この間の日曜日、大勢のお客ちゃんが殺到し、大忙しの俺様だったのだが、運の悪いことに
突然メガネのレンズがはずれて床に落ち、割れてしまった。俺はド近眼なのである。
どうしようもないまま強制ウインク状態でシゴトを続けたのだが、そのせいで本日、メガネを新調した。
いやいや、この出費は痛い。
本当に目が悪いので、裸眼では10センチくらいまで近づかないとはっきり見えない。
そういえば、昔、友人が俺に気の触る事を言ったので殴って歯を折ってやったことがある。
それで俺はスッキリしたのだが、問題はヤツが当然ながら怒り始めてしまったのだ。ま、あたりまえだ。
吹雪の野原で戦うことになり、俺は寒かったので、一発で決めよう、と思い、全身の力をこめた
右コブシを満を持して放ったのだが、あまりにも大振りすぎてかわされ、その勢いでメガネが雪の中に
飛んでしまった。何も見えない。ピンチである。そこで俺は、うまくいくかな、と思い、
「タイム!」
と言ったのだが敵はブチ切れていたので俺は吹っ飛ばされ、マウントポジションを許してしまった。
そしてなお、ヤツは首をしめてくる。俺はその日疲れていたので、少し休もう、と思いされるがままに
なっていたのだが、相手はどうも本気らしく、マジで苦しくなってきたのでパンチと後頭部へのヒザ蹴りで
応戦した。
しかし、その日はどうも大変に寒い日で、まったくケンカ日和ではなく、どちらともなく、寒いからもう
止めるべ、ということになった。そしてその後2人で俺のメガネを探し、じゃぁな、といって別れた。
次の日、朝、鏡をみて俺は驚いた。首を絞めた手の跡がはっきり残っていたのである。奴は奴で
病院に傷口を縫いに行ったらしい。
暴力はキライです、ボクは。
「クリハラさん、出前、何にしますか?」
と聞くと彼は
「ワタシはね、今日は疲れているから、ウナギ!」
と言う。ウナギを食ったところですぐに疲れが取れるとは思えないのだが、彼は残業食を注文する時、
疲れていると必ずウナギを食っていた。会社員だった頃の俺の先輩である。
ちなみに俺は何を良く注文していたかというと、カレーの大盛りと冷しラーメン(冷し中華の北海道弁である)だ。
そろそろ春を過ぎると無性に冷しラーメンが食いたくなり、いつも注文する高田屋に電話をかけると
「○○○○のsinですが、冷しラーメンありますか?あ、まだっすか。」
などといつも聞いていた。
そのうち、冷しラーメン、という言葉を発するだけで
「sinさんですか?」
などと言われるようになってしまった。まぁ、いい。今日の主役はクリハラさんだ。
彼はやせぎすで、陽気で、顔色が悪く、前歯が一本ない。そういう人であった。
さらにその特徴は、ザルソバを食うときにさらに発揮される。
俺がツルツルと大好物のソバをたぐっている正面で、彼も蒸篭のソバをハシで、むんずと掴み取るのだが、
いつも一度につかむその量がどうも多いのである。
ハシにからまったソバがソバを呼び、彼はそれを額の高さまで持ち上げるのである。
しかし、それでも厳冬の凍りついた滝のように見えるソバはまだ蒸篭とつながったままで、次に彼は手を精一杯伸ばし、立ち上がるのである。2メーター近く持ち上げられたソバはさすがに独立し、俺と彼が座っているテーブルの
上を、ハイジのブランコのように楽しげに揺れ、やっとソバ猪口に収まるのである。
これを何度か繰り返し、やっとすべて食い終わった後、テーブルの上には飛び散った水とソバのきれっぱし
でグシャグシャになっているのである。
俺はこの食い方を見るのが好きだったので、よく彼とソバを食いに行ったのだ。
そしてまた、社員健康診断があれば、必ずバリウムを鼻から吹き出す彼なのだが、当時、仕事が終った後、
二人でよく小樽市内のパチンコ屋に行っていた。
というのも、彼と一緒に行くと、俺は必ず勝つのである。
そんな中、一緒にパチンコをして、2回だけ、彼も俺も大勝したことがある。
その一回目、フトコロのすっかり暖かくなった我々は、よし、じゃあスシでも食いに行こう、ということになった。
その前にまず前菜、などと言って、「砂場庵」でモリソバを食い、次にその足で「蔵寿司」に入った。
「特上2人前ずつね!」
と注文し、分不相応な贅沢にワクワクしていたのである。
しかし、我々は間違っていた。寿司とは、軽くつまむものなのだったのである。
食事も後半に入ると、徐々に苦しくなってきてどうしても飲み込む事ができなく、ウシのようにいつまでも
モグモグとやっているのである。それでももったいないのでなんとか完食したのだが、2人ともアブラ汗を
流し、一歩も歩く事ができなくなってしまった。これが第一回目である。
次に2人とも勝った時、前回のことがあるので、よし、今日はステーキを食ってやれ、ということで
小樽運河近くのレストランに入った。今回もかなり裕福なので、我々の態度もデカいのである。
「一番高いのはどれさ?」
とウエイターにきくと、このステーキでございます、などと言う。
「じゃ、それね。二人前」
と椅子にふんぞり返ったままで注文する。
かしこまりました、などと彼は返事をし、そして3分ほどして戻ってきた。
「あのう、お肉の焼き加減は…?」
「ミディアムレアにしてもらおうかな」
かしこまりました、などど奴は返事をし、そして1分ほどで戻ってきた。
「お肉はヒレとサーロインがございますが…?」
「どう違うの?」
少々お待ちくださいませ、などとアイツが去った後、厨房から
「バッカヤロー!ヒレっていうのはなぁ…」
などと怒られる声が聞こえた。いやいや、気の毒な事をした。
まずはスープが運ばれてきた。はじが大きく欠けている器に入ったそのスープはナットウのような味がした。
「これはいったい何のスープですかね?」
「うーむ」
等と言っているうちに、メインのステーキがじゅうじゅうと、たっぷり使ったバターの香りをふりまいてやってきた。
そして、クリハラさんはバターが死ぬほどキライだったのである!
結局彼は5000円、サービス料別のステーキをほとんど食うことができず、ぶつくさと文句を言いながら
帰っていったのである。
しかし、悪いことだけではない。何時の間にか彼は、会社の中で、もっともかわいらしい声を出すミイコさんという
かわいらしい女性をいつのまにか口説き落とし、結婚する事になるのである。
そして、彼は式当日、前歯のない部分にインスタント差し歯をつっこんでやってきた。これは不評だった。
「あれは変だ」
「クリハラさんらしくない」
「似合わない」
などとさんざん言われていた。
彼も俺もその後会社を辞め、会う事もなくなってしまったが、元気でいるのだろうか、と時々思う。
そして、あのソバの食い方をもう一度見たい、と懐かしく思い出すのである。