モンジュイックの丘より
〈 オリンピック・メイン・スタジアム 〉
← ’92年のバロセロナ・オリンピックの聖火台(矢で点火した)の根元です
〜Barcelona ’92 と刻印されている〜
(丘から見えた 「聖家族教会」 −中央奥−)
近代的なビルが立ち並ぶ中から、「にょきっ」とこの教会が突き出ていて
ちょっと異様な感じがしました。
〈 カサ・ミラ(別名:岩山) 〉
94年前の分譲住宅
地下には駐車場
(将来の車の必要性をすでに考えていた)
* 実業家・グエル氏が新居の設計をガウディに依頼して、「グエル館」が出来上がる。これがきっかけとなり、国内外で有名となる。
** 「グエル館」 ・ 「カサ・ミラ」 ・ 「グエル公園」 は1984年に世界遺産に!!**
( グエル公園 )
60件の分譲住宅を作る予定だった。
しかし工事は10年で中断してしまった。
[バルセロナのマンション事情]
80〜120uで2000万円〜/土地がないので殆どマンション
賃金は(手取り)16〜18万(田舎だと8万くらい)
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〈左上〉夾竹桃とタイルのピンクがマッチしてきれい。
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〈右上〉広場を取り囲む、曲線のタイル張りのベンチ
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〈左下〉上が車道で下が歩道になってる
工事で出た石をそのまま使っている
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〈右中〉広場から降りてきたとこにあるあの有名な
−トカゲ−
口から水が出てるんだけど
なんだかヨダレをたらしているよう・・
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〈右下〉トカゲのすぐ下にあるモニュメント
後ろの太い柱は広場を支えている
中は空洞になっていて雨水を溜める
(地下に貯水タンク)
広場の下はマーケットにする予定だった


(左) 広場の下の様子
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(右) 天井の円形のモザイクの一つの拡大写真
全部見た訳ではありませんが、それぞれ違ったデザインでした。
沢山の色を使っていて、見るぶんにはきれいで良いのだけど、
当時の職人さんは細かな作業に大変だったでしょうね!

( サグラダ・ファミリア )
今回の旅の一番の目的地です!

ガウディ(1852−1926)は
金物細工の職人の息子として生まれる
21から27才まで建築を勉強(25才で建築家の資格を取る)
41才の時、大変なスランプに。神父に救われ、それからは信仰心が強くなった
「最高の建築物とは・・・・・(動物・植物・海・山・・・・・)自然である」
○自然=曲線・×人工=直線
73才で路面電車にひかれて亡くなるまで
42年間をこの教会の仕事にだけ携わってきた
着工から100年以上たった今も工事中で
完成するにはあと100年はかかるだろうと言われている
← 教会の根元はカメが支えていました!
入場門側は、彫刻が固い感じであまりよろしくなかったです。
− キリストの受難の様子をあらわしている −
上の2枚と左の写真は、その反対側を写したものです。
こちらの方が暖かみがあって好きですね。
− キリストの誕生をあらわしている −

「サグラダ・ファミリア」の建物の中で
一番好きな色彩のところ →

( まだまだ建設途中の教会の内部 )
柱がまるで白いパセリのよう!
ガウディがまさしく自然をお手本にした、というのがよく分かる部分でした。
〈 ピカソ美術館 〉
バルセロナでの自由時間に行ってきました。
印象に残っているのは・・「気違い」「小人の女」(変わってるのばかり!)
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あと「侍女たち」・・・これを見た時思わず「プラド美術館で見たヴェラスケスの絵のをパロってるみたい。」
ってわにくんに言ってしまった。(なにせ無知なもので・・) 帰って本を読むと、彼はヴェラスケスと絵による
対話をしていたとありました。ここでは、その「侍女たち」は大きさを変え・内容を変え、何枚も何枚も
いろいろな「侍女たち」が展開されていくのだけども、中には急いで描いたのかな?っていうような
作品(そういうのは1日で描いてた)も沢山あり、特に感じたのは「絵を描くことが楽しくってしょうがない」
っていう気持ちが(あって描いていたのかどうかは分かりませんが)伝わってくる様な気がして、
なんだか私はこのピカソの絵を見ていて幸せな気分になったのでした!!
〈 ミロ美術館 〉 −モンジュイックの丘−
(左)ミロの作品と ・ (右) ジョアン・ミロ
1893〜1993

カメラが壊れていて、せっかく館内撮影OK(フラッシュなし)だったのに、
ほとんど撮れていませんでした・・・残念
ここの建物の屋上にもかわいいオブジェがありました
〜答え〜
「ウォッシュレット」でした。
知らなかった私達は、宿泊最初の日にあやうくそこで洗濯をするところでした・・・・あ〜あぶなかった!