「ヘスターさんには逢えたとや?」
「おう!来てもらえるごたる」
「ところで、どげんなった、アレは…」
「あ〜、飛行機代やろ…。どげんしよう?」
The birth of KYOHO
【NY突撃訪問編】
「当たって砕けろ」との指令のもと、NYに旅立ったハオ・チャンのその後です。報告が遅くなって済みませんでした。
それにしてもインターネットって便利ですねえ…格安航空チケットで検索したら、驚くほど安いチケットがありました!成田、NYの往復で6万円を切るものもあったりして。
さて、NYはマンハッタンの5番街にヘスターのオフィスはあった。住友トラストビルの13階のエレベーターの扉が開いたところには、秘書がにこやかな笑顔で待ち構えていた。
「へろう…」おっと、声がひっくり返っっちゃった。だいたい僕はスワヒリ語と古代ギリシャ語は得意なんだが、唯一英語だけが喋れないのである。
秘書が何やら早口に話し掛けてくる。笑みを絶やさないところが怪しい。
「日本と貴国の友好を深めるためにへスター氏に接見願いたい」、とスワヒリ語で言ってみたが、まったく通じていないようだ。どうも教養のない秘書だ。そんなことをしている内に、ヘスター氏本人が顔を出した。
「おう、ないすとぅみいちゅう!みすたへすたー!」
どうも「みすたへすた」が言いにくい。あの「R」の発音はスワヒリ語にはない上に、早口言葉みたいで舌を噛んだ。
「ハヤシダサン、ヨウコソイラッシャーイ!」
流暢だが怪しい日本語でヘスター氏は僕を迎えてくれた。ヘスターが僕を部屋まで案内する。
ヘスター氏は紳士だった。少なくとも僕の英語を分からないフリはしなかった。時折日本語をまじえながら歓談が進む。彼は75歳には見えない肌つやと眼光で日本の思い出話を語ってくれた。「私も妻も日本が大好きなんですよ。自宅の庭は日本庭園にしてますし、娘も東京に留学した事があるのですよ。いやいや、本当によく来てくれたね」
うむ。これまでのFAXでのやりとり等で来日依頼をしていたのだが、これは問題なさそうだ。懸案になっている飛行機代(一人往復90万!前回参照)も、もしかしたら必要ないかも…(にやっ)。
「時に、みすたへすた、以前から話していますが日本に来ては頂けないでしょうか?みんなが貴方に逢いたがっています。21世紀を担う子供達に、そして今の田主丸の基礎を築いた当時の青年たち(今は老いてますが)に貴方の話を聞かせてください。もちろん私の祖父もとても逢いたがっています」
「ええ、ええ。私も日本を再び訪れたいと思っていました。今の仕事を退任したら、ゆっくりと日本を巡ろうと妻とも話していたんですよ」
おいっ…って突っ込んでしまうじゃないか。今年来て欲しいんです。
「あの、今年は来日する暇はありませんか?」
「・・・う〜ん」 悩む様子を見せるへスター。ここはひとつ、口説き文句はこれしかないだろう。
"Mr.Hester, We are ready to wellcome you. We have buget about your air ticket and hotel accomodation. Please do come to Japan again by all means!"
ヘスターの顔が輝いたように見えたのは気のせいではあるまい。彼は若干興奮気味に早口になった。
「本当ですか?いや、ありがとう!では早速、今晩妻と相談してみるよ。うん、今晩話してみよう。その結果は君のオフィスへFAXすればいいんだね」
当然ながら非常に友好的な雰囲気で会談は終わった。(来日費用どげんしよう…)という苦悩を抱えたものの、僕は大役を果たした安堵感を覚えながらエレベーターホールへ向かった。
「また逢える時を楽しみにしていますよ」硬い握手と共にヘスターが見せた表情に、(やっぱり来て良かったな…)と思えた。
99.5.28
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