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利用者の声
和く輪く舎ってこんなところ
解放 されて
知っていて良かった‘抱っこ法’ 〜和く輪く舎と出会って〜
天心を続けてきて……
和く輪く舎に出会って
出会ってよかった
心の居場所
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和く輪く舎ってこんなところ
私が和く輪く舎と出会って、かれこれ10年になります。
息子はなんと14歳になりました!
その間、密にセッションをお願いしていた時期、ちょっと離れていた時期・・・
といろいろとありましたが、やっぱり最後にたどりつくのは和く輪く舎!
一番最初は友人に誘われて・・・
障害を持つ息子に良いだろうから・・・と声をかけていただきました。
私も友人が一緒だったからこそ、錦糸町まで行く気持ちになりましたが、
今となってはこの、和く輪く舎との出逢いがほんとうに私たち親子の大切な宝物です。
さて、和く輪く舎ってどんなところなんだろう・・ってずっと考えていました。
親も子供も泣いてもいいところ。
何でも話していいところ。
否定されないところ。
受けとめてくれるところ。
辛くてかちかちになっていた心が、少しずつ、少しずつ溶けていって
それが涙になって流されて・・・
もやもやしていた気持ちが、応援されて少しずつ、少しずつ晴れていって
拡散するようになくなっていく・・・
そんな経験をたくさんさせていただきました。
もちろん子供も!
いつ行っても変わらず、静かなゆったりとした空気がながれているような、
そんな場所です。
解放 されて
「長くて、あっという間でした」
浅田真央選手がバンクーバーオリンピックで競技後のインタビューで答えていました。4分が長くてあっという間なら16年は?? そう先日息子は16歳になりました。16年って長くて、短い?
3歳までは、ふわふわと可愛らしい仕草で生きているその姿を見ているだけで、「子どもから一生分の親孝行を、この時期にもらうんだよ。」との言葉が本当だなと思えるくらい幸せだったので、あっという間に過ぎた時間でした。
3歳から集団での保育に参加するようになり、ここからの12年は長く辛い道のりでした。それは今思えば、他児童に比べ、やりにくさ、生きにくさ、言葉の不自由さを抱えている息子に対し、出来ることを増やさなければいけないと、私が自分自身と息子に「must」を次々と課していったからです。
字を覚えさせなければ、自立をさせなければ、計算をさせ、言葉を教え、精神面も安定させて・・云々。
そんな思いに捕らわれる私でしたが、しっかりと和く輪く舎で、秋山先生や阿部先生に受け止めていただき、息子も安心して感情を吐き出しながら、本来の自分を失わずに成長できました。
何より救われたのは、「表向きの行動に惑わされずに本当に息子が望んでいることが分かり、1つも違わない同じ人間同士であると感じられる」ことを経験してきたことです。
それでも日常生活に追われると、絡んでしまう感情や訳が分からないことも、そのまま抱えて辛くなって過ごしています。月に1度「和く輪く舎で解いて、ゆったりして」の時間があったから、悩み多き義務教育時代を終えられたのだと思います。
去年、息子は特別支援学校の高等部に入学し、「和く輪く舎も卒業」しました。学校も本人が決めたし、一人通学も自分で宣言した通りに実施しています。この1年はあっという間でした。「must」から解放され、今あることを楽しむ生活になっています。笑顔も3歳から変わらずに、私を魅了しています。
これからは長いかな、短いかな・・。
解放されて、心にワクワクがやってくる、そんな「和く輪く舎」です!!
