『ハツゾエ』 があった日
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今年は10月中は暖かかったですね。 11月にはいってようやく冬らしくなってきました。さて、気温は仕込みに影響を与える大きな要因のひとつだということはご存じでしょう。『寒仕込(寒造り)』といって、寒い時期に造りを集中させるのは気候を活かした、良い酒を造るための先人の知恵でした。しかしそれはまた、蔵人にとってつらい作業環境でもあるのです。
明け方にさほど気温が低くないとき、蔵人は(今日はモロミの様子に気を付けなければ)と思うと同時に、自分のあかぎれた手を見ながら少しだけほっとするのです。
酒袋を洗うときに桶に張った身を切るような冷たい水が、今日は少し緩んでいることに。自分が居ない間に留守を守ってくれている妻がいる畑の風が、今日は少し緩んでいることに。少しだけほっとするのです。
『ハツゾエ』がおこなわれました。日本酒は三段仕込みといって、米や水を三回に分けてタンクに入れ発酵させますが、その一段目を『初添(はつぞえ)』といいます。その酒造年度の初めての『初添』は、無事に造りをスタートできたお祝いの行事でもあり、蔵元とともに祈りを捧げる日でもあります。
洗い淨められた神棚にお供え物をし、塩を盛り、三寶荒神(さんぽうこうじん)を祭ります。神様にこれまでの無事を御礼し、今年も良い酒ができるようにと祝詞を捧げるのです。この日、杜氏と蔵子達は母屋の座敷にあがることを許され、ひとときの宴に興じます。
今年も造りに集まったことへの御礼と造りの無事を祈り、良い酒を造る誓いを立て、みんなで『祝いめでたの造り歌』を謡いました。
(えんやんこらしょい、えんやんこらしょい、はいはい)
えんやぁれぇ、清きよぉ、流れの(はいはい)
筑後の水で(はぁよいしょ、よいしょ)
えんやぁれぇ、造りを、あげたる(はいはい)
どっこい筑後酒(はぁよいしょよいしょ)
(なかの神技に押し立てて、よかろじゃなっかん、よぉいよいのよいっ)
蔵に入るとあちこちから色んな『造り歌』が聴こえてきます。もちろん蔵人たちの歌声です。櫂入れ(醪をかきまぜる作業)のタイミングをとる調子でもあり、何番まで歌ったかで時間を計る物差しでもあります。そして本来は、つらい作業をまぎらわすための『労働歌』なのです。かろやかで、楽しげに聴こえるその歌の底には、昔の蔵人たちの汗が織り込まれているように思えてなりません。今、聴こえてくる『造り歌』には、高い誇りと創造の喜びが感じらるのは蔵元だけでしょうか。ぜひ一度、かれらの素晴らしい歌声を聴きにおいでください。
1998年11月12日
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