パリについた時、
「あぁ、石の街なんだな」
と思った。
札幌生まれ、札幌育ちの俺は、瓦屋根をあまり見たことがない。
だから本州に行ったりすると、家が大変立派に見え、すげぇなぁ、
と思うのだが、ここでは家も道路も石だ。大変立派で美しい。
でもさ、なんでこう、犬のウンコがおおいのかね。
ふんずけてしまったぢゃないか。俺はみかけることはなかったが、
「ふんずけたウンコをこすりおとすための器具」が街のあちこちに
設置してあるらしい。
ルーブル美術館にいった。一週間では見きれないというのは本当だ。
おびただしい数の名画、彫刻、遺跡からの出土品が幾多のフロアに
展示され、頭が飽和状態になった俺は「モナリザ」の前で出土品の男性像の
○×○ンがすべて折れてしまっているのに心を痛めていた。
紙ねんど持ってけばよかった。
フランクフルトも石の街だ。
美しい町並みを歩き回っていて、ずいぶん若者の姿が少ない街だなぁ、と
俺は感じていた。ここにはウンコもなく、商店街に入るとイメージそのままの
ドイツ風の建物が立ち並び、うれしくなってしまう。
と、とつぜん、店の中が若者で大混雑の建物があった。そうか。若者はここに
いたんだ。フランクフルトが過疎だなんて聞いたことないしな。何屋なんだ、ここは。
それはポルノショップだった!
人で溢れ返った店内はその熱気とはうらはらに静まり返り、あまりの迫力に俺は
すぐ表にでてしまった。俺もイモとソーセージ、もっと食べよう。
その韓国料理屋は何度も足を運んだ。ワインと韓国風焼肉。これがうまい。
ドイツのグラスはかわっていて、必ず目盛がついていた。ワインならここまで、
ビールの泡はここまで、と決まっているらしい。几帳面なお国柄だ。
何度も行ったのにはワケがある。もちろん、料理がうまかったこともあるが、
そこの女主人、これである。
彼女は俺よりいくつか年下らしかったが、これが物凄い美人で、アジア女性と
しばらく話しをしていなかった俺は、なんとか接触の機会を持とうとチャンスを
うかがっていた。
どのくらい美人かというと、日本人より多少ケバめの化粧がばっちりと決まっていて
スタイル抜群、妖艶にして清楚であり、日ごろから外見など全く気にしない俺も
右フックをカウンターでもらったような状態に陥り、給仕する彼女の手元を
うっとりと見てるのであった。
夢心地で焼肉を食う。
トイレにいこうと立ちあがり、部屋を出たところで彼女とバッタリ会った。
チチチャンス!心のビビりを表に出さないように細心の注意をはらいながら俺は、
ベタベタの日本語ナマリの強い英語でこういった。
「俺は日本のロックスターだ。一緒に写真を撮ってくれ」
そして、それだけでは不足かな、と思い、ロックスターらしく見えるように、
「ワォ!」
といってコシをふって踊り始めた。バカだ、今思えば。俺は。
しかしこの捨て身の作戦が功を奏し、笑ってくれたので、俺は彼女の肩に
手をまわし、写真を撮り終わるまでの5秒間、甘美な時間を過ごすことができた。
わはは。
性懲りもなく次の日も行った。これ以上のネタがなかったので彼女と接触する
気はなかったが、それでも俺は十分幸福だった。
彼女にみんなで(10人くらいいた)グラスワインを一杯ずつ頼んだ。
明日は日本に帰る。最後の乾杯だ。
さて飲もうとすると、なんと!!俺のグラスだけ、グラスについた目盛をはるかに超えて
ワインがなみなみと注がれていたのである!
そうか、わはは。俺の事が好きだったのか。やった。
当然のことながら何事もなく日本に帰ってきた俺の中で、確実に芽生えた意識がある。
それは、「韓国の女性は素晴らしい!」ということだ。
しかしその後、あちこち旅行をしていくうちに、「韓国とネパール」「韓国とネパールとタイ」
などと、根がいいかげんな俺は国名がどんどん増えていってしまうのだった。
なに?けしからん?
それは違う。これは、相互理解と世界の和平のためである。
ほんとです。