知っていて良かった‘抱っこ法’〜和く輪く舎と出会って〜
思春期の始まる高学年の小学生からダダこね真っ盛りのチビ太クンまで、幅広い子育て中の働く母です。時が経つほど、子供が増えるだび知っていて良かった‘抱っこ法’、そして和く輪く舎です。
和く輪く舎との出会いは次女が産まれて、仕事におわれて、カワイイはずの我が子の顔を見るのが辛くなっていた頃でした。
和く輪く舎への始めの一歩は今でもはっきり覚えています。「助けて欲しい」と口にしたら、ピーンと張った糸が切れて涙がボロボロ出てしまう。もともと泣き下手な私は、泣いてる所を誰かに見られたくない、弱音も吐けない・・そんな状況でした。
ある方に勧められて泣きながら読んだ『「大好き」を伝えあう子育て』の最後に書いてあった「和く輪く舎」に、助けて欲しくて電話を入れてみました。泣いてしまうかもしれないと思っていたので、仕事をちょっと抜け出して自宅へ帰って電話しました(本を読んで、〔和く輪く舎〕ここなら「助けて欲しい」と言って泣いても受け入れてもらえそう。何となくそう思いました)。
電話に出られたのは芳子先生。個別のセッションを希望してた日に予約が取れなくて、「やっぱりダメだった」と絶望的になり、電話を切らないうちに涙が出てしまい、必死に声を殺してすぐに電話を切ってしまいました。その日は電話を切ってひとしきり泣いて、すぐまた仕事に戻りました。2日後くらいだっと思います。私の都合に合わせてセッションして下さると連絡が来て、一気に安心の涙がポロポロ出ました。この一歩が私にとって大きな一歩でした。
私の知っていた・聞いていた子育てとは、「子供って何も知らなくて、大人って何でも知っていて、大人が子供を育てていくもの。教えていくもの」でした。これが全然違っていた!!!
和く輪く舎で聞く子育ては、「子供はよ〜く知っていて、感じていて、観察していて。子供のことで分からない事、はたまた、自分(ママ)の事まで分からなくなったら子供に聞いてみると、よく分かっていたりする!」なのです。
これって、‘抱っこ法’を知らない子供でも、大人に向かって、「助けて!」も「助けたい!」も「あれ」も「これ」もサインを出して教えていて、受け取る側の大人がいろんな事情・背景から見失ってしまっている事が多いみたい。今も昔も子供の根本はずっと同じで、大人もかつての子供で同じ‘根っこ’を持っている。
和く輪く舎でのセッションは、育っていく過程で蓋をして隠してしまった‘根っこの姿’に光が当たるように、援助して頂きながら、子供の出したサインを見逃さずに教えて下さる。少しずつ薄皮をはがすように進んでいったので、とってももどかしい時期もありました。援助者の方たちや阿部先生、芳子先生の支えがなかったら、薄皮もはがれないうちにギブアップしてたかなと思います。
我が家の三人の子供たち。性格が違うとSOSのサインも違うから、「あらっ?これがサインだったの!?」なんて、すぐには気付かないこともしばしば・・・でも子供は根気よく待っていてくれますから大丈夫。この余裕も和く輪く舎との出会いがあったからこそなのです。
私の子育てはまだまだ続きますが、‘抱っこ法’を知っていますから、何でも来いっ!って気持ちです。
天心を続けてきて……
私は和く輪く舎では、天心の集いに参加しています。
私は天心が大好きです。特に天心の場に集う人たちとの出会いが、私にとってかけがえのないものになっています。
私は体験の中で多くの人たちに支えられてきました。このことは自分一人と思い込んできた私にとって、うれしくて、ありがたくて、心地のよい安心感が私の心をあたたかくしてくれます。
私は以前、漠然とした“生きづらさ”を抱えて、苦しい気持ちになった時期がありました。そんな時、必然的に天心に出会いました。当時の私は、天心を一生懸命やっていたというよりは、なぜかわからないけど続けてきたというのが本音です。
天心は阿部先生がこの世に生み出して、阿部先生をはじめ和く輪く舎のスタッフのみなさんや、たくさんの人の手で育て、形にしてくださいました。そして天心はここに留まることなく、進化し続けていくそんなステキな天心を、私は大切にしながら続けていけたらいいなあと思います。
和く輪く舎に出会って
私と和く輪く舎との出会いは、娘の育児があまりにも大変でわらをもすがる思いで、育児書をあれこれよみ、ネット掲示板を渡り歩いていた時のことです。阿部先生の著書を読み、これだ!と直感しました。
