次の朝、我々は車で山道を走っていた。
道路には時々大きな穴があいているが、それを避け、結構なスピードではしる。
窓の外には見たことのない形の木があったり、現地の人の住む家などがあり、
見飽きることは決してない。
集落のそばを通りかかると、時折子供たちがにこにこしながら車を見るために
家から出てきて、見えなくなるまで手を振っているのだった。
ナクル湖をでてしばらくすると、突然、右側の山が途切れ、ものすごい数のフラミンゴで湖面が
ピンク色にそまったナクル湖が見えた。
俺はすかさずカメラを構え、この美しい映像の記録をした。
サワイ君は、とみると、なにやらガサゴソとザックをひっかきまわしている。
ガイドブックに「サファリでのホコリはカメラの大敵です」と書いてあったので、彼は
カメラを使った後、必ずいちいちケースにしまうのである。そのため、美しい鳥が舞い降りて
きて写真をみんな撮り、彼の準備ができてカメラを構えた時には、もうどこにもいない、という事
が今までに何回もあったのである。
しかし今度の被写体は動くわけではない。
彼はカメラを構え、入念に構図をきめ、シャッターを押した。そしてまさにその瞬間、山がまた
始まったのである!
サワイ君はうう、ともおお、とも聞こえる無念のうめきをもらし、名残惜しそうにしばらくボーッと
していたが、やがてあきらめて座り込んだ。黙り込んで座席に身を任せしばらく走ると、なんと
幸運なことにまた山が切れ、さっきより一層美しい湖が再び見えた。今度はしばらく山はない。
彼はそれを確認してガサゴソ、プチパチとカメラを取り出した。
慎重に構図を決めてる様だ。半開きの口の中で舌が左右にうごいている。俺は一つだけ気になる
ことがあったが、彼の集中力を乱しては悪いと思い、黙っていた。
構図がいよいよ決まり、シャッターを押す彼の人差し指に力が入った。そのとき、
「うおうぅぅぅぅぅん」
と激しい音をたてて、猛スピードで対向してきた大型トラックがすれ違い、同時に
「カシャ」
という音がした。
「うぉぉ」
という驚きの声が今度ははっきりと聞こえ、目をカッと見開いた彼が立ち直る前に再び山が
はじまり、そしてナクル湖は、その姿を2度と我々の前にあらわすことはなかった。
だからサワイ君は山から見下ろしたナクル湖の写真を一枚も持ってないのである。
なんの用もないアフリカの山とトラックの写真を撮った彼を見て、悪いと思って一生懸命ガマン
していた笑いが限界を超え、
「ぐぅわひゃひゃひゃ!」
と吹き出したが、俺がひそかに観察してることを知らない彼は
「どないしたんでっか」
と火にアブラを注ぐようなマネをして俺をノックアウトした。
ただでさえ楽しい旅が、彼のおかげで10倍は楽しくなった。やっと笑えた。
帰国後、東京で一緒にラーメンを食い、サワイ君と分かれた。
彼のバッグはマサイのおばさんや土産屋などで売りつけられた物凄いデカい木彫りの人形
などで信じられないくらい重たくなっていた。
これには俺にも責任があるのだ。とまった車にのっていると、あちこちからエモノをみつけた
物売りたちがどこからかわいてくるのだが、俺のところに来たヤツラには、だまって前の席に
いるサワイくんを指差してやったのだ。どうして自分のとこしか物売りがこないのかまったくわけの
わからない彼のもとには大勢の人々が殺到し、勝手に開けられた窓から8人くらいのおみやげを
差し出す手が常時差し込まれ、うわ、なんとかしてください、などと「だ」にアクセントをおく俺の
好きな関西系発音で叫んでいたがスワヒリの民には通じるわけもなく、よってこんな重さになったのだ。
彼はヨロヨロしながらそれでもウレしそうに大阪に帰っていった。
それからしばらくして、彼から丁寧な手紙と共に写真が送られてきた。彼は自分で写す時も
みんなで撮る時も、写真の際には必ず
「イェーッ」
というので、全ての写真で口が「エ」になっている。いまでも時々ハガキが届くが、写真つきなので
それは変わらない。
去年はイースター島に行ってきたらしい。ハガキには、自分はイースター島にいるのに、荷物だけが
サンチアゴにいってしまった、と書いてあった。ハの字眉毛が見える様だ。
しかし、本当に楽しい奴だ。また一緒に旅行したいものである。
俺は彼が写したトラックの写真がどうしてもほしいのだが、古傷を探るようで未だに言い出せないでいる。
そして彼を思うとき、ふつふつと笑いがこみ上げてくるのだ。あぁ、サワイ君バンザイ!