木造の高床式、2階(1階になるのかなぁ?)は主に住居、高床の下には、台でできた「リビング」
や煮炊きするカマド、トイレなどがある。ここがなかなか具合がいいのだ。暑い日中でも日陰になり、
風もそよぐなか、俺はハンモックに寝そべって本を読んでいるのだ。それでもさすがに汗はかくので、
1日に何回か、雨水をためたカメの水で水浴びをする。冷水に慣れてしまったので、日本に帰ってきて
温水シャワーを浴びた時は、肌がチクチクしてこまった。フンをした後もこの水で洗い、ついでに水浴び
する。えー!ワタシ、そういうとこ、ダメー!って人もいるだろう。たしかに、抗菌グッズや洗濯機なんかは
ないが、毎朝キレイにホウキで掃き清められているし、こぼれおちた食べ物のカスなんかは、その辺を
走り回ってるニワトリやシチメンチョウが食っちゃうし、洗濯なんかも丁寧に手洗いされている。タイの人達は
外見にこだわるのか、穴のあいたシャツを着ているのはコジキと、この貧乏な日本人である俺くらいだ。
だから、まったく気にならない。
スリン駅から車で1時間半ほどのこの村は、まったくの田舎だ。わずかな商品(?)しかない店も1件
あるきりだし、見るべきものもなにもない。しかしながら、実に、実に居心地が良いのだった。
そこの家族にはゲーちゃんという、あかるくかわいい15歳の活発な女の子がいた。
最近、ギターにこってるらしい。楽器はないのか、と聞くと、(辞書をつかってコミュニケートする。でも
返事がなかなかわからない)ギターをもった近所の男があらわれた。俺はそいつと勝負をし、勝ったので
ますます男をあげたのだった。
「タイの歌をおしえてくれよ」
俺は彼にそう言い、歌詞をカタカナでノートに書きつけ、バンコクでこの歌のCDを買って帰ろうと思っていた。
夜になって、家人一同と酒盛りをしていると、村人がカエル取りに行こう、とあそびにきた。これは面白そうだ。
俺も頭につけるライトを貸してもらい、近くの田んぼに行くことにした。
なかなかこの日本人には見つけることができなかったが、それでも何匹か捕まえ、結局、カエル多数と田ネズミ
2匹を収穫として、竹のようなもので作ったビクにいれて持ちかえった。
あくる朝、そのカエルが朝食としてでてきた。手で丸めたメシとともに食う。まるでスシだ。大きさは3センチくらいで
なかなかこれがイケるのだ。しかし、2匹取ったはずのネズミがいない。俺は開高健さんの著作で、以前に
ネズミのウマさが書かれたものを読んでいた。さすがに日本を代表する文豪はすごい。実にウマそうなのである。
だから、一度食ってみたかった。とーさんが、「ネズミを食わせろ」と20回くらい言って、やっとネズミがでてきた。
食いたいんなら、オマエが皮をはげ、とタイ人に言われたので、俺は指で皮をはぎ、ワタを出した。
それを、素揚げにして食う。
「う、う、ウマイ!」
かなり上等な、最高級の鶏肉のような味だ。これはウマい。今まで食ったヘンな肉であるキリンやインパラ
などは屁で、多分、味的には松坂牛に匹敵するだろうと思う。食ったことないが。
俺ととーさんはあっという間にむさぼり食ってしまったが、もうないので、多少それが恨めしかったが、仕方がない。
なに、またくればいいさ。
バンコクに戻った俺はCD屋に行った。早速店員に聞いてみる。
「カラバオ(習った歌の本家バンド)ある?」
「うん、あるよ」
そこで俺は習った歌をひとくさり歌い、
「これ、ある?」
と聞いた。
店員は難しそうな顔をして仲間を呼び、俺にもう一度歌え、といった。
結局、俺はあちこちの店で7回ほど歌ったが、誰も分かってくれる奴はいなく、とうとうCDを買うことはできなかった。
いや、これは俺が悪いのではない。俺はバンドのコンテストで100万円もらったことがあるのだ。
しかし、勝手にそう思っても、通じないものは通じない。
なぁに、またいけばいいさ。
そう、またいかなければならない。俺はゲーちゃんにアコースティックギターをプレゼントしなければならない
ハメになったのだ、なぜか。ギターの手配はついている。だから、また行く。