抱っこ法は他のどのやり方とも違い、深く根本的に心にアプローチして、親子の心の詰まりをとっていく方法です。これまでたくさんの育児書を読みましたが、だいたい書いてあることは、お母さんが子どもの気持ちをわかってやらなければ(要するに母親の我慢と忍耐が大切)、とかこんな時はこうすればよいなどの方法論でした。しかし、我慢も限界、我慢すればするほどこちらが切れるサイクルも短くなり、書いてある方法どおりにやってもその通りに行かなければお手上げでした。そして、娘にはどんな方法手段も通じませんでした。私は毎日娘を怒鳴り、叩き、無視して虐待のような日々で、こうなると当然夫との喧嘩も頻発して、今思い出しても本当に地獄のような日々でした。
ですが、セッションを受けるたび本当に少しずつですが、でも確実に娘の状態はよくなって行きました。母親である私の癒しもやってくれ、つくづく親と子両方の癒しがあって初めて大きな効果があるのだなと思いました。
また自分だけでは絶対にわからなかった娘の気持ちを、援助者の方に教えてもらい、娘の気持ちがわかるようになりました。そして抱っこ法に出会って、自分自身についても大きく変わりました。輪く和く舎に来て、私は初めてすべてを受け入れてもらう、という安心感と幸せ感を体験しました。自分もこんな風に育ててもらいたかったという気持ちから、抱っこの研修に参加するようになりました。そして自分自身と向き合うということも知り、今はとても心穏やかになりました。育児も「苦痛」ではなく楽しんでやれるようになりました(もちろん、私も人間ですから時々爆発することはありますが・・。でもそれも含めてこれでいいんだ、と思えるようになったのが一番嬉しいです)。
それまでは育児についての周りや社会の情報に右往左往していました。怒ってばかりではダメ・・これはもちろんわかっています。でも、のびのびと育てるというのはどこまで許していいのか分からず(娘はブレーキが利かないタイプです)、とにかく自分の中での軸がはっきりしていないというのが一番苦しかったのですが、今ではその軸がきちんとできています。
以前、私にとって娘は「理解しがたい子」でしたが、今ではだいぶ娘の気持ちがわかるようになりました。娘も気持ちをわかってもらえると、とても喜びます。気持ちが通う、わかってもらえるというのは、本当に物事がうまくいくことへの大きな一歩だと思います。
出会ってよかった
和く輪く舎との出会いは今から7年ほど前、息子が1歳半の時です。
家の中で2人きり、もんもんとした毎日から少しずつベビーカーで外へ散歩に出かけるようになったある日、図書館へ立ち寄って『大好きを伝えあう子育て』の本を見つけました。さっそく本を借り、吸い込まれるように読みあげると、子供の泣く声にイライラしたり、かわいいはずの我が子が心から可愛いと思えないのは、もしかしたら私のなかにある何かが原因なのかもしれない…と和く輪く舎を訪ねしました。
はじめて伺ったあの日は、闇の中に小さな点のような光を見つけたのを覚えています。ものすごく小さな光でしたが、それは明るく輝く光でした。
それからの7年、気持ちがソワソワ、子供の声が聞こえなくなりイライラ虫が発生したり、息子も心配や思いを閉じ込めると私と目をあわさなくなるので、これはもうダメ!となると年に1、2回わくわく舎に駆け込んでいます。
不思議ですが、息子と気持が通じるようにると、とたんに澄んだ瞳がジーっと私の顔を見つめます。私も、あ〜よかった、私はこの子のことが大好きだったんだと心から思えます。つい最近も、息子の愛おしさを再確認しました。
今は、小さな光の点が、点からグレープフルーツぐらいかな?丸になり、明るさも増しています。もし和く輪く舎と出会っていなかったら…私たち親子はどうなっていたのでしょう。きっと大好き、愛おしいという気持ちを感じることもなくすれ違ったままだったのかもしれません。考えただけでも怖くなります。
最近は、「行きたいな〜って思っていたんだよ」とか、「ダメだよ!(和く輪く舎に出会わなければ)大変なことになっていたと思うよ!」と、息子自身も言っているくらい、この出会いは私たちになくてはならないものになっています。
和く輪く舎に出会えて本当によかったって思います。
心の居場所
私が和く輪く舎を訪れたのは、おとなしかった長男が小学校一年生に入り突然、癇癪をおこし、手が付けられなくなりどうして良いか?なぜ??どうして?しか思い当たらずにいた時に、知人にこちらを紹介されました。私はわらをも掴む思いで、早速伺いました。
でも初めて訪れた時は私は正直100%驚いて、引いていました。それを阿部先生は分かってくださり、けして強制するのではなく、抱っこ法のノウハウを教えてくださいました。泣くことにより気持ちを出すという、思ってもみなかったことに、ただただ驚きのまま家に帰ったことは今もはっきり覚えています。
