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今回で9回目の利用になる、ルフトハンザ・ドイツ航空、今回もまた盛大にやってくれました。
ロンドン−チェンナイ間は、トランジットの待ち合わせ時間がわずかに1時間。チケットを購入した時点で悪い予感はしていた。
“こんなに短いトランジットで大丈夫なの?”
と何度も念を押したのだが、絶対に大丈夫という(ま、そりゃそうだが)。ところが朝一番の便なのに出発は45分遅れ、フランクフルトに着いたのが、なんと次の便の出発10分前!ま、ここまではよくある話。しかし、この会社は乗務員の対応が実に悪い。
“乗り継ぎ便は大丈夫か?”
とあせるインド人達(自分達もだけど)に対しての機内案内は全くなし。別会社の便への乗り継ぎだったらわかる。同じルフトハンザ便だというのにどういうこと?アメリカの航空会社だったら直接バスで移送してくれるところだ(少なくとも過去ノースウエストはそうしてくれた)。しかも不安がって
“大丈夫?”
と聞く乗客に対して
“ I don't Know ”(わかりません)
はねえだろうが。どうしてちょっと無線かなんかで確認できないんだろうか、この会社は。どういう教育をしているんだか。
乗り換え客は全員駆け足で空港ビルを抜け、何とか無事チェンナイ行きの機内へ。出発は15分遅れたので、乗客を待っていたのかな?と少し安心したのだが、これは甘かった。。。。
ようやく到着した32ヶ国目インド。その感動にひたるひまも無く、我々を待ち受けていたのはロストバゲージ
という現実だった。そりゃ、そうだわな。あんなに短時間で荷物までちゃんと運べる訳がない。ロンドンからの乗客は全員が被害者。それぞれが調書をとられているうちに真夜中になっちゃってホテル探しも大変だよ。まったくもう、ルフトハンザとはこれっきりだあ!
昨夜は遅かったので空港から無料送迎付きの中級ホテルに直行してそのまま眠ってしまったのだが、自分達がどの辺にいるかもわからん。とりあえず市内にでなきゃならないのでチェックアウトしてから近所の鉄道駅に向かう(徒歩2分と教えられていた)。
寝ぼけ眼で外に出ると,ああ、なんて想像(期待)通りの町の風景なんだろう!?かろうじて舗装された、狭い1車線の道を自動車、バイク、リクシャー(オート三輪)、そして牛車が大勢の歩行者の間をぎゅうぎゅうの状態で行き交う。当たり前のことなんだが、周りは100%インド人だ。ロンドンでもインド人は沢山いたが、こうして改めて真っ黒な顔に囲まれると、本当にインドにやってきたのだなあ、と実感がわく。不思議なもので、大混雑の道路をテクテク歩きながら彼らの顔を見ると以前まで思っていた以上に顔つきが日本人に似ている。初めて来たという気持ちよりも;
“ああ、(アジアに)帰ってきたんだなあ。日本もここからすぐだ。”
という感動でいっぱいになる。世界をぐるり一周してきた最初の実感だ。やっぱり我々はアジアの一員なんだ。ヨーロッパに40日もいた後なのに、すんなり溶け込める気がする。
近くの駅から市内中央のエグモア Egmore 駅までは7駅。貨物車のような暗い車両にぎゅうぎゅうだが、今回は幸いにも大荷物を持っていなかったので周りに嫌な顔をされることもなく、無事目的地到着。安宿が集中するという駅前のエリアを周り、今夜の宿も簡単に見つかった。
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チェンナイは(前の名はマドラス)はタミル・ナドゥ Tamilnadu 州の州都。南インド一番の大都市で人工590万人。ガイドブックによると、その割にはインフラの整備は悪く、中心道路もほとんど未舗装とあったのでカンボジア・プノンペンのような町を想像していたのだが、来てみると道は割とちゃんとしているし、雰囲気はどちらかというとマレーシアによく似ている。インドといえば乞食、ぼったくりタクシー、チップチップ!とマイナスイメージが多かったのだが、どうやらここは違うらしい。ジロジロ見る人間もいないし、安宿街だってのに客引きもついて来ないし、リクシャーの運転手達も“ハロー”って声はかけてくるけどしつこくはないしフレンドリー。町中で道を聞いても皆親切に教えてくれる。うん、うん、いい感じ!こんな町がインドにあったんだ!南インドの人達は北に比べて控えめで親切、というのは本当みたいだ。
でも、ちょっと暑いなー。汗が体中から吹き出してるよ。いくら13℃のロンドンから来たばかりっていったって。。。
“美加、今、何度か見て?”(温度計は太郎の背負うリュックについてる)
“...40℃...”
