スティービー・ワンダー様

スティービー・ワンダーといえば、超一流のミュージシャンだ。しかし、俺はキライだったので、
ほとんど聞いたことがなかったのだ。
中学生のときにビートルズを聴き、ニューミュージックにのめりこみ、高校でハードロックに走り、
パンクを聴いて安全ピンをつけ、いつのまにかその頃の俺は、古いブルースばかり好んで聞くように
なっていた。専門的な話になるが、日本歌謡曲で歌われるブルースとは異なる種類の音楽で、
基本的には3コードの12小節でなりたってるそのパワーと泥臭さは、俺を魅了した。
アコースティックギター一本の録音。ドラムのかわりに足を踏み鳴らす音。叫ぶようなボーカル。
そして、そのころですら、仲間内の誰も聴いていないような音楽にどっぷりと両肩まで浸かっていた頃に
俺は初めて彼の音楽を聞いた。まったくピンとこない。
なんだい、この打ち込みのリズムは?こんなのでいったい心を表現することができるのかね。
あまりに面白くなかったので、俺は即座に彼の音楽を止めた。

それから10年以上経ち、ひょんなキッカケから2年ほど前、彼のベスト盤を借りたのだ。
期待の欠片もなくCDプレーヤーに放りこみ、本とビールを用意してBGMにするつもりだった。ところが…
本は1ページも進まなかった。全曲聞き終わった後は、あまりの感動の深さに、マジに涙がこぼれ落ちる
のだった。俺が保証してもどうしようもないが、皆さん、この人は天才です。あぁ、どうしてあのころの俺は
彼の凄さがわからなかったんだろう。ハーモニカ等の楽器奏者としても素晴らしい上に、物凄い歌唱力は
俺の心の深いところをとらえ、さらに深く揺さぶる。そうか、こういうものを音楽というのか。まいった。
人生で一回でいいから、こんなふうに人を感動させることができれば、きっとうれしいだろうなぁ。
だから俺は、数あるミュージシャンの中で、彼に「様」をつけることにした。

大学に入り、いろんなことから少しずつ視野が広がった俺は、漠然と自分の好きな音楽、キライな
音楽について考えていた。例えば俺はテクノと呼ばれる音楽がキライだった。こんなふうにジャンルで
指定するのはイヤなのだが(中にはスキなものもあるとおもうしね)、説明が面倒になるので仕方ない。
もしかして、俺がテクノを嫌いなのは、自分の中でテクノを理解する資質が欠けていて、そのせいなのかな、
と思い始めた。わかるかな?自分の心を表現するのは難しい。要するに、音楽に罪はないってことだ。
「幸せはいつも自分のこころがきめる」ってみつおも言ってるしなぁ。そういえば、デュアン・オールマンも
良いこといってたなぁ。確か、
「自分がキライな奴でも、他の人にとっては大切な人かもしれない。だから俺は、全ての人に礼儀正しく
ふるまってるのさ。そうすればいつのまにか、みんな自分のことも大切にしてくれるのさ」
この言葉は、見ている人にはわからないかもしれないが、これまで書いたことと、俺の中では明確に
つながっている。

で、聴くたびに俺が深い感動に包まれるこのアルバムの名を書こう、と思ったが、ライナーがどっかに
いってしまって書けないのだ。ごめんちゃい。でも、興味ある人は聞きなさい。この人は、地球の宝です、ホント。
そういえば、MCATって、昔、アキオワンダーの名前でコンテスト一緒になったことがあるなぁ。
かっこよくて、新しい音楽って感じだった。