「航空運賃はなんとかなったばってん・・・」
「そうたい。それでん資金は足りんばい」
「こうなりゃ、町長にもお願いしようや」
「国連も米国総領事も巻き込んじゃろうや」
「おいおい、話がでかいって」
The birth of KYOHO
【思いは広がりとどまるところを知らない】
JALの協賛も運良く取りつけられた。それでも予算には足りない…と思っていたら、田主丸町から予算の捻出をしてもらえました。
「こげな素晴らしか計画ば、なんでもっと早う言わんかったとか。そんなら、早速予算ば出そう」
年度の予算計画には無かった事業だったのだが、そこは巨峰の町の町長と議員さんたちはさすがに偉い。
とにもかくにも、なんとかなった、のでした。
今回のスケジュールはこうです。
へスター夫妻は東京で1泊し、知人たちと過ごした後、福岡入りする。1日目は再来町の歓迎レセプション。2日目は中学生たちへの講演。3日目に長崎にて林田博行さんと再会。4日目に田主丸を離れ、思いでの京都を散策して帰途へつく。
ほんの、ちょっとした思いつき、のような話が大勢の人間を巻き込み、出会いと優しさと励ましによって実現してしまったようです。
「思いつき」の中にあった“慾”みたいなものが、いつの間にか“願”のようなものに変化していっていた。そのパワーをたくさんの人々と共有できたことがへスター氏の来日に繋がったように思えるのです。
1日目の歓迎レセプションでは、ホールの入り口に田主丸中学校のブラスバンド部の生徒さんたちが控えていて、へスター夫妻が入ってきたら演奏をはじめるという、サプライズを準備しています。
式典では、水縄(みのう)小学校の6年生の生徒さんたちによる演劇 「巨峰物語」 があります。へスターさんと町とのつながりを町民の人たちにも分りやすく知ってもらおうとしてのことです。
水縄小の6年生たちは夏休み中に劇の練習をしました。田主丸中学校も水縄小も、先生方とPTAの方の理解とボランティアによって実現したことです。
今から50年以上前にあった、ある出逢い、そして町の人々の不屈の魂が様々な困難を乗り越えて世界に誇る素晴らしい葡萄 「巨峰」 を生み出した。その歴史と物語にわたしたちは学ぶものが多くありました。その物語は町民の方に知ってもらいたかったし、子供たちに伝えたかった、そんな気持ちになっていました。
2日目のへスター氏による記念講演は、へスターさんの強い要望により日本語で彼自身の口から話したいとの事でした。
「もう随分と会話として日本語を話していないので聞き取りにくい発音になってしまうかもしれないが…」
それでも日本語で田主丸の子供たちに伝えたいのだ、と彼は言いました。
田主丸にへスターが再びやってきます。
99.8.20
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