げげーっつ、そりゃ暑すぎだ!
「インドにないもの、それはカレーライス」これは某ガイドブックに書かれたコメントだが、この筆者は南インドに来たことがないのに違いない。ホテルからほど近いレストランで出てきたのはどこからどう見ても立派なカレーライス!最初に食べたのはチキンカレーと野菜カレーの2品だったが、何種類のスパイスを使っているんだろう?すごく味に深みがあって、しかも望み通りの激辛カレー。ヒリヒリと熱くなった舌には甘いチャツネとヨーグルトが用意されているのが嬉しい。ライスもお代わり自由。ロンドンで会ったインド人が偶然にもチェンナイの出身で“南はライスがいっぱいだよ”と言っていたが、正にその通りだった。旨い、旨い!とがつがつ二人で食べていたらレストランのおっちゃんも嬉しそうだ。
夕食後、ああ、満腹、満腹!と店を出ようとしたらいつのまにか外はものすごい雷雨。久しぶりのスコールだ。
“まだモンスーンが終わってないんだね”
などとのんきにレジの兄ちゃんと会話しながら外に出ようとして、ビックリ仰天!
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表の道路はもうヒザ下くらいまで増水している!このレストランは石段を5ー6段上がったところにあるから良いが、隣の雑貨屋などもう床上浸水しているじゃんか!?これがインドかあ。本当、予想もつかないようなことが起きる。昼間、道路脇に山積みになったごみの山、それに群がる野良(?)ヤギ&牛、それから歩道上で生活する人々を沢山見かけた後だけに皆どうしてるんだろう?と心配になった。
町の様子は、というとこれが誰も気にしていない。元々皆サンダル履き+腰巻き(カイリーという)というスタイルなので両手でえいやっと腰あたりまでその布切れをまくりあげたままジャブジャブと平気で歩いている。いつもだったら我々も真似するところだったけど、飛行機に乗った時の服装(靴&長ズボン)のまま着替えもないので足止めをくらった。昼間の道路の様子を知っているだけに裸足で歩くのだけは無理だろう。
“いつものことだから、1ー2時間もあれば全部引いて元どおりになるよ”
とはレストランの兄ちゃんのお言葉である(実際、翌日は何ごともなかったかのように道はきれいになっていた)。
夜明け前の5:30に電話が鳴った。ルフトハンザ航空から
“チェンナイ空港に荷物が届いた”
という連絡だった。夜遅くてもよいから連絡をくれと言っておいたが明け方にかけてくることはなかろう。それも、
”空港に取りに来てくれ”
だと。マレーシア航空の時(ボルネオに着いた時のロストバゲージ)は、翌朝に背広を着た職員がホテルまで届けてくれたものだが、えらい違いだ。仕方ないので電車で空港へ。朝9時で下り線ならば通勤ラッシュもないだろうと思ったら大間違い。山手線なみの大混雑だ。インドの車両は窓にはガラスもなく、鉄格子がついていて、貨物列車みたい。その中に身動きがとれないくらいに人がひしめきあっているのである。帰りは大荷物が増えて大変だなあ、と考えながら乗りこもうとしたら、あれっつ?1車両だけ、スッカスカにすいているのがある。1等車かなあ?でもローカル線だから、、、と一瞬、気になったもののそのまま乗りこんでしまった。2駅、3駅と進むが不思議とこの車両だけ人が乗ってこない。???あっつ、そうだ!そういえば女しか乗っていないような?まさかと思うが女性専用車両?そんなこと聞いた事がなかったが、その後も乗って来た男性はいなかった。ははは、、、どうやら本当に女性専用だったみたい。そういえば駅の切符売り場の列も男女別になっていたっけ。イスラム圏のマレーシアやインドネシアでは男尊女卑の印象が強かったけどインド
は逆なのかな?結局“旅行者だから見逃してもらおう”と最後まで乗っていた。
この日、大荷物は二つとも無事手元に戻った。着替え代と交通費ももらった。
今朝、リュックサックを閉じるファスナーの金具がとうとう割れて外れてしまった。ありゃりゃ、長旅でとうとうガタが来たか。最近身の回りの道具の老朽化が目立ってきた。貴重品入れの小ザックのチャックもいかれたし、Tシャツ、ズボンももう穴だらけになったので、着替えを買ってもらったのを幸いに処分した。持参のVAIOも本体が歪んで来たし、そろそろ限界か。太郎のザックはフアスナーを閉めないと中身が全部飛び出てしまうのだ。これからインド国内を移動するってのに何てこった。しかし幸い我々の装備は移動中の盗難防止のため、ビニール製レインカバーを被せた上に十字バンドで縛るという厳重な包装形態。今更新しいバッグを買おうと言う気もおきないので、そのままギュウギュウに縛り上げて最後までごまかし通すことにした。