でも、家に帰り落ち着いてよく考え、今の私たちには抱っこ法しかないと心に決め、お願いすることになりました。抱っこをして、息子の癇癪の原因を探しているうちに色々な事を気付き、息子の淋しかった気持ちに気付かされました。
私は子どもがなかなか授からず、不妊外来に通っていて、もう子供は出来ないかもしれません!と言われていたところで、やっと授かった子供たったのです。大切に育てたつもりでした。でも、子供の気持ちを考えず私のペースで子育てをしていた自分に気付かされました。例えば自分が可愛いと思う時は可愛がりますが、自分に余裕がないときは、子どもが甘えてきても突き放していたことにも、気付かされました。今思えば、自分が育ったように子供を育てていました。
私は子供の頃の記憶があまりなく、小さい子供に感情がないと思っていました。冗談でなく子供の頃の記憶はみんな忘れてしまうもの!と真剣に思っていました。私は大家族の中で育ちました。 母は、いつも忙しく甘えた記憶はなく、小さいときの記憶もほとんどありませんでした。
ですから、生まれてからずっと息子を育てていたときに、子どもに感情があると思っていなかったのです。だから心から抱きしめたり、相手の気持ちをわかってあげようとせずにいました。まだ一年生の息子が、いつも寂しくなると一人で二階の部屋に閉じこもっていても、変な子!!!と思うくらいで、そのままにしていたのです。今思えば、寂しさの限界だったのでしょう。一時期は死にたい!窓から飛び降りる!とか暴れだしたら手がつけられない状態になってしまいました。
でも抱っこ法の中で、息子のいろいろな思いや気持ち、感情を出していくことによって、本当に落ち着きを取り戻していきました。もしも、あのままにしておいたら今頃は、どうなっていたのか? 息子も私もそして家族までもが駄目になっていたことと思います。
そして、抱っこ法で息子の寂しかった気持ちや、もっと聞いてもらいたかった気持ちを分かっていくうちに、自分の寂しさも湧いてきました。その頃に天心を紹介されて、またもよく分からずに参加しました。自分探しの旅が始まりました。始めは、どきどきコースからの参加でした。どきどきコースからわくわくコースになり、不思議と毎回、いろいろな気持ちに気付かされました。頭ではなく考えたのではなく自然と湧いてくる感情みたいなものを感じました。そして自然に今までの自分と向き合っていました。一時期は辛かったこともありました。
私が一番好きだった父との事、そのことに触れられるのが嫌で人とは自然と距離を置き、これ以上は入らないで!のような雰囲気を持っていたように思います。大好きだった父の突然の死(自殺)を受けいられずにいた自分にどうする事も出来なくなりました。今までは誰にも言えずだだ考えず、仕方がなかったこと自分に納得させていました。でも、なぜ?なぜ?私にこんなに大変な思いをさせてと怒りで一杯になったり、仕方なかった!と思ってみたりの繰り返しが、続きました。
そんなときに阿部先生にすべてを聞いて頂き、父は悪くない!精一杯生きたよ、と言われて、すごく気が楽になりました。そして、そこで自分は父が居なくなって寂しかった!という気持ちに気づきました。父が亡くなって一度も思ったこともなかった感情にでした。あの気持ちは本当に私の宝物です。
今までのずっと心にしまってあった事にぶつかり、溢れだす感情にどうする事も出来なかった時、阿部先生を始めスタッフの皆さんや天心の仲間に助けて頂きました。そこで、私は一人ではない!と感じました。天心で皆に支えられたワークで、心が温かくなる体験をしました。人って、優しいんだ、暖かいんだ、抱きしめられるって心が温かくなる!と感じました。あの時の事は今でも忘れらません。
そこから、自分でもいろいろな意味で変わったように思います。いつも自分がやらなくては!という気持ちが強く、人に対して壁を作り周りのことを考えずに突っ走ってきた自分に、甘えも良いんだ!私も支えてもらえている、一人ではない、という気持ちが自然に生まれました。そこから、良い方向に向かたように思います。
例えば今まではイライラしたらどうする事も出来ず、子供達にもあたり散らしていたのですが、その後はなぜか気持ちが穏やかになったように思います。でも何より子供の気持ちが分かるようになり、抱きしめられるようになったことだと思います。
でもまだまだ子育て真っ最中の私、悩みも沢山あります。また、どうしょうもなくなったら、すぐ相談に和く輪く舎行こうと私の心の居場所になっています。