若き杜氏と蔵子たち

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柿がたわわに実っています。葉が赤く色づき水縄の山が燃えています。田主丸はいま柿狩りのオンシーズンです。

さて毎年、福岡国税局が醸造講習会というものを十一月の初旬に開きます。これは管内の蔵元数社を対象に、酒米の品質やそれに向いている仕込み配合などについて指導をする目的で行われます。行政サイドからの人材育成の意味もあって、年々若い技術者の参加が目立ってきました。

全国の酒造業界で大いに悩んでいる事の一つに、人の問題があります。杜氏を含む蔵人の高齢化と不足がそれです。農閑期の副業という背景のうえで発達してきた杜氏制度は、農耕技術の進歩した現代では存在しにくくなりました。ありていに言えば、出稼ぎをする必要がなくなったのです。ハウス栽培や、品種改良により農作物は四季を通じて生産され、専業農家は減少しつづけています。九州地方では農閑期という感覚は薄れています。くわえて、人材育成に古風な徒弟制を用いていたことや、許認可制に守られていた経営体質が若い人材の育成をはばんでいたのではないでしょうか。

現在の福岡県の杜氏の平均年齢は六十二才、最高齢で七十二才です。いままでの、経験と勘に裏打ちされた技術を持った杜氏たちは、あと十年、いや五年でいなくなってしまうかもしれません。蔵元はさまざまな方法でこの問題を乗り越えようとしています。別の蔵元から杜氏をトレードしたり、コンピューター管理による醸造システムを導入したり、万策尽きて杜氏の引退とともに廃業する蔵もあります。さて、では若竹屋酒造場はこの問題をどうとらえているのか。それは、今年の仕込みに答えを求めています。

酒とは愛情が造るもの。蔵に人の情熱があふれてきたからこそ、三〇〇年のながきにわたってお客様のご愛顧を得てきたのだと、わたしたちはそう信じています。愛情を酒に込めるのは人の手であり続けたい、そしてその手は連綿と次代へと受け継がれてゆくもの・・・・。そう、蔵もまた一つの生き物としてつねに新陳代謝をしてゆかねばなりません。
 
今年、若竹屋酒造場の平成十酒造年度の仕込みは、若い情熱が蔵を引っ張ってゆきます。いまは小さい、けれど大きな手を持っているその人は、横尾正敏と太田昌之といいます。

横尾正敏、入社19年目。東京農大の醸造学科を卒業後すぐに若竹屋酒造場に入社しました。杜氏の片腕として働きながらその豊かな経験則を学び取りました。伝統技法の優れた点を充分に理解しつつ、科学的な分析手法も駆使する。意欲的でいて柔軟な心をもつ、と若手の造り手として業界内でも注目されています。そうそう、福岡国税局で年二回おこなわれる清酒鑑評会の審査員に選ばれる程の味利きでもあります。
『試したい事がたくさんあるんです。』静かに語りながらも、熱い想いがこもります。『若竹屋のもつ良さを伸ばしたい。そのために自分に何ができるか、それは技術だけじゃないと思います。』杜氏4年目の仕込みに彼はどんな想いを込めるのでしょうか。

太田昌之。朝倉農芸高校を卒業後、若竹屋酒造場に入社。半年後、(株)巨峰ワインに出向します。そしていきなり巨峰ワインの製造を任されてしまいます。『日本酒が造りたくて入社した』のに『なんで・・・・』と思ったといいます。しかし次第にワインの持つ奥深さにも引き込まれてゆきました。
念願の若竹屋の仕込み蔵に入って3年目、横尾杜氏のもと酒の気持ちが少しわかったような気がしてきました。ワインマイスターの経験が酒造りにも生かされることを私もねがいつつ、蔵男たちは彼の成長を見守っています。

わたしたちにとって「酒」はひとつの「いのち」です。米つぶの時から、いつくしみ、はぐくんで、おべべを着せてやり、お嫁に出す。そんなふうに感じてしまうものなのです。
横尾正敏、42才。太田昌之、25才。彼らが生み出す新しい「いのち」をどうぞ見守ってほしいのです。

1998.11.13

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