ネパールその2

で、ラズーの家に全員泊まることもできないし、ホテルを探すことにした。
ネパールは物価が安い。チョー安い。ベッドしかないようなヒッピー宿だが(壁に客が描いたらしい
シバの神様の絵が描いてあった)ツインで一泊140円。チャー(紅茶。インドで言うチャイ)は6円。
モモ(酸味のあるカレースープにつけて食うギョウザみたいなもの)は30円。
こういうときはヤミ両替がものをいう。交換レートがいいのだ。なに、道を歩いていると向こうからやって
来るので困らない。物価の安い国では、僅かなレートの差でチャー何杯分かトクをする。
買い物もすべて交渉でおこなう。
俺はククリというネパールナイフが欲しかった。こんなふうだ。
「これ、いくら?」
「○○ルピーだ」
ふうん、といって隣の店に行こうとすると、まて、○○ルピーにする、などと言って来るがムシし、
そいつを引き連れたまま、隣の店に行く。
これを2回ほど繰り返すと、俺にククリを売りつけたい奴が3人になる。さて。
「で、いくらだっけ?」
彼らは競って値段を下げ、一番安い奴のものを手にする。
「○○ルピーだよね?」
「そうだ」
「しかし、ここにキズがついてるじゃん。もうちょっとまけなよ」
奴はおお、神よ、という表情になるが、こういうのは真剣にやったほうがおもしろいのだ。
それに、それでもまだボられてるに違いない。

ナガルコットという村に泊まった。標高2000メーターくらいのところだ。
くねくねと続く山道を、その辺の飼い犬と一緒に歩きながら宿に向かって歩いていると、突然、
前方の視界がひらけた。こんな凄い風景ははじめて見た。
目の前の崖から急激に谷になっており、雲の間から切れ切れに見える、ずぅっと下方にある村から
遠い牛の鳴き声が聞こえる。やがてその谷が徐々に山となり、そして標高8000メーターもある
ヒマラヤ山脈へとつながっている。地平線がはるか目の上にある。富士山の2倍もあるのだ。
この風景を目にした時、俺はひとりでに手を合せ、知らないうちに涙ぐんでしまった。
神様っているのかもしれない、とそのとき思った。
一日中、ヒマラヤを見ていた。名前ばかりのネパールウィスキーやブランデー(米で作っているらしい)
やJAHからの贈り物を気分良くいただきつつ、太陽の動きで刻々と姿を変えていく神々の山脈を
飽きずに眺めていた。
夜は満点の星。きっと女性をクドくには最高の場所に違いないのだが、ここまで連れてくるのが大変だ。
翌朝、一人でブラブラ散歩をしていると、白人の兄ちゃんが一人、チャーを飲んでいた。
「よう、どこからきた?」
「オランダだ」
「どうだ?オランダもここと同じくらいキレイか?」
「あぁ、美しいところだ。でも、ここと違って一番高い山でも300メーターしかねぇ」
「ギャハハ、そりゃ凄い」

帰りの飛行機を待つネパール空港のベンチで、俺は昨日の晩のことを思い出していた。
世話になったマナンダール家を招待して、レストランで打ち上げをしに行ったのだ。
いや、実に楽しかった。料理はウマいし、ラズーの妹はカワイイし、ビールも沢山飲んだなぁ。
ん?ビール?
「おい、ビールでものもうや」
空港の中には小さいカフェのようなものがあり、ビールやサンドイッチを売っている。係りの兄ちゃんが
ヒマそうにしている。
「ビールいくら?」
「○○ルピーだよ」
「○○ルピー!?」
確かな値段は忘れたが、ネパールの物価水準をまるでムシした物凄い値段だ。外貨収入が
欲しいのはわかるが、高すぎる。
しかたなく、我々はベンチに座り、免税店で買ってきたウィスキーをちびちびやっていると、さっきの
カフェの兄ちゃんが目の前を歩いていく。呼び止め、飲むか?と聞くと、喜んで奴はコップを持ってきた。
さらにおかわりをつぎ、マナンダール家で教えてもらった、現在ヒット中のネパールポップスを踊り付で
唄ってやると彼は大喜びし、お前ら、食い物と飲み物、全部タダにしてやる、と叫んだので、
我々は歓声とともにビールに群がったのであった。

帰国し、関空のトイレに行った。赤いしるしの蛇口をひねると、なんとお湯が出る。うれしさで
顔がニヤついてくるのが自分でもわかる。早速仲間のところにおい、お湯がでるぞ、と勇んで
知らせに行った。たかが便所でお湯が出るなんて凄い。しかし、まわりの知らない人たちは
なに、この人、と思ったかもしれない。完璧にネパリ化した俺の脳みそは、うれしくてしょうがないのだった。