今日は夜行列車での大移動だ。インド半島西岸のケララ州の州都トリバンドラム
Trivandrum まで17時間。バスもあるが、なんせ人の多いインド。時間もあてにならないオンボロの多いと聞き、あえて交通費が何倍もかかる鉄道で行くことにした。どこに行っても人が多いインド。高額な夜行列車ですら何週間も前から予約しておかないと席が取れないというが、外国人旅行者には、優先席が数席確保されている。旅も最初の頃は何が何でも一番安い交通手段を、と思っていたが、この頃は、安さだけよりより安全性や快適度を重視するようになってきた。これも出費が桁違いに多いヨーロッパを旅行してきたからかな。
朝7時。ゆれる車内で目を覚ますと、車窓の景色はもう海岸近くのバックウオーター(後背湿地帯)だった。眩しい南国の陽射し。ヤシの森をバックに木船の上から投網を打つ漁師。入り組んだ水路、エビ養殖場。昨日までの都会の喧騒とはほど遠い、のーんびりとした空気が漂っている。南ならではの風景だ。いいねえ、いいねえ、と盛りあがる2人。
ところが、正午前。定刻通りに到着したトリバンドラム駅前は、チェンライ以上のものすごい人!車!そしてバイク。予想外の交通量と騒音に一瞬たじろぐ。インドも南端近くまの田舎町まで来れば静かだろうと思っていたのがまちがいだった。
この町に来た目的は、情報収集。我々の目指すのはケララ州の山奥のペリヤール。この時期、インドで最も多くの野生動物が見られることまでは調べがついているのだが、それ以上はよくわからなかったので、南部最大の町であるここトリバンドラムにやって来たのだ。街中の安宿にチェックインしてから大通りに旅行代理店を探しに出る。構えのしっかりした、アリエス・トラベルという店に入ると、“ひゃひゃひゃ!”と豪快に笑う、陽気なラジヴという社長(外見は完全なおっさんだが37歳)がお出迎え。小1時間話すうちにすっかり意気投合して、南インド旅行のルート、交通手段、予算と全部教えてもらってしまった。ペリヤール最寄りの村クミリーまでは直行バスもあるが、8時間はかかる上にかなりきゅうくつでキツイことから、途中の海岸コーチンで一泊することを勧められた。うん、日程に余裕もあることだし、のんびり行こう。
今日の宿泊地コーチン Cochin までは224km,5時間。今日は2等普通車での移動。思ったほど混雑していなかったので助かったが、シートが木製で硬くて参った。ここはインド最大の貿易港の一つで、1世紀のアラブ・ユダヤ人との貿易から始まり大航海時代のポルトガル・オランダ・イギリスの支配を受けたという歴史のある町だ。インド最古の教会を見たり、バスコダガマのお墓を見たり(彼はここで亡くなった)、魚市場で漁師とやりあって魚を買いつけたりと、それなりに中身の濃い1日ではあったのだが、それら全てをふっ飛ばしてしまうような、笑える出来事が待っていた。
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それは、今日の宿泊ホテル!明日早朝の出発を考え、バスターミナルの真ん前のホテルにしたのだが、ビル全体が傾いていた!“ピサの斜塔”なんてかわいいもんじゃあない。実際5階立てのそのホテルはフル稼動で営業しているんだから。隣の小さいホテルともたれ合うように建っていたので大きい方に入ったのだが実際傾いていたのは大きい方だったらしい(^^; ホテル内のらせん階段を登る時から重力が横に?働いているような妙な感覚に陥り、ベッドに横になると明らかに表の窓の方向に傾いているのに気づく。買ってきたミネラルウオーターを机に置いてみると、その水面はあきらかに傾斜しているようで、試しにファンタのビンを床に置いてみたら転がった!これには、さすがに目が点。。。大丈夫なんだろうか、このホテルは?(大丈夫なわけがない)
こんなホテルが何事もないように営業しているインドってさすが!?翌朝、逃げるようにチェックアウトすると、山奥行きのバスに飛び乗り、この不思議なホテルを後にしたのであった。。。(ああ、今日倒れなくて良かった)