メタル魂、三上の場合

髪にチリチリのカーリーをかけ、鋲つき皮ジャン、真っ白いブーツをはき、ジュラルミン製の
ケースをバックがわりにしたそのハデな男こそ、わが友人、メタル野郎の三上である。
彼は札幌では当時有名だった、あるメタルバンドでベースを担当していた。
このオニのような恐ろしげな風貌のため、道行く人々は皆、できるだけ彼と目を合わせない
ようにし、休日は釣り客で大混雑する小樽の埠頭で、ギター担当のパツキンロン毛のにいちゃんと
イワシを釣りに行ったときは、彼らの周りだけは誰もいなかったという。
しかし、外見で判断してはいけない。彼は大変心優しく真面目な奴だった。俺の経験では、
メタル系のやつらは大変おっかない格好をしていて、いきなり殴られたらどうしよう、などと
思うのだが、実はマジメでストイックな奴が多い様だ。一番コワれているのはジャズ系で、
ワケのわからんことを好む奴が多い。
彼とは大学で同じクラスだった。授業には欠かさず出席し、彼のノートには几帳面な小さめな文字で
授業内容が書き連ねられているのだった。
俺と三上の家は比較的近所で、バスの路線も一緒だったので、ときどき一緒になり四方山話を
しながら地下鉄駅から学校までの結構な道のりを歩いた。
あれは、たぶん12月の頭くらいのことだったと思う。また偶然会った我々はいつものように
根雪になりかけのつるつるすべる道を歩き、南九条橋をわたり、ようやく学校にたどりついた。
先にきていたクラスの奴らに合流し、話に加わる。多分我々のことだから女の子の話でもしていたの
だろう。不思議なことにこの学校は短大生から人気があり、合コンなどをよくやっていた。誰かが
「○○短大、7人」
とか声かけると常に20人くらいの男どもが参加表明し、当然あぶれた奴らはおとなしく男同士
で飲み、夜もふけると女性達を駅まできちんと見送り、その後は誰かの家でさらに飲む、というのが
礼儀正しい我々のパターンだったのだ。
その時、突然、甲高い三上のメタル声が響いた。
「ナイ!!」
なんだなんだ、どうしたのだと聞いてみると、皮ジャンの肩のとこについている何に使うのか、
飾りみたいなものがある。あれの右肩の部分がないという。
「今朝まではあったのに」
などとぶつぶついいながらあちこち探している。しかし、やっぱり出てこない。
けっこう高価な皮ジャンだったらしく、奴は寂しげな目、オニのような格好でしょんぼりしていた。
それでもあくる日から彼は、飾りかたっぽ状態の皮ジャンで登校してきた。よっぽど気に入っていたのだろう。
そうして、本格的な雪のシーズンがはじまる。

それから4ヶ月ほど経った。さすがに最近は空気が温かみを帯び、街を覆っていた雪も緩み始め、
何とはなしにウキウキした気分になる。また三上と俺は地下鉄で会い、南九条橋を連れ立って歩いて
いた。解けかけた雪の道を二人歩いていると、また突然、三上がメタル声で叫んだ。
「アッタ!!」
奴はジュラルミンケースを放り出し、目の前の雪をやにわ掘り出し、やがてくるりと振りかえり、
その漬かり過ぎたナスのようなものを勝ち誇って俺につきつけた。
そう、それこそ右肩の飾りだった。おぉ!それにしてもよく見つけたものだ。見上げた魂だ。
奴はよっぽど嬉しかったらしく、必要以上にニコニコしながら、再びそれを定位置である右肩に
装着した。それは多少しなびていたが、見栄えはぐっとよくなった。恐るべし、メタル野郎の執念。メタ執。
そしてクラスメートからの賛辞の声。クラ声。ん?まぁ、そんなことはどうでもいい。なら書くな。
かれこれ10年くらいは三上に会ってないが、今は化粧品関係の仕事をしているらしい。
いまでも時々「発見橋」(俺は心でそう呼んでいる)のそばを通りかかるたび、あの得意げな顔を
思い出すが、今でもあの皮ジャンはもっているのだろうか。そして、俺が一番知りたいのは、
あの飾りは何の為についていて、何という名前なのか?ということだ。
誰かおしえてくれたまい。