今ここに、高校時代の保健体育の答案用紙がある。
うそです。ない。でもこの間まではあったのだ。どこかにしまったまま行方不明に
なり、今ごろはウズベキスタンあたりで煮たヒツジでも食っているだろう。
で、その答案用紙は「サトウタケシ」というやつのものだ。なぜそれを俺が持っているのか?
「サトウタケシ」とはどんな奴なのか?ウルトラマンで「あっ!バルタン星人だ!」などと
言うやつはなぜバルタンだとわかるのか等、さまざまな疑惑が渦巻いておるが、実は
俺もサトウタケシのことは、ほとんどなにも知らないのだ。
キミらも知らないだろう?フム、これで五分五分だな。
では、ボクと一緒に彼について考えてみよう。
奴とはクラスが一緒だった事もなく、話したこともほとんどない。ただなんとなく顔を知ってる
だけ、というやつだ。しかし、友人の友人ということで、俺のところには日ごろの彼の奇妙な
言動、行動が伝わってくるルートがあった。
「リキ」と呼ばれている英語の先生がいた。優しい顔立ちをして、日曜日に公園でアブラエなんぞを
描かせると似合いそうなインテリっぽい人だったが、外見と中身は大違いで、実に恐ろしい
先生だった。俺は幸運なことに習うことはなかったが、やたらと殴るのである。なんだかんだいって
は殴る。宿題を忘れたといっては殴り、吹っ飛んだ眼鏡が床をすべっていく。
男女平等だ。男も女もコブシで殴る。それはそれは恐ろしい先生だったのだ。
最初のうちこそ、その外見でみんなナメていたのだが、日が経つほどにその怖さが身にしみて
震え上がり、なにはともあれ英語だけは真剣に学ぶようになった。
廊下を歩いていて、次の授業が「リキ」の受け持ちのクラスは、休み時間でも静まりかえり、
どんなにつっぱって太いズボンをはいていようと、必死で皆、予習に没頭している。
身を守るすべはこれしかないのだ。
授業中も私語を交わすような命知らずは一人も存在せず、物凄く張り詰めた重苦しい空気の中、
授業は粛々と進むのである。
タケシももちろん、その中にいる。その上、家で予習までやってくる。しかし、なにをどう勉強してきたのか
知らないが、彼はあの恐ろしいリキに向かって、トンチンカンな事ばかり答えるのであった。
リキが次は誰に当てようかと考え、教室内に緊迫の空気が走る。
「thousand of dollars(数千ドルの)…よし、サトウタケシ、訳してみろ」
「ハイ。千個の人形!」
一体この長文の中のどこに人形なんぞが登場するのだ!?
でも、彼は精一杯一生懸命やっているのだ。ただ、マトが多少はずれてるだけなのだが…
「My mother is go out.サトウタケシ、訳してみろ」
おかあさんは外出してます、だが、ここでもヤツの答えはこうだった。
「おかあさんは外出して、スーパーマーケットでタマゴを買いました」
これにはさすがのリキも腹を抱えて笑ったそうである。
で、答案用紙だ。いつもの様に教室の窓際でタムロしていた俺は、次の授業である保健体育
の教科書を忘れたことに気がついた。で、隣のクラスのユーコーという友人のところに「貸せ」
と言いにいくと、ユーコーは勝手に俺に面識のないタケシの教科書を持ってきた。まあ、見知らぬ
人のものだが教科書は教科書だ。あとでエッチな絵でも描いて返してやれ、などと思いつつ、
退屈な授業中にページをパラパラやっていると、この問題の答案が出てきたのだ。
点数は60点台。まぁ、普通である。エンピツ書きの答えの上から正しい解答が本人の手で
赤くかかれている。
ふーん、急性胃炎の主因・誘因を述べよ、か。なになに?正解は暴飲暴食、ストレスなど…か。
タケシはなんて答えたんだろ…と俺は思い、赤ボールペンの下の、かすれた文字を解読すること
にした。すると、驚くべき彼の答えが浮き彫りにされたのだ。
「急性胃炎の病原体が侵入した」「おかしなものをたべたりした」
俺もテストの時はジタバタするほうで、計算の方法がわからない問題なんかには、様々な要素を
考えた結果、x=15とでた、などと文章を書いてバツをもらったりする奴だが、タケシも凄い。
なにデスカ?おかしなものというのは。
風邪の主因・誘因をのべよ。
正解は「身体の抵抗力が弱り…」などと書いてあるが、タケシのは
「夜、寝ていて暑いのでフトンを蹴飛ばして寝て、寝冷えをした」
俺は思わず吹き出し、先生に注意をされてしまった。タケシ、オマエのせいだ。
しかし、そういう個人的な事情を答えるタケシを俺はなかなか気に入った。
というわけで、授業が終わった後教科書は返したが、この素晴らしい一枚のテスト用紙は
俺のコレクションのために、タケシには黙ってもらっておくことにした。
これが顛末の一部始終である。
高校卒業後、タケシとは会っていないし、何をしてるかも知らない。
結局君らとは引き分けだな。でも、かならずどこかにいるはずだ。1匹いれば20匹はその周辺に
いるっていうし。違うか?ホイホイ?てーい。