうなれる様にがんばらなくちゃあ。