人生も場数をふんでくると少しずつ賢くなり、しかしその分新鮮な感覚やトキメキを
失いがちになってしまうこともある。そういうときは昔の手紙をみることにしている。
手紙といってもきちんとした物ばかりではなく、ノートや教科書の切れっぱしなどの方が
多い。ほら、授業中によく回したりしたでしょ?
なんとなく手紙は捨てられないまま今に至り、ダンボール1箱、ということになってしまっている。
フタをひらく。中学生の俺。
中学生の頃、とても気になる女の子がいた。話をしてても楽しく、しかもダントツの美貌。
不思議なことに、何回席かえをしても彼女はいつも俺のとなりや斜め後ろの席にいるのだ。
アコガレの彼女と毎日親しく話ができ、俺はバラ色の中学生ライフをおくっていたのだ。
しかし、やがて別れの日はきてしまう。
進級と共に無慈悲にもクラスが別々になってしまう。俺は無念であったが、そのうち話す機会もあるだろう
と自分を憐れむことで自らをささえつつ、しおれたバラ色になった毎日をすごしていた。
しかし!ここで大事件が勃発し、バラは一気に満開スズナリ状態になった。
友達を通して、彼女が告白をしてきたのである!
信じられない幸運だ。あんな素敵な人はそういるもんじゃない。ヨロコビにフルエつつ、受諾の
返事をし、我々は晴れて彼氏・彼女となった。
しかし、ひとつ困った問題がおきた。
今の自分を知る人は信じてくれないかもしれない。
緊張して彼女と口がきけないのである。
それまでは毎日楽しくおしゃべりしていたのが、今ではアブラ汗をかきながらダマりこんでいる。
ココロから彼女と話したいと思っているのに、口は足の小指ほども動かず、俺は彼女の姿を廊下で
見かけるたびに逃げ出してしまうようになった。
いったい俺は何をやってるんだと頭を掻き毟ってもどうにもならない。
ここで痛恨の思い出を書く。
もう20年以上前の話なのに、思い出すたびにうわあぁぁぁと声をあげて町内を走り廻りたくなる。
いい機会なのでここで公のもとにさらけだし、成仏してもらうことにする。
それは有名な札幌の冬のイベント、雪祭りのときのことである。
彼女と口がきけず、デートらしいデートもしたことのなかった我々は、さすがにまずいと思い、
一緒に雪祭りにいくことにした。
しかし二人っきりだとまた何も話せない可能性もあるので、同じクラスの女の子数人にワタリをつけ、
一緒にいってもらうこととし、なおかつ男一人では心細いので、ヌマタという名の友人にもついてきて
もらうことと相成った。これでバッチリだ。
私服の彼女は本当にきれいだった。俺はいまだに彼女のブーツの色やほのかなリンスの香りを
おぼえている。席が隣だったころの自分たちにもどり、ひさびさに楽しくおしゃべりができ、俺は
うれしくてはしゃぎまわり、時間はみるまに過ぎていった。
やがて、残念ながら帰る時間になり、我々一行はバスターミナルへと向かった。ヌマタと俺の彼女は
家が近く、俺を含めたその他メンバーの家は別な区域にあり、当然、バスの路線は違う。
はしゃぎすぎたのか、少々頭痛がしていた俺は、迷わず自宅方向のバスに乗ろうとしたのだが、
クラスの女供から、送っていってやんなさいと怒られ、押し切られた形で彼女とヌマタと共にバスに乗った。
そのバスには一人用と二人用の座席しかなく、おまけに3人固まって座れるほど席は空いてなかった。
俺は素早く考えた。
彼女と俺がすわるとヌマタが一人で座ることになる。それでは今日わざわざ来てくれたあいつに
申し訳がたたん。かといって俺とヌマタが一緒に座れば彼女が寂しい思いをするだろう。それはいけない。
一瞬のうちに脳ミソがフル回転し、俺はヌマタの隣の席を彼女にすすめ、自分は少し離れた座席に
一人ひっそりとすわった。
今思えばサイテーの選択だった。
当時の自分を目の前に座らせ、あちこちつねっておおおおまえ、ハラを切れ、きって責任をとれ、
と叫びたくなる。
その後、しばらくたち、俺はフられてしまった。あたりまえだ。ぐすん。しかしもし当時の俺と入れ替われ
るならば、彼女は今日中に妊娠していることだろう。
その後、数年たち、彼女と会ったことがある。あいかわらず素敵だったが、残念ながら彼氏もちだ。
緊張して話せなかった時期に俺は、声のかわりに手紙をよく彼女に書いた。
彼女もそれは捨てられず、今ももっている、と言っていた。うれしかった。
手紙をたたみ、箱にもどす。